<陣内真斗>
午後三時となった。真斗
はかけていた黒縁眼鏡をはずし、眉間を親指と人差し指でぎゅっとつまんだ。
昨夜からの緊張と疲労に、身体が悲鳴をあげはじめている。
午前中にキャンプした洞窟からは動いていなかった。
真斗と木ノ島俊介が見張りをしているのは、洞窟の入り口付近
で、シダのような植物が上から垂れ下がっていた。洞窟の奥のほうでは、城井智樹と矢坂彩華が身体を休めているはずだ。
不意に、遠くで雷鳴が轟いた。見上げた空はまだ青いが、雲も出てきている。この分では天候が崩れそうだ。
と、後頭部のあたりがうずき始めた。チクチクと刺すような痛み。木ノ島俊介の指輪『フォーンブース』
の能力の予兆だ。
少し離れた位置に座り同じく見張りをしてた俊介を見やると、彼が軽く頷く。
直接声に出すのを憚れる内容を話したいのだろう。
真斗は、中継器になる鉱石の欠片を握り締めた。握らなくても、身に着けていれば『会話』はできるようだが、触れていたほうが通りがいい。
思ったとおり、「前のプログラムの話、聞いていい?」と頭の中で俊介
の声が響いた。
二人きりで見張りを始めてから時間がたっているが、多少の緊張感は見えるものの、俊介は落ち着いた雰囲気を崩していない。
そういえば、と思い出す。
真斗と同室の智樹と、俊介は部活仲間で、よく真斗らの部屋に来ていたものだ。
ときに寮で二人きりになることもあった。俊介は、真斗がプログラム優勝経験者であることを知っていたらしい。怖くはなかったのだろうか。
たいしたもんだと、彼の強肝ぶりに舌を巻いた。
上目に様子を伺ったが、いまも、自分に対する恐怖は見えなかった。
特にリアクションは返さなかったのだが、「どうして生き残りたいと思ったんだ?」と俊介が続けた。
「どうしてって」
小声を口に出して返す。
彩華と智樹が休んでいるのは、洞窟の奥だ。そこまでは声は届かないだろう。
「どうしてって……」
もう一度口に出す。
あのときは、家族や沙弓に会いたかったから。死にたくなかったから。だから、必死になって戦った。結局、家族も沙弓も受け入れてはくれなかったのだが。
「毎日つまらなそうにしてたじゃん。なのに、どうして?」
思いがけない厳しい指摘にはっとする。
「あ、これは、鮎川の思い、な。そこが我慢ならなかったらしいよ」
俊介が口に出して言いつくろった。
俊介の話では、鮎川霧子は、前回のプログラムで真斗が殺した室田高市と、何かしら関係があったらしい。
……付き合っていたのだろうか?
ふと考え、いや、と頭を振る。万事に開けっぴろげな性格だった高市が、恋人ができたときに自分に報告してこないわけがない。
「詰まらなさそうに……」
「ああ」
俊介の頷きに首は振れなかった。
確かに、他人から「詰まらなさそうに生きている」と思われてもしかたがない生活をしていた。
どういった関係だったかは分からないが、とにかく霧子は高市を大事に思っていた。その高市を殺した自分が活力なく生きているのを見るのは、さぞかし我慢ならなかったことだろう。
「でも、さっき、堀田と戦ったとき。陣内、死んでたまるかって言ってただろ? 必死に生きようとしていただろ?」
大丈夫だとは思うのだが、俊介は基本的には能力を使って会話したいようだ。
「生き残りたかった。死にたくなかった。これじゃ、駄目か?」
鋭く、いくらかの苛立ちをこめて答える。
「じゃ、質問を変えよう。……このプログラムに生き残ったら、まず何をしたい?」
とっさに、前回のプログラムの後入れられた官営病院でのことを思い出した。
初めて姉の亜希子が病室に訪れたとき、彼女の表情は硬く強張っていて、その緊張が伺えたものだ。また、自分への恐怖心も見えた。
それで、最初の一言をくじかれてしまった。心配をかけたことを謝っておきたかったのだが、それもできなかった。
その代わり、姉が喪服を着ていたことに目を留め、身内が死んだことを悟り、「どっちが死んだの?」と問いを投げた。
あれが悪かったのだと、真斗は考える。
きっと、姉は戸惑っていたのだ。母だって最初から完全に拒否していたわけではあるまい。
姉が見舞いにきたとき、家に帰って母と会ったとき、「心配をかけて、ごめんなさい」と言うべきだったのだ。
だけど、何も言えなかった。
プログラムなど何もなかったかのように、平気なように、装ってしまった。
そのせいで、プログラムで出来た家族との壁をさらに厚く高くしてしまったに違いない。
……きっと、沙弓とのことも、そうだったんだ。
ふっと思う。
当時付き合っていた遠藤沙弓は、一度病院に来ている。そのときはなんだか怖くて面会を断ってしまったのだが、会っておくべきだったのだ。
沙弓だって、勇気を振り絞ってやってきてくれたに違いないのに。
沙弓だって、プログラム優勝者の女として、様々な意を含んだ視線に晒され、弱りきっていたはずなのに。
結局、彼女はそれ以来見舞いには来なかったし、退院後も会いにこなかった。真斗も簡単に「もう彼女とは終わった」と諦め、会いにはいかなかった。
もちろん、自分はただ政府の意向に巻き込まれただけ、当然の生きる権利を主張しただけだ。謝るような筋合いではないのかもしれない。当時はそう考え、腫れ物のように扱う家族と、離れた沙弓に、憤りや悲しみを感じたものだ。
しかし、そこで意固地にならず、謝るべきだったのだ。自分から歩み寄るべきだったのだ。
謝ろう。
強く、思う。
……もう一度生き残ることができたら、家族に、沙弓に、謝ろう。
そうすれば、今度は受け入れてくれるのかもしれない。家族とは、もう駄目かもしれないけど、沙弓なら……。あの強い、まっすぐな沙弓なら……。
一度目を瞑ったあと、そっと顎先を上げる。網の目になった梢の先に、遠く澄んだ青い空が滲んで見えた。
<陣内亜希子>
ひとしきり泣くと、気分が落ち着いたのか、沙弓
が顔を上げた。
そして、「私、帰ります」宣言する。
「えっ」
恥じ入るように、「ごめんなさい、真斗のことを心配してるような嘘言って。お姉さんを騙しちゃって。深沼さんも、お姉さんも、ご家族のことを案じてここにいるのに、私みたいなものが同席するのは失礼なことでしょうし」続ける。恥じ入ってはいるが、甘い声にそぐわない、相変わらずのしっかりとした口調だ。
「沙弓ちゃん……」
亜希子
は言い淀む。それは違う、と言いたかった。
深沼ミライはそうなのかもしれないが、少なくとも、自分は惑っている。素直に、真斗の安否だけを気遣えていない。そう言いたかった。
だけど、それを口に出すのは、あまりにも真斗に酷なことだった。
引き止めることは出来なかった。
ただ、一縷の望みをかけ、「もし……。もし、真斗がまた帰って来たら」口を切る。
身支度を終え、教務室の戸を開けようとしてた沙弓がびくりと肩を上げ、立ち止まる。
「もし、また帰って来たら、会ってやってくれる?」
亜希子の願いに沙弓は一拍ほど迷い、そして、首を振って答えた。
−08/17−
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