OBR2 −蘇生−  


007  2004年9月30日17時00分


<陣内真斗>


「おっと、大事なことを忘れていた」
 付け加える宇江田 の手には銃が握られていた。そのまま無言で手を軽く上げ、逆手で肘を保持する。銃口は廊下側の窓を向いていた。
 予告も何もなかった。いきなり、ぱんと、低く破裂音が響く。
 ややあって、教室の中にどよめきが広がった。真斗 も大きく目を見開き、驚いた。
 狙われたいたはずの窓は割れておらず、それどころか、銃弾が空に浮いていたのだ。
「え、なんで?」
 誰かの口から疑問が漏れ、まるでそれが合図だったかのように弾丸がことりと床に落ちた。
「これも、鉱石能力の一つだ。会場では、銃の類は、5メートルほどで威力を失う。だが……」宇江田が数歩進んだ。そして、もう一度銃を構えた。
 今度は弾丸は窓ガラスを破った。派手な音を残り、破片が落ちる。
「だが、5メートル以内ならば、通常の破壊力、殺傷能力を期待することができるというわけだ」
 見たままを信じるしかなかった。

 ここでも、真斗は冷静に分析していた。
 銃は破壊能力こそは高いものの、一般人には扱いがたい武器だ。
 マシンガンなど大量の玉を放射線状にばらまけるようなタイプの銃でなければ、なかなか標的にはあたらないものだ。前のプログラムの経験から、真斗はあまり銃には期待を寄せていなかった。
 もちろん銃はないよりはあったほうがいい。
 しかし、それよりも重要なのは、接近戦に備えることだと真斗は考える。
 ゲームに乗るにしてもただ身を守るにしても、だ。

 呆然とする生徒たちを尻目に、「そろそろ始めようか」壁に掛けられた時計を見、宇江田が低い声で宣言する。
 時計の短針は6の数字をさしていた。
「今は、夜の18時だ。さっきも話したとおり、これからもう一度睡眠ガスが散布される。ユーたちが眠ったあと、会場のあちこちにランダムに寝かされるわけだ。ガスは、四半時で目が覚めるように調整されているが、ガスの影響にも個人差がある。そこで……だ」
 宇江田は箱の中から小さな置時計を取り出した。
「支給のディパックに目覚ましを入れておく。12時に合せておくから、それで起きるんだな」
 冗談のつもりなのだろうか、くっくと含み笑いをするが、もちろん誰も反応しなかったため、しらっとした空気が教室に満ちた。

 居たたまれなくなったのか、取り繕うような口調で「さて、質問はあるか?」宇江田が言い足す。
 手を上げた生徒がいた。
 真斗のことを好いている井上菜摘と同室の鮎川霧子 だ。
「目が覚めたとき、どうやって場所を確かめるんですか?」
 彼女らしいきっぱりとした物言いだった。
 言われて、真斗も疑問に思った。
 前のプログラムでは、スタート地点となった公民館から二分間隔でスタートとなったため、地図を確かめながら移動することが出来た。しかし、今回は最初にどこにいるのか分からないのだ。

「ああ、忘れていたな。それは、これで確かめてくれ」
 そう言って宇江田が取り出したのは、コンパスだった。
 懐中時計のような形をしている。
「このコンパスには、ユーたちがいるエリアが表示されるようになっている。表示は、首輪から出るパルスと連動している。ま、後でたしかめてくれ。さー、もうないか? ないのなら、ガスを散布したいのだが」
 誰も手を上げなかった。
 静かな教室の中、数人のクラスメイトの押し殺したようなため息が流れた。
 そこここで、すすり泣く声も聞こえる。

 みな、もう腹をくくったのだろうか。まだ殺し合いが起こることに半信半疑なのだろうか。
 真斗は、注意深く周囲を見渡した。
 クラスメイトたちの様子をうかがう。
 同室で真斗と親しい城井智樹 は、華奢な長身を震わせていた。
 大丈夫、と頷いて見せてやると、智樹はがくがくと顎を上下させて、頷きを返してきた。
 座っている場所の関係で顔が見えない者も数人いるが、みな、概ね智樹と似た様子だった。
 青ざめ、震えている。
 腕をガラスに変えられた仲谷優一郎 などは、ほとんど倒れそうだった。

 その中、鮎川霧子と、智樹と同じサッカー部で最近真斗に接近してきていた木ノ島俊介 は、先ほど来比較的落ち着いて見えた。
 霧子とは、それなりに親しくしている。
 こざっぱりとした気性の女だ。
 ラブコールを送ってくる井上菜摘よりも、よっぽど気の疲れない相手だった。
 また、寮祭の罰ゲームで、彼女とはキスをしたことがあった。そんなことが原因になるのも恥ずかしい話だが、それなりに気になっている女子生徒ではある。
 俊介は……、分からない。
 日ごろから彼の行動には不審なものを感じていた。
 プログラム優勝者であることがバレているのなら、あまり近づかない方がいいだろう。

 一番信用できないのは、やはりプログラム優勝者である高熊修吾 を含むグループだった。
 修吾、深沼アスマ、堀田竜 の三人は教室の後方に固まって座っていた。
 何事か、話し合っている。
 集合場所を決めているのだろう。竜たちとも距離を取っておいたほうがいい。

 と、真斗は誰かの視線を感じた。
 視線の元を追うと、鮎川霧子が真斗を見ていた。
 ほとんど、睨み付けると言ってもいいような強い視線だった。
 え、なんで……?
 怪訝な表情を返すと、霧子はぷいと横を向いた。

 そうこうしている間に、がらりと教室の戸が開き、今朝と同じように専守防衛軍の兵士が入ってきた。やはり太いチューブを抱えている。
 そして間をあけず噴射してくる。
 ガスの種類が違うのだろうか、今度は幾分灰色がかかった煙がチューブから噴出してきた。
 ここで、真斗は、堀田竜が高熊修吾を羽交い絞めにする場面を見た。
「あに、すんだよっ」
 修吾が大きな声を出し、その後「ぎゃっ」と潰れた悲鳴を上げた。
 深沼アスマだった。どこからか取り出したナイフを手に取り、修吾の胸元を刺したのだ。
 え、……え?
 落ちていく意識の中、突然の展開に疑問符を並べる。
 そして、真斗は、アスマが返す手で修吾の首筋を切るのをたしかに見、彼の声を聞いた。
「僕ね、一度、神様になってみたかったんだ」
 芝居がかった台詞。
 いったい……。
  眠りに落ちる瞬間、修吾の身体から血がポンプのように噴出し、近くにいた生徒たちの身体を鮮やかに染めあげるのを真斗は見た。



−高熊修吾死亡 16/17−

陣内真斗 主人公。プログラム優勝経験者であることを隠している。
城井智樹 真斗と同室。一度高校をドロップアウトしているらしい。明るい性格。
木ノ島俊介 不自然に真斗に近付いてきており、警戒されていた。
井上菜摘 真斗のことを好いている様子。
鮎川霧子 菜摘と同室。開始直前に真斗を睨みつけた。
高熊修吾 プログラム優勝経験者であることを公言していた。素行が悪い。
堀田竜  修吾と中が良い。やはり粗暴な性格。
深沼アスマ プログラム優勝者と関わりたくて入学したらしい。


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バトル×2
陣内真斗
私立ぶどうヶ丘高校一年。プログラム優勝者であることを隠している。