OBR2 −蘇生−  


076    2004年10月01日20時00分


<陣内真斗>


 やがて、霧子が足元から何か棒のようなものを取り出した。
 先を尖らせた長い鉄パイプだった。7、8メートルはある。校舎のどこかから折り取ってきたらしく、すっかり錆び付いていた。
 長さや材質からいって相当な重さだろうに、霧子は軽々と持ち上げていた。
 俊介によると、彼女の指輪
『収集家(コレクター)』は、複数の指輪を同時に扱うことが出来る能力とのことだ。操りの能力と、堀田竜の『アストロボーイ』 を同時に使っているに違いない。

 何をされるか分かり、身をよじる真斗に、霧子は鉄パイプを向ける。
 そしてそのまま右の太ももに押し付けてきた。
 操りのほうに力の大半を使っているのだろう。それほどの圧力はかからなかったが、それでも、鉄パイプは皮膚を破り、肉を切る。血が飛沫した。
「あああっ」
 痛みに悲鳴を上げた。

 霧子に、いたぶり殺すような趣味はあるまい。単にためらっているだけだろうが、激痛に変わりはない。
 苦しみにのたうった。
 脚の力が抜け、その場に倒れそうになる。操りの能力で左手を水道パイプに繋がれているので、片手をあげて膝を折る歪な体勢になった。
 しかし、真斗はゆっくりと顔を上げ、「ワープホールを……使えば、反撃を食う。いい判断ですね」出来るだけの冷ややかな声を投げた。
 空間のショートカットする能力は、5メートルの制限を取り払う魅力的な能力だが、一方通行ではない。狙った相手の攻撃もショートカットさせてしまう。
 使い手としてその弱点は把握しているのだろう。
 誘発された激情に身をゆだねた霧子が、今度は右腕を狙って突いてくる。
 避けたが、鉄パイプに肉をいくらか削ぎ取られ、ブローニングを落としてしまう。銃は調理台の上に落ちた。左腕を固定されているので、拾い上げることもできない。


 天井に開いた穴から泥水がどどどと音を立てて落下してくる。何度目だろう、雷の轟音が廃校舎を揺らした。
 その音に消されそうな声で霧子が「あんたなんかよりも、室田が……生き残るべきだったんだっ」言った。
「室田なら、そんな詰まらない生き方はしなかった」
 彼女の言葉が胸をえぐる。
 こうしている間も、左手を水道パイプから離そうと努力していたが、操りによる固定に抗えなかった。
 さながら、手錠で牢に繋がれた囚人だ。
 と、天啓が閃いた。

 ……出来るだろうか。いや、出来たとしても……。
 痛みとは別に、身体震えた。汗がじわりと滲む。

 逡巡は長くは続けなかった。
 真斗はすっと息を呑むと、ズボンのポケットに右手を突っ込み、指先で指輪を
『アドレナリンドライブ』 に付け替えた。
 そして、太もものにつけられた真新しい傷に手を置き、能力を発動させた。
 灼熱感に似た痛みに襲われる。
 これに耐え、傷を上半身へと動かした。
 できるだけ傷を薄く広げ、表面を伝うようにするが、それでも身体を激しく傷つける。苦しみに呼吸を失いながらも、歯を食いしばり、左腕へと移した。
 てっきり傷を散らし、治すとばかり思っていたのだろう、「なにを……」霧子の当惑する声が飛んできた。

 傷を左肘のあたりで留める。折り曲げた間接から、紅い血が噴きあがった。
 しかし、まだ足りない。
「ああああっ」
 吐血交じりの絶叫。これまでの戦闘でついた傷も、次々と左腕へと移す。それらを全て、左肘に集中させた。
 肉がはじけ、骨が砕ける音がした。ばっと紅い血が舞う。
 勢いを付けて身体を引く。
 操られ、固定されているのは、左腕だ。ならば、その部分を切り離せば、自由を得ることが出来る。

 筋肉と骨がばきばきと鈍重に鳴った。身体が叫ぶ、最後の悲鳴だ。強烈な悪寒に襲われる。
 真斗は激痛に耐え、脂汗をだらだらと流しながら、顔を上げた。
 両のまなこ を大きく開いて立ち尽くしている霧子を正面から見据え、口角をあげる。彼女にはきっと、高慢に笑ったように見えただろう。
「ああっ」
 もう一度叫び、身体を強く引く。
 ひときわ大きく重い音が立ち、そして、左肘から先と胴体が別れた。
 慣れ親しんだ己の身体の一部分、左肘から先が宙に浮いている異様な光景。
 操りの能力は相手方の筋肉の働きも必要なのだろう、そんな光景も長くは続かず、力を失った肘下が水道パイプを離し、床に落ちた。


 と、今までと比べ物にならないような轟音と同時、窓に打ち付けられた木板の隙間から強烈な光が差し込んできた。
 廃校舎からほど近い場所に、雷が落ちたのだ
 大地が揺れ、崩れかけた校舎がびりびりと震動する。

 これを合図に、無事な右手で調理台の上のブローニングを拾い、真斗は霧子めがけ駆け出した。
 左肘から凄まじい勢いで血が噴出し、あたりを紅く染め上げる。
 身体を強張らせていた霧子が、はっと我に返り、身構えようとする。
 彼女の動作がスローモーションのように見えた。
 真斗の周りから音が消えた。外で渦巻いている嵐の音が消え、二階から落ちてきている泥水の音が消え、静寂に包まれる。
 その中を、真斗は駆けた。
 失血死のリミットは、全血液量の半分。きっと長くは持たない。
 永遠に続くかと思えた時間。現実には一瞬のことで間合いを詰める。正面からぶつかり、霧子の身体を黒板に押し付ける。
 銃口を彼女の胸元にあて、二発、連撃した。

 くぐもった撃発音。
 焦げ臭いような火薬の匂いがあたりに充満する。彼女の両眼が再び大きく見開かれる。向かい合う相手の口から噴出した血が、真斗の顔にかかった。
 ずるり、二人して床に倒れこんだ。
 浅く水が溜まっていた床が、二人の血で紅く染まる。
「どうして、そこまでして……」
 どうして、そこまでして生きたいんだ?
 霧子が生き絶え、問いが途切れた
 このプログラム中、幾度となく自問してきた。木ノ島俊介にも訊かれたこともあった。逆に、矢坂彩華に尋ねたこともあった……。
 

 これで終わりではない。
 かぶりを振り、リフレインする問いかけを飛ばす。そして、倒れこんだ姿勢のまま、入り口を見上げた。
 霞む視線の先には、戸を背にした木ノ島俊介の姿があった。やはり身体を硬直させ、立ち尽くしている。
 好機だ。
 真斗は、俊介を標的に、残りの銃弾を全て撃ち出した。 



−鮎川霧子死亡 03/17−


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陣内真斗
プログラム優勝経験者。前回優勝後、家族と関係を保てなかった。このプログラムでも数人を殺害。
『ブレイド』
血液を操ることができる。