<鮎川霧子>
「長々とごめんね。戻ろうか」
和が言った。
確かに長い話になったので、相応の時間がたっている。さぞかしアスマがやきもきしていることだろう。
先を進む小さな背を追い駐輪場にでる。
と、和がびくりと体を強張らせて。そして、「アスマっ」と小さく叫ぶ。
一体何が、と視線を向けた霧子は、うめきを喉に詰まらせた。
ベンチに寝かしていたはずの仲谷優一郎が地べたに倒れており、横でアスマ
が呆然としている。
優一郎はすでに魂のこもっていない一個の物体になっていた。青黒く腫れ上がった顔面、充血した大きく開かれた両の眼。
顔を上げたアスマが「和ちゃん……」と頭を振る。
「わあああっ」
和が、もう一人の友人の亡骸に駆け寄り、抱き起こした。
「ダメだって言ったじゃないか! 仲谷は僕の大切な友達だって!」
いびつに抑揚した悲鳴を和が漏らす。
絞殺だ。霧子は事態を把握した。
殺したのはアスマだろう。
「だって!」
両手で耳をふさぎ、アスマが乱れた声をあげた。瞳に涙が浮かんでいる。
「だって、怖かったっ。仲谷が起き上がってきたんだ! ……僕、仲谷を殴ってるから、仕返しされるんじゃないかって、怖かったんだ……」
次第に声量が落ち、アスマが力なく座り込んだ。
弱りきっている。
そして、「ごめん、和ちゃん……」優一郎の亡骸を地面に寝かせた和の肩に手を伸ばした。これを和がいったんは払いのけ、ややあって、首を振った。
「いや、僕も悪かった。今のアスマがどんなか分かってるのに……。予期しないといけなかったんだ」
座り込み、子どものように泣き始めたアスマの肩を和が抱いた。
再度、驚いていた。普段の教室では、和がアスマの付属品に見えていた。その実、これほどまでにアスマが和に寄り掛かっているとは想像だにしていなかった。
二人の関係は、まるで親鳥と雛鳥のようだった。
一方的な依存。
和とて肉体的にも精神的にも万全には程遠いはずだ。この小さな身体で、アスマという難しい存在を背負い続けてきたのか……。
アスマが和を掴んで離さないので、霧子が仲谷優一郎の亡骸を整えてやった。
かっと見開かれた目を閉じさせた後、手を胸の前で合わせさせる。そして、脱がせてあった彼の制服の上着を上半身にかけてやった。
恐怖に駆られ、アスマが仲谷優一郎を殺した。彼の精神状態からすれば、決して起こりえないことではない。しかし……。
やがて、うつむき加減のアスマが浮かべたある表情を捉え、霧子の疑念が裏付けられた。
むせび泣きながらも、そっと微笑んだように見えたのだ。
アスマが顔を上げた。身体を震わせているため、視線が揺れる。少しの間、霧子は彼と見詰め合った。
どこかでちちちと小鳥が鳴き、気を取られた。
視線を戻すと、アスマの表情に余裕が戻っていた。相変わらず身体は震わせているが、目が合った霧子には演技だとひと目で分かる。
霧子には隠すつもりもないのだろう、アスマがにっと八重歯を覗かせて笑った。
目が糸のように細くなり、目じりが下がる。そして、「静かに。黙ってて」とでも言いたいのか、立てた人差し指を口元にあてた。
とても、今の今まで泣き崩れていた男には見えない。
その変化に禍々しいものを感じ、戦慄した。鼓動が急速に早まり、血液が送り出されるポンプの音が身体に満ちる。握り締めた手のひらに汗が滲み、喉の渇きを覚えた。
和に「騙されるな」と言ってやりたいが、アスマに呑まれ、言葉が出ない。
事情を聞いて抱いた親近感や同情心は吹き飛んでいた。
歪んだ独占欲。アスマは、あくまでも和を自身に縛りつけようとしている。優一郎を殺したのも、その一連の行動なのではないだろうか。
もちろん、恐怖心もあったのだろうが……。
「大丈夫だから、大丈夫だから」和がアスマに声をかけ続ける。その声が、あたりに虚しく響いた。
−仲谷優一郎死亡 08/17−
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