<陣内真斗>
「だから、俺を選んだのか?」
贖罪のために、殺した相手を選んだというのか。
「いや……。ああ、でも、俺の側のそういう心理もあったのかも……」
俊介はしばらく一人ごち、「鮎川との約束だったんだ」謎を明かし始めた。「約束というか、鮎川から頼まれたと言ったほうがいいのかな……」
……鮎川霧子が俺を生きかえすよう頼んだというのか。
意外を感じ、真斗は俊介の顔をまじまじと見つめた。「頼まれた?」問う。
「うん。もし彼女が陣内との戦いに負けて、その後、俺が陣内を倒して、優勝できた場合……」
実際にそうなった条件を話す。「それで、彼女が陣内との戦いに、もし満足してたら、陣内を蘇生の相手に選んでって、頼まれてたんだ」
「満足……」
「彼女はね、あの戦いの前に、陣内のことは……人を殺してでも生き残りたいと考える心は……理解してたんだ。彼女自身も、そう思う自分を受け入れていた」
廃校舎での睨みが、出発前のものと変わっていたことを思い出す。
「でも、最後の最後まで、陣内が詰まらなさそうに生きているように見えていたことに拘ってた」
クラスメイトを、室田高市を殺して得た命を、詰まらなさそうに生きていた。そんな自分を、鮎川霧子は怨んでいた。当時の彼女の気持ちを思い、真斗はゆっくりと目を瞑った。
「最後の戦いで、陣内が必死になって生きようとしてたら、必死に生き延びようとしてたら、蘇生の相手は陣内にしてくれって言われたんだ」
俊介は、真斗の左腕、鍵爪状の義肢を見やり、ぎゅっと拳を結んだ。
そして、強く語る。
「きっと、鮎川は満足した。片腕を失ってでも生きようとする陣内を見て、必死に生きようとする陣内を見て、満足したよ。……もちろん、もっと生きたいとも思っただろうけどね」最後は涙声になっていた。
「ああ……」
鮎川霧子という存在の生命を閉ざした張本人として、真斗は重く息を落とした。
俊介は、智樹が真斗を襲った理由も話してくれた。智樹は、理由も告げずに自殺した交際相手を生き返せないかと考えたらしい。生き返して、死んだ理由を聞けないかと考えたらしい。
その一瞬の考えに囚われてしまったのだ。
銛王山の洞窟のなかで打ち明け話をしてくれたときの智樹の顔が浮かんだ。
智樹なりの理由があってのことだったんだ、積極的に殺そうとしてきたわけではなかったんだ、そう思えると、少しだけ心が軽くなった。
目じりに滲んでいた涙を拭った俊介が、「これから、どうするんだ?」訊いてきた。
今はもちろん休学中だった。ぶどうヶ丘高校に復学することはないだろう。就学は続けるが、クラス制の教育は受けないつもりだった。
上江田教官が、『蘇り』の症例は非常に貴重なので三度はないと言っていたが、どこまで信用できるか分からないし、いつプログラムに巻き込まれるか、びくびくしながら生きるのも御免だ。
おそらく大検を経て先へ進むことになる。
まぁしかし、とりあえずは目の前に立ちはだかるリハビリの壁だ。
そう言うと、俊介は少し嬉しそうに笑った。
逆に、木ノ島はどうしているのかとマイクを返すと、すでにぶどうヶ丘高校は自主退学したとのことだった。
そして、「俺、反プログラム運動に参加してるんだ」周囲の耳を気にしながら、囁くように言ってきた。
「えっ」
驚き、車椅子から彼を見上げる。
非常に危険な話だった。しかし、裏を返せば、俊介が信頼してくれているということだ。
遅れて、俊介の数ヶ月前との体格の変化の意味や、キャップを目深にかぶっている意味を知った。
「もしかして、その腕も……」
「さすが、察しがいいね。通院患者を装うためだよ」
三角巾に吊られた右腕はフェイクということか。
「腹の傷は?」
「もう大丈夫」頷いてから、「陣内も俺と一緒に反政府活動を……。いや、それは、ないか」言いかけた台詞を途中で否定する。
「ああ、悪いけど、興味ない」
きっぱりと否定する。
平穏な生活を二度も踏みにじった政府には憤るものは感じる。だけど、その気持ちは反政府運動には直結しなかった。
政府は政府。自分は自分。それが、陣内真斗だ。
ふっと、では、家族とはどうしてるのだろう? と思い、問う。
すると、「プログラムよりもずっと前に亡くしてるから。しばらくは親戚の家にやっかいになってたんだけどね。まぁ、色々あって、全寮制のぶどうヶ丘高校に進学してたんだ。だから、身軽なんだ」と返ってきた。
プログラム中、彼の行動の端々に色々感じるものはあった。
結局、俊介はそれ以上のことは話さなかったし、真斗も訊かなかったが、「何かしら事情を抱えているのではないか、誰かへの怨み、あるいは怨みを間近に見てきた経験があるのではないか……」といった疑問の答えを得たような気分だった。
俊介とは、智樹を通して親しくしていた。プログラム中も、永遠に続くかと思った死闘の大部分を一緒にすごした。
しかし、事情を知られている恐怖から、真斗は早期に俊介を殺さなければいけないと考えていたし、俊介は指輪『フォーンブース』を通して、真斗の殺意を知っていた。
互いを支え、恐怖を舐めあった。生き残るために、殺しあった。
また、俊介が好いていた鮎川霧子を真斗が殺し、真斗が初めてちゃんと心を通わせた女性だった矢坂彩華を俊介が殺している。
その関わりは深く、また、決して円満なものではない。
憎みあってもおかしくないくらいだ。だけど、なんだかすっきりしたものを感じていた。
おそらく、俊介の側も同じ気持ちなのだろう。
「じゃ、そろそろ行くよ」
談話室から出ようとした俊介が立ち止まり、「陣内、雰囲気がちょっと変わった」言う。
「そうか?」
「ああ。なんか前を向いてる気がする。まぁ、素っ気無いところとかは変わってないけどね」軽く顎を引き、笑った。「……じゃぁ、またそのうち来るよ」
結局、病院の出口まで見送った。
自動ドアをくぐって出て行く彼に「またな」声をかける。
俊介は振り返り、じっと見つめてきた。ややあって、「ああ、またな」別れを告げる。
遠ざかっていく背中を見つめていると、なんだか寂しいような悲しいような気持ちになった。
中学三年のクラスメイトは皆死んでいるし、逃げるように福岡から出てきたので、当時の他のクラスの友人たちとはもう縁は切れている。
高校になってからのクラスメイトも俊介以外は死んだ。
その俊介も……。反政府運動。捕縛されれば、彼は命を失うだろう。
不思議に、たった一人取り残されたように感じた。
逆なのに。生き残っているのは真斗のほうなのに、何人ものクラスメイトを殺して、友人を殺して、そうして生きているのは真斗のほうなのに、なぜだか、そう感じた。
リハビリステーションに戻ると、開始時間には早かったが、理学療法士はすでに準備を整えていた。亜希子とミライの姿は見えない。まだ食堂だろう。
「始めましょうか」
真斗が声をかけると、理学療法士は「だから、頑張りすぎは禁物……」肩をすくめた。
まずは、車椅子から訓練台に移動しなくてはいけない。
補助があるとはいえ、これがなかなかの重労働だ。様々な痛みも伴う。
額に汗を滲ませ、歯を食いしばって、移動にかかる。
辛く、厳しかった。だけど、生きていると実感できる。
結局、足蹴にしたクラスメイトたちの分も生きようとは思えなかった。
悪夢、罪悪の苦しみは続く。片腕を失い、厳しいリハビリの毎日。それでも、プログラムに乗った二度の決断に後悔はない。
詰まらなさそうに生きてきたつもりはない。だけど、人目を気にし、殻に閉じこもり、拒絶し、勝手に色んなものを諦めて生きてきた。
……今度は、違う。
義手を使いこなしてやる。リハビリで身体の自由を取り戻す。学業だって諦めない。詰まらなさそうになんて見せない。俺は、生きる。俺は俺の人生を生き抜いてやる。
姿見に、必死の形相で補助棒に捕まる自分の姿が映っていた。
ああ、俺らしくもないと苦笑し、軽く目を閉じた。
訓練台に乗ったところで、療法士が「さぁ、始めよう」両手の平をあわせて叩く。
また、ぱん、と派手な音がリハビリステーションにこだました。
真斗は大きく息を吸い、「行きます」合図を送った。
− 完 −
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