OBR2 −蘇生−  


070    2004年10月01日19時00分


<陣内真斗>

 
 森の中を縫う、細い道を行く。風雨は衰えを知らず、未舗装の地面は泥の海になっていた。
 響き渡る雷鳴、闇を切り裂く稲光。豪風が真斗と矢坂彩華 の身体をなぎ払う。

 絶え間ない緊張感、連戦につぐ連戦、疲労はピークに達していた。
 彩華も同様で、青白い顔をし、ぜいぜいと息を上げている。
 洞窟の中にいたときはここまで憔悴していなかった。
 能力『アドレナリンドライブ』の過使用による消耗が、遅れて、彼女の身体を蝕んでいるのだろうか。
 智樹に傷つけられた怪我を散らしてもらったのだが、一番最初に能力を見せてくれたときとは比べるべくもなく、雑な処置になっていた。
 彩華自身の身体についた傷も散らしきれてないようだ。
「大丈夫ですか?」
 訊くと、「問題ない」と口角をあげ、笑みを見せた。さすがの矢坂彩華だ。

 真斗の左手には、血が2/3ほど入ったペットボトルがあった。
 入っているのは、城井智樹の血だ。
 元々は井上菜摘の血を入れていたのだが、鮮度が落ち、操作できなくなったため、入れ替えた。
 真斗の指輪『ブレイド』にとって、新鮮な血液は大切な動力源だ。
 これまでにいくつかの能力を見、触れてきたが、自分に与えられた指輪能力が際立って忌まわしいもののように感じる。
 しかし、外国小説に出てくる吸血鬼をも連想させるこの能力。
 生き残るために積極的にクラスメイトを殺すことも辞さない自分にこそ、好きだといってくれた女の子や友人を殺し、その血を武器として利用しようとしている自分にこそ、相応しいのかもしれない。

 智樹のことを考えると、息が詰まる。どうして襲い掛かってきたのだろうと思うと、心が乱れる。
 これは、罰なのだろうか。前のプログラムで親友の室田高市を殺した罰を受けたのだろうか。
 落ちる心に活を入れるために頭を振ったら、ゆらりと視界が傾いだ。
 続く強い雨に濡れる身体が重い。
 
 逆手は、彩華と手を繋いでいる。
 懐中電灯を頼りに進んでいるが、とにかく足元が悪く、何度も何度も足を滑らせた。
 自然、手を繋ぎ、肩を借り、互いを支えあうことになった。
 手のひらを通じて伝わってくる、彩華の体温と柔らかい肌の感触。
 女性と手を繋ぐ。
 遠藤沙弓と付き合ってはいたが、およそ真斗のキャラクターではなく、その頃ですらほとんどやったことのない行為だった。
 ……さっき、抱いておけばよかったかな。
 男性としての欲求をかみ締め、苦笑し、苦笑する余裕を保てていることに安堵する。

 前のプログラムのあと、遠藤沙弓とうまく行かなくなった。
 反対した父親が死んだこともあって、姉と母との関係は冷え、特に母親からは忌み嫌われた。
 女というものが信じられなくなり、極力関わらないように暮らしてきていた自分。
 彩華との関わりを経て、そんな自分が少し変われたような気がした。一度失ったものを取り戻すことが出来たような気がした。

 生きたい。
 強く、思う。
 生き延び、そして、プログラムで滅したものを少しずつ蘇らせたい。
 ……まずは、家族。もともと家族と強い結びつきがあったわけではない。だけど、何かしらのものはあったはずだ。
 それを、蘇らせたい。取り戻したい。
 最初のプログラムから帰ったあと、病室ではじめて姉と顔をつき合わしたとき、言えなかった言葉。最初の一言。それを、今度こそは言いたい。

 井上菜摘を殺したあと、真斗は生き残るための目的を探す必要があると考えた。
 ……これは、その目的になるだろうか。
 半拍置いて、真斗は首を振る。
 真斗の冷静な思考は、目的には違いないが、クラスメイトたちの命を足蹴にしてまでのものではないと、判断していた。
 結局のところ、仕方ないのだと、自分は生き残るに相応しいのだと、言い訳するには足りなかった。
 だけど、生きたい。
 思いを噛み締めると、胸が熱くなった。

 やがて、森から出た。舗装された坂道は泥の川になっていたが、地面が固い分、今までよりは随分楽だ。
 懐中電灯の明かりに、トタン屋根の敷かれた小屋が浮かび上がった。小屋といっても全面が壁に覆われてはおらず、開かれた正面から奥が見通せた。
「炭焼き小屋?」
 彩華の呟きに黙って頷く。
 見えるのは、たしかに炭窯だ。
 そして、折り重なるようにして倒れている二人の男子生徒……。
 近寄るにつれて、雨がトタンを叩く音と、血の匂いが強まる。焦げ臭いような匂いは炭だろうか。

 予期していたとおり、二つの亡骸は秋里和と深沼アスマ だった。秋里は腕に大きな傷を負い、深沼アスマは腹から血を流している。
 彼らの周囲だけ泥が赤黒く変色していた。灰と泥と血が交じり合ったのだろう。
 和とアスマの顔には、一度泥と溶け出した灰に汚れ、そのあと拭われた痕跡があった。
 真斗は、霧子たちが亡骸を整えたのだと推察した。そして、智樹はともかくとして、自分が、井上菜摘と鷹取千佳の死体になんら弔いをしなかったことを振り返った。
 彼女は特別関係のなかった深沼たちの亡骸を弔った。自分は井上たちの亡骸に何もしなかった。
 その違いは、決定的なもののように思える。

 二人は血を流して死んでいた。それぞれ、傷が元で失血死したに違いない。
 矢坂彩華がふっと息を漏らす。
 秋里和に傷を付けたのは、彼女だ。
 何かしら思うところはあるのだろうが、彩華は膝を折ると、彼らの身体を調べた。
「指輪がないね」
「やはり、鮎川たちは彼らの指輪を持っているということですね」
 事務的な会話。 

 一定の罪悪感は持つ。苦しむ。しかし、そこで立ち止まることはない。生き残るための思索は続ける。
 是非はともかくとして、その一点で彩華と自分は似たもの同士だと、真斗は感じた。
 同じようにアスマらを調べていた真斗は立ち上がり、泥水の流れる坂道を見やる。木ノ島俊介の指示によれば、この上方にしばらく進めば、目的地につく。
「さて、行きましょう」
 真斗の声に、彩華が頷いて返した。



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陣内真斗
プログラム優勝経験者。このプログラムでも数人を殺害。心を許していた城井智樹までも殺すことになり、激しく動揺した。
『ブレイド』
血液を操ることができる。

矢坂彩華
20歳。罪を真正面から受け止めている真斗に惹かれてつつある。
『アドレナリンドライブ』
外傷を動かすことができる。