OBR2 −蘇生−  


075    2004年10月01日20時00分


<陣内真斗>

 
 霧子は制服姿だった。後ろで一本にまとめられた黒髪が雨に濡れ、艶を増している。
 きりりと真一文字にあがった太い眉。切れ長の涼やかな瞳、通った鼻筋。強い意志がこぼれる引き締まった口元。
 暗闇で見る彼女は凄みを含んだ美しさに包まれていた。
 内階段を使い、二階から降りたのだろう。入り口の戸ががらりと開き、木ノ島俊介 が現われた。腹から流れた血がジーンズを紅く染めており、顔色は真っ青だった。
「木ノ島っ」
 彼の様子に驚いた霧子が声を上げる。俊介は、大丈夫、とでもいうように頷き、そして、戸に背も垂れた。
 傍観然としている。
 どうやら、俊介は、脇に控える形を取るようだ。
 これでまた、真斗の推察に裏づけが増える。

「やっと会えた」
 向き直った霧子が、やはり低く抑えた声で、もう一度言ってくる。姿だけならアスマらに襲われたときに見ている。きちんとした対面の意味だろう。
 真斗は何も返事はせず、その代わり、ブローニングの引き金に力を込めた。
 確かな反動とともに、銃弾が飛び出す。 
 分かっていてもやはり恐ろしいのだろう、かすかに背けた顔を戻した彼女が「無駄、よ」と宣言した。
 霧子まで一メートルほどのところで、弾丸はくうに止まっていた。ややあって、床に落ちる。水溜りに、ぱしゃりと音が立った。
 落とす位置など、全て計算しつくされているのだろう。
 何のために?
 ……この、対面のために。

 真斗が持った、一つの推察。それは、攻撃が手控えられている可能性だった。
 思えば、靴箱での襲撃のあたりからすでにおかしかった。
 ワープホールを使った二度の攻撃。
 そのどちらもが下方を狙ったもので、現実に、真斗も彩華も下半身に傷を負った。彩華が、『アストロボーイ』で強化された石つぶてで腰を撃ち抜かれたが、それは彩華がしゃがみ込んでいたからだ。
 先ほどの外廊下での射撃も、弾丸は床にめり込んでいた。
 攻撃はする。しかし、致命傷とならないような配慮をしているように感じる。

 その不可思議さと、鮎川霧子は自分のことを怨んでいるという木ノ島俊介の情報を組み合わせれば、おのずと答えは見えてくる。
 きっと、霧子は自分に怨み言をぶつけたいのだ。
 慌しい戦いのさなかではなく、このように対面した形で。

 そのためには、弱らせ、捕らえる必要がある。だからこその、下半身を狙った攻撃であり、この大掛かりなトラップなのだ。
 操り、固定するためには、ワープホールを作り距離を詰めるのが好法だが、空間を開くときにでる異質な気配を読まれてしまう。ならば、最初から開いておいて、そこに誘導すればいい。
 天井が崩れたときに落ちてきたらしき瓦礫が教室の隅に積み上げられている。
 真斗が繋ぎとめられているあたりの方々に、何か大きな物があった痕跡が残っているところを見ると、霧子たちが片付けたのか。
 俊介が控える形を取ったのは、鮎川霧子が一対一を望んだからだろう。

 攻撃が手控えられていると察知し、ある程度大胆に行動できたのだが、その結果としてトラップに引っかかってしまっては世話はない。
 真斗は眉を寄せ、舌を打っった。
 すっと息を呑み、「こんな処遇でいいんですか? すぐに殺さないと、反撃を食いますよ?」慇懃無礼な口調を作ってみた。
 彩華とのやり取りを思い出す。どうやら自分は、こうしていたほうが調子が出るようだ。

 霧子にきっと睨みつけられはしたが、これで気は落ち着いた。
 彼女は、両の拳を握り締め、ぶるぶると身体を震わせている。
 ふっと、デジャブを感じた。プログラムが始まる直前の説明時に、霧子から怨念篭った視線をぶつけられた。これは、あの場面の再現だった。あのときは、彼女に怨まれていることをまだ知らなかったので、当惑したものだ。
 しかしここでまた、真斗は困惑した。
 ……最初に睨まれたときと、何か、様子が違う。
 出発のときは、溢れんばかりの激情をそのままぶつけられた。しかし今は、振り絞るようにして怨みつらみを出してるように見える。
 
 ……この違いは何だ?
 当惑が伝わったのだろう、霧子が目を泳がせる。
 傷の痛みに耐えながら心配そうに見つめる俊介に、霧子は一度頷きを送り、やはり絞り出すような睨みをする。
 
 彼女の中で何かが変わったのだと感じた。自分がこのプログラムを経て変化したように、彼女もまた変化したのだ。
「どうしてっ」
 短く切った霧子の言葉。
「え?」
「どうしてっ。室田の最期の言葉だね?」
 ひゅっと息を呑む。
 それは確かに、真斗が殺した室田高市の最期の言葉だった。
 どこかで会話ログを入手したのか。それは決して容易ではないはずだ。彼女の執念に、畏敬の念さえ感じた。

 
「裏切って、殺したんだな」
 驚いたような悲しいような顔をした高市の最期の顔が、まだ記憶新しい智樹の死に顔とオーバーラップする。
 それは冷たい氷を背筋にあてられたような感覚を伴っていた。
 顔をゆがめ、頭を振り、幻影を振り切っていると、霧子もまた顔をゆがめた。
「そんなに辛いのに、どうして……」
 思いがけず、優しい声をかけてくる。真斗も驚いたが、声を出した当人が一番驚いたらしく、慌てて取り繕うように睨み付けてきた。

 そんなに辛いのに、どうして……。
 霧子の言葉を心の中で復唱する。
 明らかに同情の色が滲んでいた。
 さかしい真斗。大体のところを理解する。
 おそらく最初はただ怨めしいだけだったのだろう。しかし、プログラムに巻き込まれ、怨む相手と同じ経験をし、結果として同情を寄せるようになったのだ。
 不本意な同調に、彼女の心をが拒否反応を示し、悲鳴を上げているのが分かった。
 
 しかしこれは忌々しき事態だった。
 同情、同調を持ったということは、彼女もまた、クラスメイトを踏み台にしてでも生き残りたいと願っているということだ。
 逆上しているだけの相手ならどうとでもなるのだが……。
 
 ふっと、高市と彼女はどんな関係だったのだろう、と思った。
 恋愛感情とするのが一番しっくりくるが、それならば、万時に開け広げだった高市が自分に話さなかったわけがない。彼女の片思いであったか、それとも何か恩があったのか……。
 何にしても、彼女は室田高市を大切に思っていた。
 と、霧子が唇を拭う動作をした。まるで何か忌まわしいものを取り除くような表情だ。
 少し考えて、その意味が分かった。
 入学したての頃、新入生歓迎の寮祭があり、その罰ゲームで彼女とキスをさせられたことがある。布越しではあったが、怨んでいる相手と口付けするなど、耐え難い屈辱だったに違いない。
 だけど、彼女はそんな素振りを一度も見せたことはなかった。むしろ、満更でもないような顔をしていた。
 それは、自分に近づくためだろう。
 彼女は、拳を握り締め、屈辱に耐えてきた。
 そして、今やっと、拭うことができたのだ。唇を拭う。それは、彼女にとって、意味のある儀式に違いない。

 ずっと自分を騙し続けてきた自制心の強さ、怨みの深さに、唖然とする。



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陣内真斗
プログラム優勝経験者。前回優勝後、家族と関係を保てなかった。このプログラムでも数人を殺害。
『ブレイド』
血液を操ることができる。