<陣内真斗>
「しっかりしてっ」
遠くで、アスマが秋里和に呼びかける声が聞こえた。アスマと鮎川霧子で和
の両肩を支え、草木を掻き分けて逃げていく。彩華が和に「渡した」傷は相当に深いようだ。あの様子ではしばらくは襲ってこないだろう。
「なんかもう、何が起きてもおかしくないな」
半ば呆れ顔で彩華
が天を仰いだ。右腕から胸元、左腕と一直線に新たな傷が出来、作業服が朱に染まっていた。
真斗
の身体にもダメージは残っている。
しかし、なんとかやり過ごした。
智樹を押さえ込む俊介
と顔を見合わせほっと息をついたそのとき、「うわああっ」智樹が叫んだ。
気を緩めた俊介を払いのけ、そばに落ちていた包丁を拾い上げる。続けざまに、真斗めがけて包丁を振り下ろしてきた。胸元を袈裟懸けに切られる。身体が振動した。頬に血が撥ねかかるのを感じる。
今度はタイムラグなしに現状を認識した。
「ともきっ」
激しい苦痛とともに、智樹に彼自身の名を投げつけ、そして、彼の顔に目を釘つけた。先ほどのような惑いは一切見られなかった。目を釣りあがらせ、歯をがちがちと鳴らし、身体を震わせている。今までに見たことのない、彼の表情だった。そして、智樹の血走った赤い瞳を見た瞬間、全てを悟った。
「とも……」
今度は弱弱しい声しかでなかった。
足元が崩れそうになる。
賢しさゆえにここまで生き残ってこれた真斗だが、今回ばかりはその察しのよさを呪った。
操られていない。
智樹ははっきりと自分の意思でもって、刺してきたのだ。
「あああっ」
さらに襲い掛かってくる智樹に上段蹴りを見舞う。
智樹は泡のような唾液を吐き、膝を折った。
膝立ちの体勢になり自分を見上げてくる智樹に、ゆらり、緩慢に銃を向けた。「お願いだから……」思わず、声がこぼれた。
お願いだから、立ち上がるな!
……果たして、智樹は立ち上がった。そのまま包丁を両手で握り締め、突進してくる。
蹴られて舞い上がった土くれが見えた。智樹の瞳から零れ落ちる涙の粒が見えた。血に濡れた包丁が光を鈍く反射するのが見えた。そして、はっきりとした殺意が見えた。
どうして! どうして、こんなことに!
二人で生き残ろうと、言ったじゃないか。どちらかが死んだら、どちらかを生き返らせようと、約束したじゃないかっ。
遅れて、智樹になら殺されてもいい、と思った。嘆きを含んだ諦めを落とす。しかし、胸元に衝撃を感じると同時、真斗はほとんど無意識に引き金に力を込めていた。
<鮎川霧子>
「お願いっ、和ちゃんを支えて!」
アスマの嘆願に圧され、霧子は秋里和
の肩を脇から持った。アスマが反対側の肩を支える。和の右上腕に、破裂したような傷が出来ていた。出血も著しく、あたりに生臭い血の匂いが広がる。
竜のときと同じく、能力のコンビネーションで真斗らを襲ったのだが、なんらかの反撃を受けたらしい。
和は小柄なので、二人がかりならばそれほど負担ではなかった。
事件のときに、アスマは父親の藤鬼静馬からプログラムのことを聞いていた。静馬はプログラム中に友人に裏切られたらしい。父親の気持ちを探りたいアスマのことだ。真斗を静馬と同じ目にあわせてその反応を確かめようとしたのだろう。城井智樹を操ることに固執していたが……。
「どこか安全なところへっ」
「……わ、分かった」
駆け出してから、真斗を殺す絶好の機会であったことに気がつく。
どうしようかと振り返ると、智樹が真斗に襲い掛かるところだった。
「ええっ」
アスマが、霧子が落とした疑問符を拾った。同じく振り返り、真斗の驚愕を見つめる。
「また?」
操ったのかと訊くと、アスマは大きく首を振った。
そして、「友だちに裏切られた気持ち、聞いてみたいけど、今はそれどころじゃないや」和を抱えなおし、駆け出した。
胸がすっとした。
真斗の驚愕、嘆きの表情を見ることが出来、胸がすっとした。
一年前、霧子にとって大切な人だった室田高市がプログラムで死んだと聞いたときは、目の前が真っ暗になった。その後、金と人を使い手に入れたプログラム経過には、陣内真斗に殺されたと書かれていた。しかも、彼らは親友といってもいい親しい間柄だったのだ。
陣内真斗は、親友を裏切り、殺した。
その真斗が、普段から親しくしていた城井智樹に襲われる。
認めるのは癪だが、彼は頭がいい。城井智樹の二度の急襲の違いには気がついているだろう。だからこその、あの表情なはずだ。
……きっと。きっと、室田もあの顔をしたはずだ。
あんなにも悲しい、切ない顔をした室田を、アイツは殺したんだ。
そう、あんなにも悲しい顔をした……。
ふっと、思った。
藤鬼静馬も同じ思いをしたらしい。室田高市も。そして、今、陣内真斗も。……プログラムでは、きっと、よくあることなんだ。
生き死にがかかったプログラム。誰だって死にたくはない。
プログラムって、なんて残酷なんだろう……。
ともすれば、仕方のないことだと考えそうになる頭をぶるると振り、和を支える手に力を込める。和の甘ったるい子どもじみた汗の匂いと、むせ返るような血の匂いがした。
アスマや和には何の義理もない。彼らは一心同体だ。実質の生き残りが二人出るこのプログラムで、彼らと一緒にいるメリットはない。油断すれば、アスマに寝首をかかれる可能性も多大にある。
それに、真斗を襲うなら、今だ。恨みを晴らすならば、今だ。
駆ける足が緩み、先へ先へと急ぐアスマと平行を保てなくなる。
「鮎川さんっ」
アスマの叫びに、はっとする。そして、歩を強めた。
……そうだ、後でもいい。あの様子ならしばらくは動けない。もしかしたら、あのまま城井智樹に殺されるかもしれない。……アイツにふさわしい、親友を裏切り殺したアイツにふさわしい死に方だろう。
しかしそれは、言い訳に過ぎないことを、恨みを晴らしたいと願う気持ちに陰りと迷いが生じていることを、霧子ははっきりと自覚していた。
もう一度歩を緩め、振り返る。
だが、それだけだった。迷いを振り切るように「ああっ」声を上げ、駆け出す。そのあとを追うように銃声が一発したが、今度は振り返らなかった。
−07/17−
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