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OBR2 −蘇生−  


049  2004年10月01日13時00分


<鮎川霧子>


「あの藤鬼静馬が……本当に?」
 聞き終えた霧子が掠れた声で問うと、秋里和 はその小柄な身体からふっと力を抜き、ゆるやかに頷いた。悪くしているという右足が動き、枯葉がかさりと音を立てる。
 事件当時の霧子はまだ子どもで、世間に関心もなかったため、リアルタイムでの記憶はない。しかし、事件が事件のため、藤鬼静馬に関する知識は後々に得ていた。
 まさか、深沼アスマ があの神崎の殺人鬼こと藤鬼静馬の息子で、そして、被害者の一人だったとは思っても見なかった。
 ちらりと後方を振り向き、アスマを見ようとしたが、藪の中に入って話していたため、重なる葉が邪魔で姿を確認できなかった。

「アスマの両親は元々は土地の人間じゃないんだ。僕やアスマが生まれる前のことだから、詳しくは知らないんだけど、神崎にアトリエ付きの家を建てて移り住んできたらしいよ。田舎の人間は排他的だから、最初は馴染めなかったみたいなんだけど、夫婦そろって寄り合いだとか共同作業に積極的に出て、だんだん周囲に溶け込んだみたい」
 和の顔色は青ざめていた。
 右足のほか、心臓かどこかを悪くしていて、身体が弱いはずだ。続く緊張や疲労に、体力を削がれていっているのだろう。
「だから、藤鬼のおじさんがあんなことをするだなんて……。本当に驚いたし、怖かった」
 高校生にしては子どものように細い華奢な手足を震わせる。
「僕とアスマは小さい頃からの友達で、お互いの家に行き来してたから、僕はおじさんとも親しかったんだ。おじさんは、気さくな人でさ、僕に絵を教えてくれたりもした。アスマはあまり絵に関心がなかったから、僕が絵を描くことが好きだって言ったら、おじさん、喜んでたなぁ」
「絵を……」
 残酷な殺人鬼としてしか認識していなかった藤鬼静馬の意外な一面だった。
「アスマには少し年の離れたお兄さんもいて、この人も楽しい人だったから、僕、アスマの家に行くの、好きだった」

「でも……」
 でも、何人もの人を殺したんでしょう? 息子のアスマを傷つけたんでしょう?
「うん……」和は首を縦にゆっくりと振り、「……怖かった」と呟いた。
 怖かった?
 和の言葉を心の中で復唱する。
「凄く怖かった。……連れて行かれたのはアトリエだった。何度か行ったことがあったけど、まさかその下にあんな広い地下室があっただなんて、知らなかった。地下室は腐った血と肉の匂いがしたよ。壁に赤黒い染みがついてて、裸電球がちらちらと揺れてた。……今でも夢に見るんだ。友達、先生の叫び声。誰かが、助けてと、言う。血。血の匂い。腐っていく人肉。削がれた皮の下の赤い筋肉、白い骨……。壁には死人を描いた不気味な絵がいくつも飾ってあった」
 まさか、と息を呑む。
 和とアスマは幼馴染で同学年だ。通う塾もきっと同じだったに違いない。
 それでは……。

「僕は、鎖につながれて、大きな水槽に入れられた。見つかるまでのほとんどの時間、ずっと冷たい水に漬けられていてたんだ。水は半ば腐ってて、ぬめって気持ち悪かった。僕が水から出してって、おじさんに言ったら、おじさんは困ったような顔して、そして、切った友達の首を水に漬けたんだ」
 がくがくと大きく震え始めた身体を、和が自分の両手で抱きかかえる。
 顔を軽く伏せ、上目遣いをするが、目の焦点があっていない。
「……首は水に浮いたよ。暗い照明の中、片眼を抜かれた友達の頭がぷかぷかと漂うんだ。ときおり、僕の身体にその首が触れて、僕は悲鳴をあげる。……その様子をおじさんは嬉しそうに見、絵に描くんだ」
 ただ、呆然と和の声を聞く。

 霧子の身体も震えた。
 相当に残虐なことがあったことは、記事で知っていたが、まさかここまでのものとは思ってもみなかった。  
 彼らの受けた心の傷を思い、息が詰まった。
「はぁっ、ああっ」
 和が中腰の体勢になり、左胸を右手で抑え、荒い空息を吐く。話を続けようとしているのだが、これ以上は言葉にもできないようだ。
 これはいけないと、「秋里っ」鋭く、彼の名を呼んだ。
 はっと我に返った和が、懐から透明な小箱を取り出した。中に錠剤が見える。和は錠剤を取り出し、ごくりと飲み込んだ。
 和は心臓を悪くしているという話だ。発作止めか何かなのだろう。
 しばらくすると容態も落ち着き、「……あ、ありがとう」和が唇の端をゆがめ、震え混じりの笑みを浮かべた。

「和ちゃん!」
 藪の向こうから、アスマの声がした。葉と葉の間から、茶色地のブレザーが見える。
「だ、大丈夫だから! 戻っててっ」
 和が言うと、「……分かった」不服そうなアスマの声が返って来た。
 アスマが戻るのを確認し、和が続ける。
「僕とアスマは肉体的にはそれほどされなかった。それでも、そのときの怪我が元で、こうして、足を悪くしちゃったけど」
 事故が原因と聞いていたが、そんな事情で障害を持ったのか、と霧子はうめいた。
「心臓は、たぶん、元から悪かった。事件のときに身体に負担かけたから、酷くしちゃったけどね。なんだか、成長も鈍っちゃってさ。こんな子どもみたいな身体のまま……」
 言いかけた言葉を切り、「僕もアスマも半年ぐらいかな、怪我や心理的ショックで身動き取れなくて、結局一年休学した。だから、僕たちは、ほんとはストレートにあがってきた子らより一学年上なんだよ」和は次の話をした。

 和は、一度天を仰ぎ、深呼吸をした。
「おじさんには、プログラムの経験があった。きっと、プログラムがなければ、優しいおじさんばっかりだったんだ。あんなおそろしいおじさんが混じることはなかったんだ……」
 話が全て本当ならば、口に出すことすらできないほど憎ましいはずなのに、不思議に、和は藤鬼静馬を罵らなかった。
 むしろ、同情しているようにも聞こえる。
 事件まで、和は藤鬼によくしてもらっていたらしい。そのことが、和の藤鬼静馬に対する心証に影響を及ぼしているのだろう。
 だけど、こんなにも酷いことをされているのに……。

「僕がこの話をするとね、みんな不思議そうな顔をするんだ。そんなの言い訳でしょう? って」
 それは霧子も思ったことだ。
 プログラム優勝者がみな藤鬼のようになったわけではない。
 生き延びたことを喜ぶ一方で、クラスメイトを殺したことに苦しんでいる者たちがほとんどだろう。
 しかし、霧子はひゅっと息を呑み、この思考は危険だと押さえ込んだ。
 ……こんなことを考えていたら、陣内真斗に同情してしまう。


   
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鮎川霧子
前回のプログラムで真斗が殺した少年と関係があった様子。