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OBR3 −一欠けらの狂気−  


015   1980 年10月01日03時00分


<須黒ユイ>


 律が銃声を聞いた5分ほど前のこと、須黒ユイは双葉山の中腹、果樹園にいた。折り重なった梢の間から、夜空に瞬く星々が見える。
「畜生、畜生」
 蜜柑の木の根がうねうねと蛇行している地面を慎重に歩く。支給武器のワルサーPPK9ミリを握った右手をあげ、銃把の間から覗く爪を噛む。
 身体と心が煮えたぎっていた。
 彼女に火をべているのは、三原勇気らへの憤慨だ。
 つい先ほど、合流を断られてしまった。 
 勇気らに声をかけたとき、ユイなりに勝算はあった。彼らがグループを組んでいたこと。三原勇気が困っている人間を見過ごさない性格であったこと。メンバーにユイと親しい和久井信一郎がいたこと……。そのすべてが、ユイを後押ししていた。
 しかし、結局は勇気に断られ、信一郎に断られてしまった。
 いつも正義を前面に出している三原勇気に拒絶されたことが悔しく、仲間であるはずの和久井信一郎に裏切られたことが悔しかった。

「タバコなんて、一利もないんだよ」
「これ以上堀北を虐めたら許さないぞ」
「勉強しろよ。ろくな大人になれないぞ」
 三原勇気に言われた台詞の数々だ。
 勇気は成績優秀、品行方正な優等生で、周囲にも同じものを求める。怠惰に暮らしたいユイには鬱陶しい存在だった。
 極力近寄らないようにしていたのだが、一学年にひとクラスしかないような過疎町のこと、そうも行かない。
 今までに何度、したり顔で説教されたか分からなかった。
 
 また、ユイは、勇気の交際相手である新谷華のことも好いていなかった。
 友人の堤香里奈から二人が付き合い始めたと聞いたとき、「厭味なヤツ同士、お似合いだね」と答えたものだ。
 昔から華とは馬が合わなかった。ユイははっきりと華のことが嫌いだし、おそらく彼女も同じように思っているのだろう。だけど、華は嫌悪を口に出さない。ただ、眉を寄せるのだ。
 タバコを吸っているユイを見、金欲しさに青年団の男どもに身体を売るユイを見、華は眉を寄せる。
 余計なお世話だが、率直に口を出し、ユイを更正しようとする勇気のほうが、まだ好感が持てるというものだ。

 しかし、その勇気に拒絶された。
 素直にショックだった。勇気は、西村千鶴や信一郎を受け入れ、ユイを拒絶した。
 いつ誰が殺し手側に回るか分からないプログラムで、交際相手の華以外でも受け入れてしまうあたり、勇気らしい甘さではあるが、その甘さにユイは賭けた。
 誰かと一緒にいれば安心を手に入れることが出来る。
 例え後に、その誰かに襲われるはめになったとしても、ずっと一人で震えているよりはマシだ。だから恥を偲んで、日頃嫌っている彼らに声をかけたのに……。
 自分だけが、信用されなかった。人間的な甘さのある三原勇気にすら、拒絶された。
 そう考えると、情けなくて堪らなかった。

 和久井信一郎の裏切りもショックだった。
 信一郎とは家が近所で、小さな頃からずっと一緒にいた。
 気の強いユイと弱い信一郎。周囲から見れば、親分子分のような関係に見えたのだろう。
 ただ、親分子分といっても、彼の持ち物を搾取したことはないし、見下げたことも馬鹿にしたこともない。常にリーディングしてきただけのことだ。
 上級生に虐められそうになった彼を守ったこともある。
 信一郎とは、うまくやってきたつもりだった。歪ではあるが、友情があった。少なくとも、ユイはそう思っていた。
 しかし、先ほど信一郎に拒絶されたことにより、それが幻想でしかなかったと、彼女は思い知らされていた。

 他に、堤香里奈とも親しくしていたが、この分だと、彼女が受け入れてくれるかも怪しい。
 行動を共にはしてきたが、気の強い女同士、それなりのいざこざはあった。
 また、ドライな性質の彼女のこと、プログラムに乗っている可能性も大きい。
 悔しくて、情けなくて、悲しくて、涙がこぼれそうだった。
 泣くのはプライドが許さなかったので、感情を怒りに変換し、意図的に身体を熱くする。
  


 果樹園の木々の間を抜ける。左手から冷たい空気が流れてきていた。冷気が流れてくる方向に向かうと、小さな空間に出た。片面は切り立った崖になっており、双葉川の上流を見下ろすことが出来る。
 冷気に身を晒していると、せっかく熱くした身体が冷めてしまいそうだった。
 情けない気持ちに支配されてしまいそうだった。 
 プログラムに巻き込まれなければ、こんな気持ちにならずにすんだのに……。
 そう思い、足を果樹園に向けた瞬間、連続音が辺りに響き、ユイの下半身に鋭い痛みが走った。膝が崩れる。
 前のめりに倒れると同時、血が霞のように舞い、撃たれたことを自認した。 
 ……撃たれた!
 痛みの次に、焦燥が襲ってきた。心拍が乱れ、息が詰まる。ドキドキと胸が鳴った。身体が熱い。

 どうやら、マシンガンのような銃で撃たれたようだった。
 地面は、湿気を含んでいた。倒れた拍子に地面で頬を刷ったようで、じくじくと痛んだ。
 やっとのことで身体を起き上がらせる。座り込んだ体勢のまま、背を果樹の幹に寄せた。鈴なりの蜜柑の甘い匂いを、血の匂いが覆いはじめていた。
 両脚から馬鹿みたいに血が流れていた。健かどこかを破損したようで、立ち上がることが出来ない。
 左腕にも被弾し、肘から下が真っ赤だ。幸い利き腕の右は無事だが、撃たれた拍子に、ワルサーPPK9ミリをどこかに飛ばしてしまった。
 身体が焼けるように痛かった。ギリギリと歯を噛んで耐える。

 ざっと地面を擦る音がして、木陰から一人の男子生徒が現れた。 
「藤鬼……」
 藤鬼静馬だった。
 ディパックを背に背負い、オートマチック拳銃を大きくして後部をぐっと引き伸ばしたような短身銃を右腕で保持している。
 さらりとした黒髪に、切れ上がった瞳。月の光に、白い肌が映えていた。唇だけが朱を差したように赤い。
 制服は脱ぎ、ジーンズ、スニーカー、黒地のジップアップシャツという姿。この近くに静馬の家があった。着替えたのだろう。

 一瞬、戦うべきか助けを請うべきか迷ったが、答えは見えていた。
 武器になる銃を失い、身体の自由も利かない今、戦う選択など取りようもない。
「助けて……」
 声が震え、続いて、身体が震えだした。死の恐怖が、ユイを覆い始めていた。
「助けて……」
 繰り返すユイの懇願に、静馬は眉を上げた。
 そして、「ごめん」謝ってくる。
 返しの言葉が意外だったので、ユイは目を見開いた。
 静馬がジップアップシャツのポケットからナイフを取り出す。刃の背にあたる部分がギザギザになっており、刃の一部に穴のあいた、凝ったデザインのナイフだった。
 刃には黒い塗料が塗られており、血糊がついていた。
 すでに誰かの命を奪ったのだろうか。

 静馬は、黒刃のナイフを手の中でくるりと回した。慣れた手つきだった。
「ねぇ?」
 唐突に、静馬が問いかけてきた。
「え?」
「お皿とかを保護する緩衝材あるでしょ? 気泡の入ったシートみたいなやつ。あの気泡を潰すと、プチプチ音がして気持ちいいよね」
「な、に……?」
「癒されるというかさ……」
 恍惚とした表情。見たことも無い静馬の顔だった。
「でさ、このナイフを人の身体に刺すと、ぷつっと何かが切れる感覚が伝わってくるんだ。肉か神経かが切れるんだろうね」
 学業には劣るが、決して頭は悪くないユイ、静馬の次に続く言葉が予想でき、唖然とした。
「……同じなんだ。なんかさ、癒されるんだ」
 もう一度、静馬の掌の上で黒刃のナイフが流線を描いて回った。
 そして、静馬はうっとりとした表情のまま、ナイフをユイの右大腿部に刺してきた。


 
−09/10−


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バトル×2
須黒ユイ
素行が悪かった。堀北優美に辛く当たっており、優美と親しい新谷華とは犬猿の仲。