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OBR2 −蘇生−  


078    エピローグ


<陣内真斗>


 意識を取り戻した真斗が最初に目にしたのは、白い天井だった。視界の端に、何やら大掛かりな機械と、青白く光るモニターが見えた。
 消毒液の匂いと真新しいシーツの匂いがした。
 まどろみの意識はすぐに閉じ、次に目を覚ましたときには、白衣を着た40歳くらいの女性が見えた。
 彼女が唇を動かし、何かを言ったように見えたが、耳に届く前に意識のシャッターが閉じた。
 三度目、周囲は真っ暗だった。消灯時間、という言葉が頭をよぎった。
 そして、自分が病院のベッドに寝かされていることに気がつき、二度目の覚醒のときに見た白衣の人
物が医師 であることに思い至った。
 身体は動かせなかったが、視覚嗅覚といった知覚全般は無事なようだった。医療機器の作動音や電子音もきちんと聞こえる。

 生きている。この三度目の覚醒のときに、やっと実感できた。
 そう、真斗は生きていた。
 鮎川霧子を殺したあとに撃った弾は全て外れ、木ノ島俊介に銃を向けられた。
 俊介は躊躇し、すぐには引き金に力を込めなかったので、殺される恐怖や絶望感に襲われた。そして、火を噴いた銃口。
 そこで記憶は途切れている。
 間違いなく、自分は、俊介に殺されたのだろう。
 だけど、生き返った。優勝者はひとりを選び、蘇らせることができる。あのプログラムの大前提だ。優勝者が、真斗を生き返らせたのだ。
 殺し、足蹴にしたクラスメイトたちの顔が次々と浮かんでは消えた。
 ぶるぶると身体が震え、震えたことで全身に激痛が走り、呻いた。呻くことで新たな部位が痛み、そんなことを繰り返しているうちに、また気を失った。

 意識はイルミネーションの電灯のように点いたり消えたりを繰り返し、次第にはっきりとした。
 この間に、様々な夢を見た。
 その多くは、井上菜摘や鷹取千佳らクラスメイトを殺す場面であり、室田高市や城井智樹ら友人を殺す場面だった。鮎川霧子と戦った場面だった。
 人を殺した罪悪感や、死闘を演じた恐怖感。手のひらに落ちてきた血の、ぬめった感触。
 結局、変わりなく真斗を苦しめる。
 これに、殺された瞬間の恐怖や絶望感も加わり、さらに痛めつけられた。
 しかし、同時に生きることができる歓喜の感覚もあった。
 前のプログラムのときにも覚えた感覚だが、ここまで強くはなかったように思う。

 医師の問いかけにも応えた。
 聞こえることを伝えようと頷いたら、激痛が走った。「痛む?」と訊かれたので、声帯を震わせて応えた。声もまともに出せなかったのだ。
 神谷(かみや)と名乗った女医は、「痛みは、知覚が無事だった証拠よ。喜びなさい」と涼しげな声で言い放った。
 神谷医師は、真斗の特殊な事情を把握していた。
 彼女は、真斗は都内にある官営病院に寝かされていることを告げ、続けた。
「一度死んだ人間。前例がなくて、どのような形の回復になるか、障害が残るのか残らないのか、正直なところ分からないの。でも、大丈夫。痛みがあるなら、大丈夫。身体もだんだんと自由が利くようになる」
 頷こうとしたら、また痛みが走った。
 心地よい痛みだった。生きている証拠だった。

 生き返りはしたが、全身に負った傷はそのままだった。左肘から下も失われたままで、これからは義手による生活を余儀なくされる。
 一旦魂が抜けた身体の再コントロールは、困難極まるようだった。
 だけど、それでもいいと思えた。
 日常生活が取り戻せるのなら、生き延びる代償としては小さいぐらいだ。


 覚醒し、意識を保てるようになったところで、上江田教官 が病室に現われた。
 説明のときにいた副官二名を引き連れており、三人とも白い割烹着のようなものを身につけた滑稽な姿だった。
 無菌衣を着た上江田教官は事務的な話をし、「何か質問は?」と続けた。
 この頃には、声帯の力が戻っていたので、真斗は「誰が優勝したんですか?」訊いた。
 生き返してくれたのが、木ノ島俊介 だったと教えられたときは衝撃だった。
 矢坂彩華が優勝し、契約を守ったのだとばかり思っていたからだ。質問は確認のつもりだった。どうして、と質問を重ねたが、上江田教官は理由を知らなかった。
 木ノ島俊介が生き返してくれたことにもだが、矢坂彩華が死んだことにショックを受けた自分に驚いた。もう彼女と捻くれたやり取りができないんだな、と思うと悲しくなり、また驚いた。

 病室での彼は、やはり尊大だった。尊大な態度で総統の祝辞を読み上げ、尊大な口調でこれからの説明をした。
 真斗は優勝者ではないので、生活保証金はでない前回優勝分は継続されるが、治療費は政府負担となるらしい。その代わり、貴重な症例として各種の検査、データ取りへの協力が義務付けられた。
 一度死んだ人間。確かに稀有な症例だろう。
 指輪の性能実験は続いているとも言えた。
 権力者の延命に使われるのか、と訊いたら、上江田は頷き、べらべらと話を続けた。プログラム説明のときにも感じたが、どうやら自己顕示欲ゆえのお喋りな質のようだ。
 彼の話によると、蘇生するためには場所や月齢など、様々に条件があり、そもそも病死には効果を発揮しないそうで、決して使いやすいものではないらしい。
 寿命を延ばすような存在にはなりえない。
 だけど、魅力的な性能であることには変わりはない。これから研究が重ねられるのだろう。


 肉体的な回復は呆れるくらいに緩慢だった。
 上江田の訪問から起き上がることが出来るまでに2週間かかり、ここでやっと家族との面会が許された。
 果たして会ってくれるのだろうか。不安に思ったが、真斗の手から離れたところで手続きは済み、そしていま、真斗は家族が病室にやってくるのを待っている。
11月になっていた。あのプログラムでの死闘からちょうど一ヶ月だ。
 個室は二階にあり、窓から樹木の枝葉が見えた。病院だけに、枯れたり落ちたりする葉は嫌われ、常緑樹のようだ。外の風景から季節感を得ることは出来ないが、開けられた窓から入ってくる外気はひやりと冷たかった。

 真斗はベッドに上半身を起こし、姉の亜希子が現われるのを待っていた。母親の牧子は体調が優れないとのことだった。
 一年前、最初のプログラムに優勝したときのことを思い出す。
 あのときも姉が一人でやってきた。
 プログラム開催に反対して粛清された父の葬儀の足で来ており、黒い喪服姿だった。
 父か母……あるいは二人とも……が死んだことを察知し、深い衝撃を受けたものだ。

 ベッドサイドに置かれていた黒縁眼鏡を、片手で苦労して取り上げる。まだ左手の義手接続の手術はしていなかった。もう少し回復したら、そのための治療や準備が始まるらしい。
 無事な右腕もまだ力が入らず、ままならなかった。
 脇に控えていた看護士が近寄り、手伝おうとしてくれたが、これを断る。
 眼鏡をかける。通常なら些末な動作だが、今の真斗には困難な重労働だった。これを、自分だけの力で成し遂げて、面会したかった。
 そうして、弾みをつけておかないと、決意が鈍りそうだった。
 一年前、言えなかった最初の一言。出鼻を挫き、結局表情なく接するしかできなくなった。家族を拒絶するしかなくなった。
 プログラム以前から真斗と家族との関わりは薄かった。
 そういう生活が真斗の気性にはあっているのだろう。
 だけど、距離を持って生きるのと拒絶して生きるのとでは、意味が違う。

 何度も何度もシーツの上に眼鏡を落とした。そして、やっとのことでかけることに成功する。
 病室備え付けの小さな鏡を手に取り、自分の姿を映した。
 髭は当たってもらっているが、髪が一か月分伸びていた。
 流動食の毎日なので、頬のふくらみが消え、痩せて見える。黒縁眼鏡の奥の切れ長の瞳。情の薄そうな厚みのない唇。
 紛れもなく、陣内真斗だ。自分は生きてる。自分は、生きて、ここにいる。

 やがて、病室の戸が遠慮がちにノックされた。慌てて、髪を撫でつけ、病棟衣の前をしっかりとあわせた。少しでも元気に見せたかった。
 看護師に入室を促され、亜希子 が姿を現す。
 ここで、真斗は目を見開いた。
 一年前、弟のプログラム優勝により平穏な生活を奪われ、婚約者を失った彼女。怨み言を投げられたことはないが、常に疲れた顔をしていた。
 きっと同じような表情で現われるものだとばかり思っていたのだが……。
 最後に会ってから、数ヶ月。亜希子は髪型も化粧も変わっていなかったが、不思議にどこか張りがあるように見えたのだ。
 服装は、ジーンズの上に薄桃色のセーターというラフな姿。
 緊張の面持ちではあるが、一年前にあった怯えの色が比べ物にならないほど薄い。

 覚悟していた表情との違いに、呆けたようになったが、そのままではいられない。
 看護士が気を利かせて病室を出て行ってくれたのを機に、軽く頭を振り、真っ直ぐに姉の顔を見つめた。
 唇を動かす。
 一年前は言えなかった『最初の一言』を紡ぎだす。プログラム中ずっと、生き残ることが出来たら言いたいと考えていた台詞を口に出す。
「……ただいま」
 ありふれてはいるが、今の真斗には重大な言葉だった。
 亜希子は一瞬、虚を突かれたような顔をした。
 不意に、彼女の双眸からほろほろと涙がこぼれ落ち、口元から嗚咽が漏れはじめる。
 彼女が、生存を喜んでくれていることがわかり、胸がほうっと熱くなった。
 身体の中で、何かが溶け出したような感覚を味わう。何かが溶け、何かが癒えていく感覚。

 もちろん、姉の中にあるのは喜びだけではないだろう。
 これからのことを思う陰鬱な感情がないはずはない。二度もクラスメイトを足蹴にして帰って来た弟に、恐怖を感じないはずもない。
 自分を取り巻く環境は、自分が周囲に与える影響は、呆れるほどに残酷だ。
 だけど、今は。だけど、今くらいは、生き続けることが出来る喜びに身を浸してもいいはずだ。

 遅れて、真斗が左腕を失っていることに気がついたらしい。
 亜希子が息を呑み、「手が……」と掠れた声を押し出してきた。
 真斗は黙って首を振り、いくらかの躊躇ちゅうちょの後、思い切って「ごめんなさい。これから、迷惑かけます」紡ぎだす。
 前のプログラム以降、辛いのに一人で突っ張って生きてきた。自分から拒絶しておいて、家族が支えてくれないと腐っていた。
 刺々しい殻に閉じこもっていた。
 それは、間違いだったのだ。
 亜希子は泣き崩れながらも、何度も頷いて見せた。
 そんな姉の様子を見ていた真斗の頬にひと筋の涙が伝う。ひと筋だけだった。それ以上はなく、嗚咽も漏れなかった。
 結局、二度のプログラムを経ても、感情の起伏なさに変化はなかったらしい。
 皮肉めいた笑みを浮かべる。
 しかし、変わった部分もある。動き出した部分もある。

 
 真斗はゆっくりと目を閉じ、涙の感触を噛み締めた。



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