<陣内真斗>
真斗は外廊下へと続く扉の陰に走りこみ、身を隠した。
一度、銃声が鳴った。
雨に打たれる外廊下の床が爆ぜ、火薬の匂いが漂う。
やはり、あちら側の校舎の戸に隠れているのだ。
どきどきと胸が鳴った。吹きすさぶ雨風が、戸のあたりで渦を巻いており、真斗の身体を濡らした。
外廊下は目測だが五メートルに至っておらず、すぐに次の校舎になっていた。
手すりと屋根はあるものの、壁で覆われていない。吹きさらしの状態、雨風に晒されている。排水溝がごうごうと音を立てて雨水を飲み込んでいた。
会場では銃器の類は五メートルで殺傷能力を失う。このプログラムの大前提だ。
上江田教官は、指輪の仕様実験を兼ねていると言っていた。おそらく、銃器を使いにくくし、指輪の使用頻度を上げるための措置だろう。
最初の説明のとき、上江田教官が撃った弾が、空で一旦止まり、地面に落ちていた。鷹取千佳を殺したときは、五メートルルールで彼女を罠にかけた。
制限に驚かされ、守られ、阻害され、ときには有効に使い、生き延びてきた。
そして、今は、五メートル内だ。あの空間をショートカットする能力を使わなくても、銃弾の類は効果を発揮できる。
やがて、意を決す。真斗は上着を脱ぐと、そっと指輪を付け替えた。付け替えたのは、智樹の亡骸から抜いてきた『運び屋(トランスポーター)』
だ。
そして、力を込め、上着を転送した。
狙いは、外廊下への出口付近。
果たして、上着は銃撃に出迎えられた。
その間に指輪を『ブレイド』
に戻し、一呼吸置いて立ち上がる。
外廊下へと走り出すと同時、ペットボトルに溜めていた血液を操作した。薄く引き延ばした血の板、カーテンのようなものを作り、目くらましとする。
廊下は中央を行かず、端を選んだ。
射撃は続いたが、上着のフェイクが効いていた。すぐに弾切れし、カチカチと空撃ちする音が扉の向こうから聞こえた。
カッと雷光があたりを照らした。
勢いそのまま、向いの校舎へと飛び込み、照準することなく、一発、ブローニングの引き金に力を込めた。命中は期待していない。威嚇だ。
どうやら潜んでいたのは木ノ島俊介だけだったらしく、また、彼の判断は素晴らしく早かった。
足を引きずりながら駆けていく後姿が見える。
入り口のあたりに、真新しい血が赤い池となっていた。鼻を突く鉄錆びた血の匂い。やはり、深手を負わせることに成功しているようだ。
俊介には新たに弾を込めなおす時間はないだろう。
しかし、他に銃を持っている可能性がある。『アストロボーイ』で石つぶてに殺傷能力を付加できる。だけど、攻めるなら、今だ。
疲労と傷に鈍る身体に活を入れ、真斗は駆け出した。
*
俊介の後を追って、教室の中
へ飛び込む。
他と同様に、この教室も机や椅子は取り除かれており、がらんとしている。
外に面した窓はほとんどが割れていた。一階と違って二階は侵入の心配がないせいか、窓には板が打ち付けられておらず、ダイレクトに雨風が降り込んでいた。
どこからか、水が落ちる音がする。
懐中電灯の灯りに、窓際の壁に背を預け、かろうじて立ってる様子の木ノ島俊介の姿が浮かび上がった。
腹のあたりからだらだらと赤い血を流している。眉を寄せ、苦痛に耐えている。あの身体でよく銃撃の反動に耐えれたものだ。
鮎川霧子の姿がなかった。
どこだ? とあたりを見渡していると、痛みが差し込んだのか、俊介が顔を歪ませ、うつむいた。
霧子のことは気にかかるが、この隙を突かない手はない。
埃の積もった床を蹴り、間を詰める。
何かがおかしい、と頭の中で警告ランプが舞った。しかし、「さっきの推察が正しければ……」と迷いを切った。
俊介が大きく息を吸ったのが分かった。
そして、「行くぞ!」と声を張り上げてくる。
思わず立ち止まった瞬間、足が空を切った。
「なっ」
踏みしめていたはずの床がすっと音を立てて消える。
これが、警告ランプの正体だった。
床には本来、大穴があいていた。穴の上に床のフェイクを被せ、真斗がその部分に乗ったところで解除したのだ。
理解と一緒に、暗闇の中へ落下する。
受身を取る余裕はなかった。腰を地面に打ちつけ、ぐううとうめく。
衝撃で元々持っていた傷が開いたようだった。痛むが、行動停止するわけにもいかず、ばっと立ち上がる。しかし、そこで、左手を誰かに掴れた。
「うわっ」
惑いを飛ばし、振り切ろうとしたが、左手の自由が利かなかった。
「え?」
左手にぐいっと後ろに引っ張られるような感触が走った。そのまま、左手が何かを握りしめる。
操られている!
事実を認識し、すっと青ざめる。
同時に、数時間前、智樹がアスマらに操られたことを思い出し、智樹を殺したことを思い出した。
危険きわまりないことだが、とっさに目を瞑り、頭を振り、浮かんだ智樹の亡骸の映像を飛ばした。
「やっと会えた」
低い、女の声がした。
視線を上げ、あたりを見渡す。暗闇に見えていたが、実際は部屋のあちこちにロウソクが立てられ、緩やかな灯りになっていた。
洗面台が横に付属した平たい大きな机がいくつか並んでいる。コンロが設置されていた跡がある。
片壁は棚が占めており、棚の中に食器や調理道具がいくつか残っているのが見えた。
操られた左手が掴み、離さないのは、水道パイプだ。
どうやら、調理室のようだ。
真斗が落ちたのは部屋の中央あたりだった。天井に開いた大穴を伝った雨水が、音を立てて流れ落ちて来ており、床には埃が溶け出して黒く濁った水が溜まっていた。
そして、黒板を背にした鮎川霧子 が立っていた。
−04/17−
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