<陣内真斗>
「あのさ」
洞窟の前で見張りを続けている真斗に城井智樹
が話しかけてきた。
木ノ島俊介の姿はない。先ほど、智樹が小用に立ったついでに見張りを一時交代したのだ。
洞窟の奥では矢坂彩華が休んでいる。組まれては厄介なので、できれば俊介と彩華を二人きりにはしたくなかったのだが、自然に反対する弁を思いつかなかった。
見張りを交代したのは、何か話したかったからだろう。
「うん?」
真斗は周囲に注意を払ったまま、返事をした。
洞窟の入り口の前にあった切り株に腰掛けた体勢だ。
「もし、もしだよ。もし、真斗が先に死んで、俺が生き残ったら、俺、真斗を生き返らせるからね」
「俺も、そんな状況になったら、お前を生き返らせるよ」
迷いなく、真斗は応える。
優勝者は生き返らせる生徒を一人選ぶことができる。
このプログラムの特殊ルールだ。非現実的な話だが、プログラム開始以来、指輪の不思議にさんざん触れてきたのだ。今更そのルールに疑念はない。
「えーと、そう言うんじゃ、なくて……」
「ん?」
「気持ちを確かめる意味とかで言ったんじゃないんだ」
真斗としてもそんなつもりはなかった。クラスメイトで誰か一人を選ぶのなら、智樹しかいないからだ。前回のプログラム以降心を閉ざしていた真斗に、智樹は根気強く接してくれた。智樹のおかげで随分心が軽くなったものだ。
殺した井上菜摘を生き返らせ、詫びる。そんな考えが過ぎらなくもない。しかし、やはり真斗が選ぶのは智樹だ。
「えーと、要は……ありがとう、ってこと」
智樹の話が飛んだり要領を得ないのはいつものことなので、その本意をじっと待つ。
「真斗、俺を信用してくれただろ。プログラムが始まる直前に、落ち合おうって言ってくれただろ。……アレ、すっごく嬉しかった」
思わず見張りを解き、智樹の顔をまじまじと見つめてしまった。
緊張した面持ち。迫りくる死に震える素顔。
「俺さ、昔、大切な人に土壇場で見切られたんだ。だから、真斗が土壇場で俺のこと信用してくれて嬉しかった」
「見切られた?」
もしや智樹もプログラム経験者かと息を呑む。
そんな真斗の様子を見つめ、智樹は浅く頷いた。そして、「昔付き合ってた子がさ、いきなり死んじゃったんだ。……自殺だった」目を伏せた。
「俺には全く相談もなかった。彼女、俺に相談してくれなかった。俺のことを信用してくれなかった。……だから、真斗が落ち合おうと言ってくれて、俺のことを安全だと信用してくれて、ホントに嬉しかった」
「智樹……」
「だから、俺が生き残ったら、真斗を生き返らせるよ」智樹のいつになくはっきりとした口調。
胸が熱くなった。
いつ死んでしまうか分からない状況、そんな風に言ってくれる友人がいてくれることが有難かった。智樹のように素直に「ありがとう」を口に出すのは恥ずかしかったので、替わりに、「大変だったな」と声をかける。
これに智樹が何か返そうとした瞬間、「きゃああああっ」あたりに誰かの悲鳴が響いた。
女の声だ。とっさに、矢坂彩華かと身構えるが、声は洞窟ではなく外からした。他の女子生徒の生き残りは、鮎川霧子と鷹取千佳の二人だけだった。
霧子はおよそ悲鳴をあげるタイプではない。おそらくは鷹取千佳だろうと見当をつける。
開始早々真斗が殺した井上菜摘と親しくしていた大柄な女の子だ。クラスの女子の中心人物でもあった。
誰かに襲われたのだろうか?
だとすれば、その「襲った誰か」も付近にいることになる。悲鳴は断続的に続いていた。物陰に隠れてあたりを探ろうと切り株から立ち上がる。と、眩暈がした。
疲れてるな……と頭を振ろうとしたところ、今度はこめかみに鈍い痛みが走った。
「ん……」
身体が熱っぽく、だるさを感じる。
急激な体調の変化に戸惑っていると、横の智樹が身体をくの字に曲げ、げぇと嘔吐した。
「智樹!」
涙目の智樹が上目遣いに「なんか、気分わるい……」訴える。
さらに、背後からこんこんと咳き込みの声がした。
振り返ると、青い顔をした木ノ島俊介が洞窟の奥から現われるところだった。俊介の後ろには、つなぎの作業服を着た矢坂彩華の姿も見える。やはり顔色が悪い。
「鷹取?」
彩華も悲鳴の見当がついたのだろう、千佳の名前をあげた。
その後二人して咳き込む俊介と彩華に、「みんな揃って風邪?」と智樹が苦笑ぎみに声をかけた。
智樹の台詞にはっとする。
そうだ、これは流感の症状だ。だけど……。
「みんな揃って?」
智樹の言葉を疑問とともに復唱する。
のん気な質の智樹をおいた他の二人も怪訝な表情だ。
確かに体調を崩してもおかしくはない状況だが、四人に同じタイミングで症状が出るはずがない。
「指輪だ……」
導かれた結論を口に出すと、「まさか」と俊介が粘つく声をだし、やや遅れて「いや、それしかないか……」と頷いた。
指輪の能力だ。おそらくは、この風邪のような症状を起こす能力。
周囲を見渡す。
俊介の『フォーンブース』は会場のほぼ全域に能力が及ぶようだが、それは、通信能力のようなものだからだろう。誰かに危害を与えたり、多大な力を使わないからだろう。
しかし、いま真斗たちが受けている能力は違う。
最初の説明のとき、上江田教官は、能力には距離が関係すると言っていた。ならば、近い場所で発動させているはずだ。
そうこうしているうちに、智樹が土肌の地面に倒れこんだ。「寒い……」脂汗を滲ませ、身体をがくがくと震えさせる。智樹は元々体調が芳しくなかった。「被害」も大きいのだろう。
また智樹の手足に赤黒い発疹が見え始めていた。
真斗の頭痛も重くなってきていた。吐き気もする。自身の腕にも、智樹と同じく染みのような発疹が見える。
一瞬「ペスト」という言葉が頭を過ぎった。
「悪化……している」
このまま悪化の一途をたどれば、最終的にどうなるんだと、青ざめた。
そして、ふと思った。……条件は?
軋む身体が思考を手放そうとするのを必死に抑える。
考えろ、考えろ……。
「考えろ……」
彩華らに不審がられるのも気にせず、口に出し、己を叱咤した。
真斗の『ブレイド』、井上菜摘の『ガラスの塔』、智樹の『運び屋(トランスポーター)』、彩華の『アドレナリンドライブ』、みな接触が条件だ。『ブレイド』は血液に、他の能力は対象物に接触することで力を発揮できる。
俊介の『フォーンブース』は鉱石の欠片を媒介にする。
これら能力と同じように、いま受けている能力にも何かしらの条件があるはずだ。
空気中に触媒を混ぜる?
必ずしも目に見えるものであることはないだろう。しかし、屋外だ。空気に混ぜるのであれば、流れ、薄まってしまうのではないだろうか……。
この間にも、千佳らしき悲鳴は続いていた。
声を追い、視線を巡らせる。声は洞窟のある斜面の上方からした。
閃きが真斗に落ちた。推察を確かめるため、両手で耳をふさぐ。これで、完全にではないが、悲鳴は聞こえなくなった。
しばらくすると、直接聞いている三人と症状の進行に違いが出てきた。
悲鳴じゃなかった。誰かに襲われた悲鳴ではない。あれは、自分たちが受けていた攻撃だった。声を触媒にした攻撃だった。
掴んだ事実を智樹らに告げ、耳を押さえさせる。
……これでいくらかはマシになるだろう。だが、このままでもいられない。
真斗はハンカチを包丁で切り裂き、両耳に詰めた。そして、智樹の銃を手に取り、わきに生えていた古木を支えに立ち上がる。
依然切れ切れに続く悲鳴。悲鳴は斜面の上から聞こえている。千佳……おそらく……は、斜面の上にいる。
すでに相手の術中に落ちている。この体調では声から十分に離れた位置に移動するのは難しいだろう。追い払うにしろ、殺すにしろ、どちらにしても相手と直接対峙しなければ始まらない。
智樹ら三人は既に立ち上がる気力すら失っているようだ。
行ってくる、と言おうとして、「追い払ってくる」言い直した。智樹の前では殺人者でありたくなかった。殺しにいくのではない。追い払いに行くのだ。と暗に主張する。
大地をぎゅっと踏みしめ歩き出した真斗の足元で、智樹が新たに吐瀉した。
−08/17−
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