<陣内亜希子>
あの事件の報道を見たとき、それまでのイメージも手伝って、プログラム優勝者は皆異常であるという認識を持ったものだ。
政府がどうプログラム優勝を持ち上げようと、やはり、クラスメイトを踏み台に生き残るような人はまともではない、そう思った。
しかし、昨年、真斗という弟を持つ亜希子
は知っている。
プログラム優勝者も当たり前の人間なのだ、と。
一年前、プログラムに優勝して帰って来た真斗。
戦いで受けた傷が深く、対面は官営病院になった。
父親は開催に反対して粛清の名の元、殺されていた。その葬儀を終えた足のことで、母親の牧子の精神状態が不安定だったため、亜希子が先に会った。
あのときのことを亜希子はまだ鮮明に覚えている。
病室の扉を開けた瞬間、血の匂いがした。白い壁、白いシーツ。その中にぱっと赤い血が飛び散ったように見えた。
もちろんそれは、幻覚だった。
血など飛び散っていなかったし、病室は消毒薬の匂いしかしなかった。
真斗はベッドでまどろんでいたようだったが、亜希子が入ってくるとばっと起き上がった。凝視してくる瞳。真斗はいつもは眼鏡をかけているのだが、そのときはかけていなかったため、レンズを越さない素の視線だった。
瞳が潤んで見え、口元がふるふると小刻みに震えていた。
そして、唇が開かれ、何かを言おうとして、また閉じた。
起き上がった上半身は裸で、包帯に覆われており、額にも大きなガーゼが当ててあった。心身ともに傷ついた弟が痛ましく、直視できなかったものだ。
そう言えば、と亜希子は思う。あのとき真斗は何を言おうとしたのだろう?
ややあってから真斗の口から言葉は漏れたが、あれはおそらく最初に言おうとした言葉ではなかったはずだ。
「どっちが死んだの?」
言葉に詰まった。
そして、己の迂闊さを呪った。
あのとき亜希子は葬儀から直接病院に向かったため、黒いスーツ、喪服だった。
真斗は万時に頭がよく、察しのいい弟だった。
プログラム開催に反対した家族がときどき銃刑になっていることも知識としてもっていたに違いない。
「……父さん?」
続く問い。
嘘をついてもすぐにばれることは分かっていた。
いつかは告げなければいけない。問題は、どのように伝えるかだった。病室の入り口に立ち尽くし、必死に考えたが、結局亜希子はただ頷くしかなかった。
「そ、か……」
真斗が目を伏せ、肩を震わせた。
きっと、真斗は自分自身を攻めていたのだろう。自分のせいで、父親が死んだ。そんな風に考えてしまっていたのだろう。
否定は出来なかった。
理屈では真斗のせいではないと分かっていても、否定できなかった。
あの頃はまだプログラム優勝者の家族が直面する現実は降りかかっておらず、真斗の身体や精神が純粋に心配だったが、それでも否定できなかった。
「母さんも? ……まさか」
青ざめる真斗に、「お母さんは大丈夫。葬儀の後片付けで手が離せないから……」と嘘をついた。
後処理は実際にあったが、交代で真斗を見舞うくらいの時間はあった。
単純に、母の牧子が病院に行きたがらなかったのだ。
母親の心境を察することが出来たのだろう、真斗は鎮痛な表情を見せた。
そう、あのとき真斗は辛い表情を見せていた。
置かれた現実に震え、苦しんでいた。そんな人間が異常者であるはずがない。
*
「ごめんなさいね」
三田村
の言葉に、思索からはっと我に返った。
「この子の悪い癖なの。わざとお父様が優勝者であることを話して、反応を見て、相手を量
るのよ。悪趣味だし、立場がまずくなることもあるんだからやめなさいって言ってるんだけど……」
「相手を……」
「まぁ、いい意味でも悪い意味でも関心を持った相手にだけみたいですけどね」
三田村が診察椅子から立ち上がり、ミライ
をちらりと見る。
ミライは肩をすくめた。
「気に入った相手には受け入れてくれるか確かめるたい……。気に入らない相手には悪い反応を期待して、期待通りの反応が返ってきてもっと嫌いになりたい」一拍置いて、「ほんと、ややっこしい性格」と笑った。
「はぁ……」
「もちろん、あなたは気に入られたほう、よ」
「ちょっ、先生」
余計なことを言わないで、と呟き、口を尖らせる。
たしかに、20を越えてるわりに子どもっぽい。
ただ、彼なりに真面目に相手を量っているんだろうな、と思った。父親のことを話すとき、最初は挑発的な態度だった。それは余裕のなさのあらわれだったのだろう。
「それに、今までに事件の話なんてしたことなかったんですよ。でも、数家が僕の旧姓を口に出すから……」
苦笑いをし、話を続けた。
「最初事件がおきたとき、当然、アスマは行方不明の子どもたちの一人だったんです。その実アトリエで虐待してたくせに、父は他の親御さんと同じように心配して見せたようですよ。特に不信がられなかったみたいですから、たいした演技力です」
口調が次第に他人事のようになってきている。
何度目だろう、亜希子の思考がまた読まれ、「他人事のようでしょう」とミライがすとんとベッドに腰掛けた。
亜希子は立ち上がっていたので、ミライが下から見上げる形になった。
「当時、家を出ていたせいか、元々僕がそういう性質なのか、なんだか現実味を感じられなくて。僕はアスマのように被害にあってないんで、藤鬼静馬については、物静かな人だったなぁって程度の記憶しかないんですよ」
フルネームを呼び捨て、「まぁ、それも、周りの目を欺く演技だったのかもしれませんが」口を閉じた。
「弟さんは……大丈夫だったんですか?」
「痛めつけられて、ひどく衰弱していたらしいですけど、今はもう元気ですよ」
「お母さまは?」
「賠償金や何やらで家屋敷は売り払ったので、今は東京に出てきて僕と一緒に暮らしてます。……まぁ、あんな事件を起こして土地に居座ることなんてできませんけど。弟のアスマも一緒だったんですけど、この春からこちらでお世話になっているので……」
よく、ぶどうヶ丘高校に進学したな、と思った。
事件のことを思い出してしまわないのだろうか。
「弟は、もともとちょっと変わったところがありましてね。事件直後は流石に怯えてましたけど、時間がたつと平気な顔をするようになりましたね」
「アスマくんは、ミライくんの小型だと思えばいいですよ。キャラクターそっくり」
三田村が口を挟み、笑った。
「僕はあんな変わり者じゃないですよ」眉をわざとらしくよせ、「事件のことや、心境なんかは一切語ってくれないんで、推察するしかないんですが、この学校に来たのは、弟なりに解決したいからだろうなと思ってます」
本当によく心を読んでくる。
自分はそんなに顔に出やすいんだろうかと、亜希子は両手で頬を触った。
「ほら、この学校、優勝者が集まるでしょ。彼彼女らと触れ合って、父のことを探りたいんじゃないのかな」
「探る……」
「父と同じ経験を味わった人たちを見て、どうして父があんなことをしたのか、どうして自分にひどいことをしたのか、知りたいんだと思います」
「だけど……」
「ええ、優勝者がみな異常者なわけではないですからね。父個人の問題です」
長く話して疲れたのか、ふっと息をつく。
「ただまぁ、似たような性質の人間も中にはいるでしょうし、プログラムが父に影響を及ぼしたということもあるでしょうしね、意味のないことだとは思いません」
最後は独り言のように「趣味のいい話ではないですけどね。本当なら、父のことなんて忘れて生きたほうがいいに決まってるんですから」言って肩をすくめた。
だけど、家族から逃げることなんてできない。忘れることなんてできない。それは、真斗という弟を持った亜希子がよく知っていることだった。
遅れて、くすりと笑う。
三田村がミライとアスマの兄弟が似ていると言っていたが、たしかにそうだと思った。
言わなくていいのに父親のことを話す、わざわざ父親のことを思い出すような学校に進学する。あえて自分を辛い環境に置くところがそっくりだ。
ミライにはその状況を半ば楽しんでいる雰囲気が見て取れる。おそらく、三田村がそっくりだというアスマもそうなのだろう。
遅れて、浮かんでいた笑みが消える。
既に成人しているミライはともかく、まだまだ未成熟な15,6歳のアスマは大丈夫なのだろうか。無茶が心のゆがみに繋がらないのだろうか……。
そして、真斗も同じことだと思った。
フォローの整っているぶどうヶ丘高校に進学することはよいことだと送り出したのだが……顔を皆で済むようになるという思いもあったが……かえってプログラムのことを思い出し、苦しめることになっていないだろうか。
「さて」
と、ミライがひざを叩いた。
「今度は、あなたのことを話してくださいな。弟さんのことも知りたいですよ、僕は」
「え……」
戸惑っていると、「これがお付き合いの第一歩です」とミライが臆面もなく言い切り、目を細め、にっと笑った。
−09/17−
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