<陣内真斗>
「さて、ここからが重要だ」
宇江田はここで言葉を切り、脇に従えていた専守防衛軍の兵士に何やら指示をした。
支持を受けた兵士が一旦教室の外に出、一抱えもある箱を抱え、戻ってくる。
宇江田はその箱から、一丁の銃と一振りの小刀を取り出した。
「ユーたちには、それぞれ二つの支給武器が与えられる。一つは通常のプログラムと同じようなもの。つまり、銃や刃物、ハズレ武器などが、ランダムに支給される」
ハズレ武器の例示なのだろう、続けてちりとりを取り出した。
真斗の汗ばんだ右手の平に、銃のグリップの感触がよみがえる。前のプログラムでは、グロック19を支給された。
静まり返っていた教室に、小さな変化が起きた。唾液をのどに落とし込む音が聞こえる。
みな、殺し合いが本当であると、やっと実感してきたのだろう。
宇江田教官はこれを満足げに眺め、口を開いた。
「そして、二つ目の武器が、これだ」
取り出したのは、シルバーの指輪だった。ひと撒き程にねじれた、変わったデザインをしている。
「数年前、隕石群が銛王山の麓に落ちた」
突然、宇江田が武器とは関係のなさそうな話をしだす。
「研究の結果、この隕石には不思議な成分が含まれていることが分かった。……私が研究し、発見したのだがな」
自慢げな口調だった。
どうやら自尊心や虚栄心の強い男らしい。
「地球上の鉱石と調合することにより、様々な能力を引き出すことが出来るのだ。この指輪に、その『様々な能力』が封じ込まれている。今回のプログラムは、特殊プログラムだ。この指輪の性能実験も兼ねて行われる。……名誉なことだと思うんだな」
宇江田教官は、右手の人差し指と親指であご先をさすりながら、指輪の説明を続けた。
■一つの指輪につき一つの能力が封じ込まれている。
■指輪をつけることで、その能力が使えるようになる。
■能力を使うことで、体力精神力が消耗される。
■指輪はもともとは径が大きめだが、ねじることで径を調整できる。
およそ現実的でない話に、ほとんどの生徒がぽかんと呆けたような顔をしている中、真斗は必死に頭の中でメモを取り、整理していた。
「戦利品として指輪を取ることもできるが、基本的には一人一能力だからな。例えば、人差し指と中指に二つの指輪をつけても、最初につけた片方の能力しか使えないぞ」
基本的に、というのは、微妙な言い回しだった。
何かの条件がそろえば、同時に複数の能力が使えるのだろうか。
「そして、もう一つ、今回のプログラムに適用される特殊ルールがある」
そう言うと、宇江田は一呼吸置いてから、
「最後の一人まで戦ってもらうが、生き残るのは『二人』だ」
教室にどよめきが走った。
真斗もそのどよめきの一つとなった。
どういうことだ?
「これは、指輪の恩恵だ。死んだ者を生き返らせることができる指輪がある。最後の一人、優勝者には、生き返らせる者を一人だけ選ばしてやる」
現実味のないことを言ってから、「……日ごろの人間関係をうまくやってた奴は有利だな」と宇江田は口を閉じた。
もし本当なら、凶悪ともいえるルールだった。
見回すと、数人のクラスメイトたちと目が合った。皆、様子をうかがうような、媚びるような目線をしていた。
貴方ハ私ヲ生キ返エラセクレマスカ?
私ハ貴方ノ大切ナ友達デスカ?
おそらく自分も同じような目をしていたのだろう。
すぐには、智樹の顔を見ることはできなかった。
彼が媚びるような目をしていたら嫌だと思ったし、自分のそんな目を見て欲しくはなかった。恐る恐る彼の顔を見る。……智樹はただ青ざめていた。
*
「さて、本題に戻る。指輪の能力は、ものを変化させたり強化させたりとそれぞれだ」
やはり、現実味のない話だった。
生徒たちの怪訝な顔に気がついたのだろう。
宇江田は指輪を右手の人差し指にはめた。ねじり、径を調整する。
そして、「そこのユー、立て」と、一人の男子生徒を指差した。
小太りな体躯を震わせながら立ち上がったのは、仲谷優一郎だった。
優一郎は、地味で大人しい生徒だ。伝え聞いた話では、中学校時代イジメにあい、半ば不登校となっていたらしい。
ぶどうヶ丘高校では、高熊修吾と同室となってしまっていた。学校では修吾たちのグループとはほとんど関わりなく過ごしているが、寮の部屋でどんな風に扱われているのか……。
真斗の見たところ、優一郎自体には特に問題がないように見える。単に、ついていないんだろうな……真斗は、優一郎のことをこう評していた。
世の中には、この種の人間がいるものだ。
本人に起因がないのに、どういうわけか、不幸を呼び寄せてしまう。そして、今回もまた、優一郎は不幸を呼び寄せた。
宇江田は、優一郎の左手首を握り、ぎゅっと力を込めた。
すると、不思議なことが起きた。握られた優一郎の右手がぱぁっと輝きだしたのだ。
「ひっ」
優一郎が恐怖におののく。
周囲に座っていたクラスメイトたちも、腰が抜けたようになりながら後じさった。
輝きはすぐにやんだ。
真斗は、目を見張った。
優一郎の右ひじから指先にかけてが、ガラス細工のようになっていた。薄いブルーの光を放つ、ごつごつと角ばった右手。それは、ガラスを使った美術品にも見えた。
驚いた優一郎が、ぶんぶんと腕を振った。
「おっと」
宇江田が、優一郎を押しとどめた。
「あんまり暴れるな。教壇の角にでも当てたら、割れてしまうぞ」
これを聞き、優一郎がぎょっとした顔を見せる。
頭の先から足のつめ先までの動きが止まり、直立不動の体勢になった。変化した右手は動かせないらしく、手の平だけがいびつな形で固定されていた。
「この指輪の能力を、『ガラスの塔』
と言う。触れたものをガラスに変化させることができる。範囲は、指輪をはめた本人の力の込め具合や、そのときの精神力、体力が影響する。能力者の精神力体力次第だが、いくつでもできる」
そう言うと、宇江田は、ハズレ武器として見せたちりとりを右手で持ち、力を込めた。
先ほどの優一郎と同じように、ちりとりが光を放ち、そして、ガラス化した。ガラスで作られたちりとり。まるで出来の悪いマジックを見せられているみたいだった。
しかし、これは現実だと、真斗の第六感が告げる。
夢でもなんでもない。オレはまたプログラムに巻き込まれた。そして、目の前の不思議な光景は現実だ。
現実なら……、現状把握。取れる情報は取れ。
「解除は、能力者が能力を解こうと思えばいい。また、能力者が気を失ったり死んだりすれば解ける。つまり、プログラム中に指輪を使った攻撃を受けた場合、その能力者を倒せば、指輪の影響から逃れることが出来るわけだ」
宇江田はそういうと、「ふっ」と小さく息を吐いた。
能力を解除したのだろう、ガラスになっていたちりとりと優一郎の腕が再び輝きだした。
光が収束するとともに、ちりとりは元のプラスチック製に戻っていった。
しかし……。優一郎の右腕はそのままだった。
宇江田が、あからさまに慌てた顔をした。
「え、なんで?」優一郎の抗議するような声。
これに、宇江田はぐっと胸をそらし、誤魔化すように「思ったとおりだ」と言った。
そして、ことさら尊大に、「このように、受けた能力の影響がしばらく残る者が、たまにいる。風邪が治りにくいヤツとか、ケガがなかなか治らないヤツがいるだろう、そのようなものだ。あと、受けた能力との相性もある。相性が悪いと、長く影響が残る。ま、どちらにしても、時間がたてば治る。今はあきらめろ」と続けた。
「そ、そんな……」
優一郎が、力なくうなだれる。
彼はたしか右利きだ。
ゲームの乗る乗らないに関わらず、利き腕がしばらく使えないというのは、多大な不利条件だった。
やっぱ、仲谷って、ついてないや。
つくづく気の毒な奴だな、と真斗は、悲運に嘆いている優一郎の背中を見た。
優一郎を床に座らせた後、確認のためだろう、宇江田が声を張り上げ、これまでの話をもう一度繰りかえした。
■一つの指輪につき一つの能力が封じ込まれている。
■基本的に、一つの能力しか使うことが出来ない。
■能力を使うことで、体力精神力が消耗される。
■能力者が解除したいと思えば、解除できる。
■能力者を殺したり気絶させたりすれば、解除できる。
■能力の影響がしばらく残る者もいる。
また、新しく、禁止エリアでは能力が消えるという説明が付け加えられた。
能力を使って本部が乗っ取られたり会場から脱出されることを警戒しているのだろう。
宇江田は最後に、「指輪の能力には、戦闘向きなものと向いていないものがある。通常の支給武器と同じように、当たりと外れがあるわけだ。ま、物は使いようだし、指輪に頼らず銃器で勝負してもいい。せいぜい頑張るんだな」と締める。
クラスメイトたちは、目の前で起きた不思議な光景について行っているのか、いないのか、一様に黙りこくっていた。
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