OBR3 −一欠けらの狂気−  


012   1980 年10月01日02時00分


<雨宮律>


 クローゼットの中には、アダルトビデオ類のほかには、絵の具セットやクロッキー帳などが仕舞われていた。
 クロッキー帳に描かれていたのは、ごく普通の風景画ばかりだった。
 ほとんどが双葉町の景色のようだ。
 美術の時間や、この部屋に遊びに来たときに何度も見ていたが、やはり巧い。素人目にも、静馬が卓越した技術と絵の才を持っていることが分かった。
 ほかに、カメラとフォトアルバムも仕舞われていた。
 アルバムを開き、懐中電灯の丸い光をあてる。
 浮かび上がったのは、双葉の景色だった。
 先ほど見た絵と同じ構図のものが数点ある。
 静馬は、絵を描く際に写生に出かけることもあったようだが、どちらかと言えば、写真から起こす手法を好んでいることを、律は知っていた。

 アルバムには、律や三原勇気といった友人たちと一緒の写真もいくつかあった。
 堀北優美と一緒に映っている写真もある。
 優美の表情が冴えないのは、その先静馬に斬り殺される運命だったからだろうか。彼女が静馬を怖がっていたことを知らない律は、そんな風に考えた。

 
 捜索を続ける。
 8畳ほどの部屋だ。物が置ける場所は限られていた。律は、最後の収納となる、机に備え付けられた引き出しに手をつけ始めた。
 最上段。前に静馬の家に遊びに来たときに見つけた、黒刃のナイフが見当たらなかった。
 やはり、あのナイフを持ち出し、凶器として用いているんだ、堀北優美を切りつけたのはあのナイフだったんだと、一人頷く。
「ん……」
 律は、引き出しの中身を逐一外に出し、床に並べていた。几帳面な律らしい作業だったが、これが幸いした。
 一番下の段の底板に、不自然な傾きがあることに気がついたのだ。
 スライドレールから問題の引き出しを取り出し、逆さにして、軽く振ってみた。

 果たして、底板と一緒に何か本のようなものが床に落ちた。
 引き出しをベッドの上に置き、床に落ちた底板を拾い上げる。
 どうやら、底板を二重にした隠しスペースを作っていたらしい。もちろん、静馬がしたのだろう。
 本に見えたのは、A4サイズ用のルーズリーフバインダーブックだった。閉じると本のようになるタイプだ。黒と青の二冊。
 この二冊のバインダーをきれいに重ねていなかったため、隠し板に不自然な傾きができていたのだろう。

 律は静馬のベッドに腰掛けると、まずは黒色のバインダーを開けてみた。
 緊張と期待感から、指先が少し震えている。喉も渇く。
 懐中電灯の丸い光に浮かび上がった一ページ目には、『藤鬼ミキ』と表題がついていた。
 何か記憶に刺激されるものを感じつつページをめくると、次のページからは古い写真が何枚か貼り付けられていた。
 どれも、4,5歳の同じ女の子の写真だった。台所のようなところで撮られたもの、観光地で撮られたもの、公園で撮られたもの……。写真は十数点に上った。幼稚園の入園式だろうか、門の前で澄ました顔をしている写真もある。
 9年前、東京の藤鬼邸で、静馬の従姉妹が階段から落ちて死んだ。
 静馬の過去を探った際に知ったのだが、そのときの従姉妹の名前がミキだった。題字が嘘でなければ、この写真の女の子が藤鬼ミキということだろう。
 写真の次のページは、手書きの文章になっていた。
 体重、年齢、住所、家族構成、通っていた幼稚園等々と、藤鬼ミキの死亡当時のパーソナルデータが事細かに書かれており、『写真は形見分けとして貰う』とあった。
 当時、静馬は6歳。とても6歳が書く文字には見えないので、後になってから、記憶をたどりに書き留めたのだろう。
 また、『階段より転落死』と書かれていた。
 そして、一番下の行に小さく、『後ろから突き落とす』とあった。
 
 ドクン。律の心臓が波打つ。
 静馬が藤鬼ミキを突き落としたと考えていた。最後の一文は、その確証となるものだった。宝物に触れるように、指先を文字の上に置く。
 目を瞑り、すっと息を呑んだ。
「ああ……」
 歓喜が押し寄せてくる。
 やはり。
 やはり、藤鬼静馬は殺人者だった。
 呑んだ息をゆっくりと吐き出す。それでも身体の震えは止まらなかった。
 
 それにしても……と、写真を眺める。
 自分が殺した従姉妹の両親から、形見分けとして写真を受け取ったのか。
 静馬が形見分けとしてミキの写真を欲しいと言ったとき、ミキの両親は、甥が娘の死を悼んでくれていると喜んだに違いない。
 しかしその実、娘を殺したのは当の甥なのだ。
 事実の残酷さ、皮肉さは、律の暗い好奇心を多いに満たしてくれた。

 
 次のページを繰って出てきたのは、静馬が10歳のときに死んだ同級生の名前だった。
 鈴木延彦。通り魔に刺し殺されている。
 藤鬼ミキのときと同じく、まず写真が貼られていた。大人しそうな顔をした小柄な少年だった。親しく付き合っていたのだろう、少年時代の静馬と一緒にいる写真が多い。
 5年前の写真だが、今の静馬の面影は十分にあった。切れ長の黒い瞳、透けるような白い肌。この頃から理知的な雰囲気を漂わせている。
 次いで、縮小版のコピーが3紙ほど貼られていた。
「都内の小学生……刺殺される……」
 かいつまんで読んでいく。
 記事によると、川原の傍の土手で刺し殺されていた。時刻は21時。塾帰りを狙われたと書かれている。殺される理由がなく、通り魔の犯行と見られていた。当時大雨が降っており、証拠となるようなものもあらかた流されてしまったようだ。
 この辺りは、静馬の過去を調べたときに知っていた。

 ……今欲しいのは、静馬の生の言葉だ。

 胸を高鳴らせながら、ページをめくる。
「あった……」
 果たして、静馬は期待に答えてくれた。
 『後ろから声を掛け、振り向いたところを刺す』と静馬の字で書かれている。今の静馬の字よりも若干幼い。少なくとも、最近書かれたものではないようだった。
 藤鬼ミキのものと比べて、文章量、情報量が多かった。
 しかし、当然のことだが、誰かに読まれることなど想定していないため、覚書おぼえがきのようになっており、意味が分からない部分もあった。
 それでも、静馬の当時の、あるいはこのファイルを作ったときの思考を得ることができた。
 雨の日を選んだのは、いくつかの理由があったようだ。
 主には、雨に証拠を流して貰うため。また、静馬は当時、返り血を被らないようにするために合羽を着込んでいた。晴天では合羽姿は不自然になる。雨を待つ必要があったのだろう。
 慎重な静馬らしかった。

 そうやって慎重を期してきたからこそ、今まで捕縛されずに済んだに違いない。
 もちろん、運の要素も多大にあるのだろうが。
 
 また、所々に『喉が渇く』という記述があり、目を惹いた。延彦を刺したくだりで『満たされた』とあるので、どうやら、静馬は殺人を犯すことによって喉の渇きを潤しているらしい。
 もちろん、喉の渇きというのは比ゆ表現だろう。差し詰め、殺人の衝動、飢餓感のようなものか。

 友人として、延彦の葬儀にも出席したようだ。『満たされた』と横書きのようなものがついている。

 人殺しを楽しみ、被害者の遺族の悲しみを楽しむ。
 悪趣味極まりないが、親しみのようなものを感じた。
 律には殺人嗜好はないが、被害者遺族の悲しみには関心があった。
 ……静馬と僕が見ている暗闇はきっと、同じなんだ。立っているいる位置が少しずれているだけなんだ。
 そう、思った。
 

 
−09/10−


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バトル×2
雨宮律
ごく普通の少年だが、その実、連続殺人犯などへの関心を強く持っていた。