OBR2 −蘇生−  


065   2004年10月01日17時00分


<鮎川霧子>


 室田高市が死んだと聞いたときは、目の前が真っ暗になった。しばらくは学校も休み、表に出ることもできなかったものだ。
 そして、混乱が過ぎ、落ち着いたところで、彼がどのようにして死んだのか知りたいと思い、調べだした。幸いにして、霧子の父親は地方政府の高官だった。金もある。そのつてを使い、室田高市のプログラム中の行動履歴を取り寄せることができた。
 盗聴ログを加えて推察される『室田高市のプログラム』は、霧子の知っている裏表のない真っ直ぐな彼らしい、実に彼らしいものだった。
 室田高市は、不条理な状況に追い込む政府に憤り、簡単に殺しあうクラスメイトたちを嘆き、泣き、叫び、そして、ついえていた。
 彼を殺した生徒は、陣内真斗
 高市を含んだ5人のクラスメイトの命を奪い、優勝していた。
 このときは、真斗には特に何も感じなかった。ただ高市を殺した人物の名を、胸に刻み込んだだけだった。

 その後、追加で頼んだ調査の結果を手にし、霧子は目を見張ることになる。
 陣内真斗は室田高市と親しくしていた。幼馴染、親友と呼んでもいいような関係であったらしい。その陣内真斗に、高市は殺されていた。
 ログテープに残っていた、「どうしてっ」彼の最期の言葉。その後に続いた、「ぐっ」ひしゃがれた声。
 彼の無念を思い、霧子はもう一度泣いた。
 そして、許せないと思った。
 陣内真斗は、霧子が望んでいた室田高市の友人という立場に日ごろいた。なのに、高市を裏切り、殺したのだ。バスケットボールに情熱を注ぎ、命にあふれていた室田高市をこの世から消したのだ。室田高市は、霧子が生まれて初めて気を許した相手だった。大切な人だった。

 後を追い、ぶどうヶ丘高校に入学してからは、さらに怨みを深めた。
 彼は室田高市とは正反対の人間だった。斜に構え、毎日を詰まらなさそうにすごしていた。そう、霧子のように。陣内真斗は、霧子のように緩慢に生きてきた。
 なら、なぜ、お前なのだ。
 お前が生き残らなければならない理由なんてなかったはずだ。
 自分ならば、「いつ死んでもいい」と思いながら生きてきた自分ならば、室田高市を押しのけはしない。そう思い、怒り恨みを募らせた。
 悔しかった。
 死んだ室田高市になったつもりで、歯を軋ませた。



「そういうことだったんだ……」
 目の前にあぐらをかいて座っている木ノ島俊介 が、息をついた。
 雨でジーンズがぐっしょりと濡れているので、座りにくそうだ。
 降りしきる雨が炭焼き小屋 のトタン屋根をバチバチと叩き、時折雷が轟音とともに落ち、あたりを照らす。嵐はいっそうの強まりを見せている。
 うなづきを返しながら、霧子は非常に居心地の悪い思いを味わっていた。
 ……殺したいと願うほどの怨みだろうか。
 話しているうちに、そんな風に感じてきていたのだ。
 それはおそらく、秋里和が抱えていた凄まじい過去に触れたからだろう。彼と自分とを比べてしまったからだろう。
 だけど……。
 霧子はぎゅっと唇をかんだ。
 だけど、室田高市は、私にとって、大切な人だったんだ。彼の命を足蹴にしたくせに、詰まらなさそうに生きる陣内真斗が我慢ならなかったんだ。
 
 『フォーンブース』 が働いているので、考えは伝わってしまっている。
 ……私の思いは、間違っていない。この怨みは正当だ。
 半ば挑みかかるように、霧子は俊介を見据えた。 
 俊介は笑みを浮かべると、「鮎川の、そういう気の強いところが好きなんだ」ストレートに愛を語った。
 小学校中学校と、告白は受けなれている。
 照れることもなく、霧子は彼の顔を見続ける。
 ただ、胸に温かみは感じていた。雨に濡れ、風に晒され、冷えていく身体。心。その中で、俊介の言葉を受け、胸だけが温かくなった。

「……人が。人が、怨みを持ち続けるのは、難しいことだね」
 哲学めいた俊介の言葉に、「え?」反問を返す。
「難しいから。いつか許してしまうから。そんなことは嫌だから。だから、秋里も鮎川も、深沼や陣内についてぶどうヶ丘高校に進学したんだろうね」
「……」
「鮎川は意識してなかったみたいだけど……」
 プログラムがなければ、いつか許していたはずなんだ。先ほどの俊介の言葉を反芻する。
 確かに霧子は、許してしまうことなど意識していなかった。ただ単に、陣内真斗を見極めるために、彼を怨み続けるために、ぶどうヶ丘高校に進学していた。
「だけど、心の中、奥の奥ではきっと分かっていたんだよ」
 物知り顔で俊介が言う。
 普段なら反発を覚えてしまいそうな、年長者のような物言いを、霧子は素直に受け入れた。
 陣内真斗が常に視界の中にいる環境。
 彼が詰まらなさそうにあくびをするたびに、学食で食事を取るたびに、授業を受けるたびに、何か話すたびに、霧子の胸は切り裂かれた。 
 常に新しい赤い血が流れていた。怨みの炎を焚き付けていた。
 心を引きちぎられるような苦しみだったが、同時に、不思議な安堵感をも自分が感じていたことを霧子は知っていた。
 それは、心の奥底、無意識に、許してしまうことを恐れていたからだろう。 
 まだ怨み続けることができる。まだ室田高市のことを忘れずにいられる。そう思っていたからだろう。

 ふっと、秋里和のことを思った。
 ……彼は分かっていたのだろうか。分かっていたから、遠く離れたままだと、いつか怨みが昇華して、許してしまうと分かっていたから、深沼アスマから離れなかったのだろうか。
 そして、目の前にいる木ノ島俊介のことを考えた。
 ……彼にも、怨みに思う相手がいるんだろうか。いたのだろうか。
 人が怨みを持ち続けるのは難しい。先ほどの彼の言葉は、やけに真に迫って聞こえた。借り物ではない、彼の言葉のように感じた。だからこそ、反発せずにすんだのだ。

 私と、秋里は似ていた。似たような思いを抱いていた。
 こんな馬鹿げた怨み言ではなく、他の部分でも似ていたところもあったのだろう。
 きっと、井上菜摘とも、堀田竜とも、他のクラスメイトたち、死んでいったクラスメイトたちとも、似たところがあったのだろう。
 みな、誰かに似ている。姿かたちは違っても、感情は似ている。誰かと重なる感情を、どこかに持っている。
 だから、人を殺すということは、罪深いのだ。
 それは、自分自身を殺すも同然だから。

 だから、プログラムは罪深いのだ。無為に人殺しを強要するから。



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鮎川霧子
真斗が前回のプログラムで殺害した少年と関係があったらしい。