OBR2 −蘇生−  


063   2004年10月01日17時00分


<鮎川霧子>


 どれくらいの時間、呆然としていただろうか。豪雨の中、誰かが近づいてくる水音がかすかに聞こえ、
霧子 ははっと身構えた。
 土砂降りをかきわけるようにして現われたのは、
木ノ島俊介 だった。
 途中まで和の血の痕を追ってき、血が雨で流れたあとは道なりに下ってきたのだろう。この炭焼き小屋までほとんど一本道だったので、偶然が味方しなくてもたどり着ける。
 懐中電灯の明かりが交差する。
 俊介は上から下までずぶ濡れで、ジーンズやパーカーが色を増し、痩せぎすの身体に張り付いていた。薄茶色だった短髪が黒っぽく見えている。
 どうやら彼だけのようだ。
 ふっと緊張感を解き、同時に、彼に気を許している自分を悟り、驚く。

 炭焼き小屋まで残り1メートルほどのところで俊介は立ち止まった。
 激しい雨に打たれる彼の顔に、泣き笑いのような表情が乗る。
「殺し……たのか?」
 一瞬、何を訊かれたのか分からず、間があいてしまった。
 彼の視線が、灰混じりの黒い泥にまみれて倒れているアスマと、両足を地面に投げ出すようにして炭窯に背もたれ首をうな垂れている和を交互する。
 質問の意図が分かったので、先に首を振って答えた。
「秋里が、深沼を。秋里は、さっきの傷がもとで……」
 これを聞いた俊介がほっとした安堵を浮かべ、ややあって、沈痛な面持ちで首を振った。
「……君が殺したんじゃなくて、よかった」
 安堵の理由を述べる。
 沈痛な面持ちは、彼らの死を悼んでのことだろう。

「陣内は?」
 まず、訊く。
「あれは……、まだ動ける状態じゃないな。身体的にも、精神的にも」
 なら、今すぐにでも止めを刺しにいかなくては。
 思うが、どういうわけか、身体が硬直して動かない。
 迷い、だろうか。これは、迷いだろうか?
 
 自問しているうちに俊介が近づいてき、アスマを抱き起こすと、和の隣に座らせた。二人並んで眠っているかのように見える。
 ふいに、涙がこぼれた。
 プログラムの呪縛から逃れていたら、生きているうちにこんな風に穏やかに並ぶこともできただろうに。
 そう思い、涙した。
 そんな霧子を、俊介は意外そうに見やり、そして、「ついに、爆発しちゃったか」と呟いた。
 俊介が秋里和と同室であったことを思い出す。半年間とはいえ、寮で寝食をともにしてきたのだ。和のアスマに対する屈折した思いに気がついていたのだろう。
 もちろん、和が打ち明け話をしていたわけではないので、具体的な知識はもっていなかった。
 霧子がおおよそを伝えると、俊介は「そんな事情が……」唖然とした。
「このプログラムがなければ、そのままだったのかな……」
 思いを口にすると、「いつかきっと、許してたんじゃないかな」硬い声色が返ってきた。
「許し……」
「いつかきっと、許してたはずだ。2年、3年。もっとかかってたかもしれないけど、許してたはずだ」
「……このプログラムがなければ」
 同じ台詞を、より強いトーンで押し出す。
「ああ。プログラムがなければ」
 プログラムは終わったあとも人を様々に縛りつけ、未来を閉ざす。
 その罪の深さを感じ、霧子は息を漏らした。

「城井は?」
 訊くと、俊介は首を振った。
 そうか、死んだのか。と息を落とす。
 城井智樹。どこか室田高市と似たところがある男だった。高市を殺し、平気な顔をしてよく似た友人を身の近くに置く真斗に腹を立てていたものだが……。
「あれはいったい……」
 二度目、操りもなしに真斗に襲い掛かった智樹のことを問う。
 俊介は軽く目を瞑ってから、彼の支給武器である指輪の能力『フォーンブース』の説明を添えて、ぼそぼそと事情を話してくれた。
 昔つきあっていた交際相手にいきなり自殺されたらしい。
「昔の彼女に……」
 明るく活発だった彼にそんな闇があったのかと驚く。
「一瞬だよ。本当に一瞬、生き返せるんじゃないかって、思っただけだったんだ。その一瞬の感情に身体を動かされてしまったんだ」
 一度口を閉じ、「ずっと。ずっと拘ってきたんだろうね。ずっと、どうして自殺する理由を教えてくれなかったんだ、どうして相談してくれなかったんだ、どうして信用してくれなかったんだって、拘ってきてたんだろうね」続けた。

 今度は、俊介の番だった。
「なぁ、そろそろ君と室田高市の間に何があったか教えてくれないか? どうして、陣内を憎んでいるんだ?」
 答えたくなかった。
 しかし、霧子は気がついていた。
 陣内真斗らにしたように、『フォーンブース』の説明に嘘を混ぜれば、一番強く思ったことが伝わるのではなく、口に出さなくても話が出来る能力なのだと嘘をついていれば、聞きだすことは出来たはずだ。
 城井智樹の心のうちは分からないと答えればよかった。
 俊介はやろうと思えば霧子の心をレイプできたのだ。
 だけど、俊介はしなかった。それは、自分に対しては裏表なくありたいと願う、俊介の誠実さの表れだろう。

 私は、陣内真斗への恨みで凝り固まっている。そんな自分を、彼は好きだと言ってくれる。誠実にあたってくれる。

 能力の説明のときに地面に置かれた鉱石の欠片をじっと見つめ、やがて、霧子は意を決した。
 欠片に手を伸ばす。
「えっ」
 俊介が戸惑った声を出した。
 『フォーンブース』の力に晒されれば、嘘はつけない。誤魔化すつもりはなくとも、心の奥底にある真意やそれぞれの時点での感情が漏れる。
 分かっていた。
 分かってはいたが、自分も誠実に答えるべきだと考えたのだ。



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鮎川霧子
真斗が前回のプログラムで殺害した少年と関係があったらしい。