<矢坂彩華>
風雨や雷の音に消されることを懸念したのか、18時放送は大音量で二度繰り返された。
雨が強まってきたので、彩華は、呆然としていた真斗を洞窟の中へ引き入れていた。真斗はしばらくそのまま自失を続けていたのだが、放送が始まると同時、ばっと飛び起きていた。
いつまでしょげていても仕方がない、というところなのだろうが、その切り替えの早さには驚かされた。
正午から今までに死んだのは、仲谷優一郎(アスマが殺害)、鷹取千佳(真斗が殺害)、城井智樹(真斗が殺害)、深沼アスマ(秋里和が殺害)、秋里和(彩華が殺害)の五人だった。
新しい禁止エリアは、19時からDの2、21時からDの4、23時からEの3。
これを、彩華と陣内真斗は洞窟の中
で聞いた。
懐中電灯を頼りに、濡れてぐちゃぐちゃになった地図に禁止エリアを付け加える。会場の南の地域ばかりだったので、さほど影響はなかった。
すぐそばで、彩華と同じように地図や名簿にチェックを入れている真斗に目をやる。
放送を機に自分を取り戻したらしく、黒縁目がねの奥、切れ長の瞳は、すっかり落ち着いて見える。
真斗が顔を上げ、「先ほどは見苦しい姿をお見せしました」と慇懃無礼に頭を下げた。
もう少し傷ついたままでいたら、歳相応の子どもらしさを見せてくれたら、可愛げもあるものを、と苦笑いすると、真斗は真斗で、いかにも性格の悪そうな笑みを返してきた。
まぁ、笑いの種類はどうあれ、「笑いあう」など合流したての頃は想像もつかなかったことだ。これも進歩といえよう。
しかし彩華は、真斗が城井智樹の名前にチェックを入れていないことに気がついていた。笑う瞳は赤く充血し、涙でまぶたが腫れ上がっていることも知っていた。
また、死亡者リストの中には、つい先ほど姿を見た深沼アスマと秋里和の名前があった。
陣内の傷を秋里和に送ったのは、自分だ。あの怪我がもとで秋里は死んだのだろうか……と考えると身体が震えた。
事実は存外に重く、心に石を詰められたようだった。
そして、城井智樹の名前を消すことが出来ない真斗の心にも、重い重い石が積まれているのだろうと、考えた。
でも、これはプログラムだ。仕方のないことだ。
軽く頭を振り、憂鬱を飛ばす。彩華は、それだけで気持ちを切り替えることの出来る女で、それを誇りに思っていた。
もちろん、全て飛ばせることが出来るわけでも切り替えることが出来るわけでも、なかったが。
どどどと轟音を立て雨が落ち、時折稲光が走った。
雷を怖がるような繊細さは持ち合わせていないので、気にせず、雨に流されたマスカラをぬぐう。
降りしきる雨に化粧を崩されてしまったので、空にしたペットボトルに雨水をため、その水とクレンジングで化粧を落とした。
緩やかにカーブを描いていた自慢の髪も濡れそぼっていた。髪をヘアピンなどでまとめ、ディパックからタオルを取り出し顔をぬぐっていると、真斗に見つめられた。
いっそ、ぶしつけといっていいような視線だ。
「乙女の素顔をじろじろ見ないでよ、ボウヤ」
合流して以来続けている口撃戦、真斗から厚化粧について何か言われるとばかり思っていたが、返ってきたのは、意外な台詞だった。
「あなたの……ギラギラは化粧に左右されませんよ」
真斗は元のポーカーフェイスに戻っていたが、語調から、いい意味で言われたことは分かった。
パーツパーツが大きく派手ではあるが、決して整った顔立ちではないことは、自覚している。
さっぱりとした気性の彩華だが、女として色々思うところはあった。
15のときから都合5年間身をおいている水商売の世界では、愛想と扇情的な肉体を売りにしており、人気も博しているが、それでも容貌が整ったライバルとの差を感じることは多々あり、一時は整形も真面目に考えたものだ。
そんな胸のうちも、読まれたのだろうか。
まぁ、魅力だとか輝きだとかではなく、ギラギラという言葉を選ぶあたり、真斗らしい捻くれ具合だと思い、また、その語感にも苦笑する。
真斗としても他に表現のしようがなかったのだろうが、案外自分らしい形容だと彩華は笑った。
「褒め言葉として頂戴するわ」
「ご自由に」
素っ気無く、真斗が答えた。
唐突に、真斗がぴくりと肩を上げる。
「木ノ島だ」
と口元に人差し指を当て、黙るよう指示してくる。
指輪『フォーンブース』
を通して、声をかけてきたのだろう。
彩華は慌てて指示に逆らった。
「ちょっと待ってて、向こうに伝えて。……あと、中継器の鉱石のかけらを身体から離して」
怪訝な顔をしながら真斗が従うのを経て、先ほど木ノ島俊介から聞いた『フォーンブース』のカラクリを話す。
鉱石のかけらを通して電話をするような能力だという理解のままだと、相手にいらぬ情報を与えることにあるかもしれない。と考えたからだ。
城井智樹が真斗を刺した理由については、意図あって話さなかった。
「一番強く考えたことが……」
唖然として、真斗が答える。
「だから、気をつけて」
真斗は黙って頷くと、鉱石の欠片を握りなおし、通信を再開した。
2,3分の後、ふっと真斗が息をついた。
「デートのお誘いでしたよ」
軽口を叩く。
「待ち合わせ場所は?」
呼吸を合わせて軽い口調で訊くと、この洞窟からほど近い場所だった。
「罠とか仕掛けられて……るかな? あちらさん有利?」
「虎穴にいらずんば、というところでしょうね」
平素を装いながらの会話。しかし、二人の身体が小刻みに震えているのは寒さからだけではないだろう。
「木ノ島は、能力のカラクリを話してくれました」
落ちる雷の轟音を聞きながら、真斗が続けた。
「木ノ島はこちらの情報は持ってますからね。不公平になるから、ってことで、鮎川の指輪のことも教えてくれました」
彩華の問いには答えず、木ノ島俊介から聞いたという鮎川霧子の指輪の能力を真斗は淡々と説明した。
能力名は『収集家(コレクター)』。
複数の指輪能力を同時に使えるということだった。
「最初の説明のときに、担当教官が基本的に一人一能力と言っていたでしょう? 基本的に、って言い回しが気になってたんですが、コレクターとやらを踏まえた説明だったってことでしょうね」
言われてみればそんな言い回しをしていたように思うが、彩華はまったく気に留めていなかった事柄だった。
あの初っ端の混乱の中でよく冷静に分析していたな……と舌を巻く。
「僕らでも、指輪を付け替えれば何種類もの能力を使うことは出来ますけど、一時一能力ですからね。その垣根を乗り越える能力ってことでしょう」
相変わらずの、理が走ったわざとらしく丁寧な話し方だった。
「同時に10……いや、コレクター分差し引くと、最大9種類の能力を同時に使えるってこと?」
両の手のひら、十指を広げた彩華の疑問に、「話の理解が早くて助かります」と答えた。
まるで誰かと比べているような口調だった。
遅れて、真斗が表情を曇らせる。
きっと、無意識に城井智樹と比べてしまったのだろう。
その複雑な心境を思い、彩華はそっと息を吐いた。
「ただ、それは理論上の数字ですね」
前置きして、真斗は続けた。
「何かを操作するような能力を同時に使いこなすのは難しいでしょうし、一つの能力を使うだけでも相当に疲弊するのに、同時となると負担は推して知るべし、です。せいぜい、タイプの違う指輪二種類同時が限界だと思いますよ」
真斗が『コレクター』の予想される制限を解説してくれた。
「鮎川は、深沼と秋里の指輪を持ってるよね?」
「おそらく」
「あの、空間をワープする能力がやっかいだね」
言うと、真斗が緩やかに首を振った。
「あれも、空間があくときに、異質な気配がしますからね。不意を突かれなければ距離は取れると思いますよ」
最後に、「まぁ、どちらにしても、注意は必要ですが」と眉をあげた。
一応、「その情報は罠ってことはないの?」訊く。
「あなたが事前に『フォーンブース』のカラクリを教えてくれたでしょう。おかげで、色々鎌をかけてみることができました。特に嘘をついてる様子はなかったと思いますよ」
つくづく卒のない男だ。
買ってるところがばれても面白くないので、半拍おいて、「わざわざ教えるなんて馬鹿正直な。ああ、木ノ島らしいね」どちらの意味にも取れるような頷きを返す。
木ノ島俊介は、実直な男だった。
彼ならば、この状況、たとえクラスメイトを足蹴にして生き残りたいと考えても、その一方で、誠実でありたいと考えてもおかしくはない。
−04/17−
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