OBR2 −蘇生−  


047  ぶどうヶ丘高校  2004年10月01日12時00分


<陣内亜希子>


 7,8年前になるだろうか、世間を騒がせた殺人事件があった。

 夏休み、長野県長野市に居を構えていたとある学習塾が、屋外講義を行った。
 会場となったのは、神崎リゾートという近隣にあるリゾート地の一角、キャンプ場だった。
 引率者は講師2名で、参加者は小学校4年生の子どもたち男女7名。
 屋外講義といっても実際はキャンプのようなもので、バーベキューや水遊びがメイン。川原にテントを張り、一泊予定だった。二日目の夕方には下山するはずだったのだが、翌日、時刻になっても誰も帰って来なかった。
 日が暮れてから、これはおかしいと父兄と塾側が警察に連絡し、事件が発覚した。
 警官が現地に向かい、そしてバーベキューの用意や荷物が散乱する川原で、血を流して倒れている講師の亡骸を発見した。
 倒れていたのは、この企画を取り仕切っていた40代の講師で、腕をロープで縛られた上、喉元を何か刃物で斬られ、既に絶命していた。
 もう一人の大学生の男性アルバイト講師と子どもたちの姿はなかった。
 程なく、近くの森で、同じように腕をロープで縛られた女の子の亡骸が見つかった。やはり喉元を刃物で斬られていた。
 
 女の子が川原から山へ向かう途中にある森で発見されたこともあって、犯人は山に子どもらを連れて逃げ込んだと判断され、夜通し山狩りが行われたが、新たな発見はなかった。
 その間、捜査は進められ、検死の結果、講師と女の子は初日の昼ごろには死亡していたと判明。
 また、二人を縛っていたロープから大学生講師の指紋が検出された。
 指紋検出により、大学生講師が第一容疑者となり、翌日からは山狩りと同時に、彼の生活範囲も捜索されたが、子どもたちを見つけることはできなかった。

 種を明かせば、女の子の亡骸の配置も大学生の指紋も、犯人が捜査かく乱のために用意した罠であったことが後に分かっている。
 ロープの指紋は、犯人が子どもを盾に大学生講師を脅し、二人を縛らせてつけたものだったし、女の子の亡骸は近くの山へ逃げたと思わせる誘導策だった。
 結局、犯人が捕まったのは、4日後のこと。
 犯人は、子どもたちと同じ町に住む画家 だった。仕事の収入のほかに親の遺産もあり、悠々自適の生活をしている30半ばの男だった。
 男は用意した車に、ロープで身体の自由を奪った大学生講師と子どもたちを乗せ、彼の家の敷地内にあるアトリエ へと移動させていた。
 車の窓には暗幕を張って目隠しをしていたため、移動中見咎められることはなかったようだ。
 車からアトリエへ移動する際に子どもたちが泣き叫んだのかもしれないが、片田舎の町のこと、家々は離れており、声を聞いた者はなかった。

 アトリエには、彼が秘密裏につくった地下室があり、そして、そこで凶行が繰り返された。
 大学生と子どもたちをなぶるだけ嬲り、一人ずつ殺害したのだ。

 タイヤ痕や目撃証言等の積み重ねにより、特定され、捕まったのだが、それまでに大学生講師と子ども三人が犠牲になった。 
 生き残った子ども三人も虐待の被害にあい、衰弱しきっていた。
 これだけでも大きな事件なのだが、この事件にはさらに一つ、人目を引く要因があった。
 それは、犯人として捕まった画家がプログラム優勝経験者であったことだ。
 もちろん政府はメディア統制を敷き、これを隠したのが、結局人の口に戸はたてられず、知れ渡ってしまった。
 伝わってきた噂では、プログラムで彼に殺されたクラスメイトたちはみな無残な姿を晒したということだ。
 また、嘘か真か、プログラム中はクラスメイトたちの亡骸を、この事件では子どもたちや大学生の亡骸を、スケッチしたらしい。

 その後の調べで、画家の家の敷地から何体もの古い人骨が発見された。ナンパを装ったり、ハイカーを襲ったりして、被害者を屋敷に運び、やはり痛めつけた上で殺害したようだった。
 彼は快楽殺人者であり、そして高い知性を持っていた。
 慎重に事を運んだせいもあったが、運もあったのだろう、長く発覚することなく、殺戮を繰り返すことができていた。
 しかし、この事件に関しては、長期にわたる隠蔽は最初から考えていない節があるらしい。
 捕縛されてから数ヵ月後、彼は獄中で死んでいる。
 元々病に冒されており、余命何ヶ月だったそうだ。
 彼は、死ぬ直前、なぜこのような事件を起こしたのかと聞かれ、「最後だったから」と語ったそうだ。
 
 この犯人の名前が、藤鬼静馬ふじおに・しずまだった。彼の住まいが神埼町 という名であったため、事件当時は『神崎の殺人鬼』という通り名がメディアで連呼されたものだ。
 


「よくご存知ですね。最初は藤鬼の名前も報道規制されたんですけどね、事件が事件だけに知れ渡ってしまいました」
 知ってる範囲を話した亜希子に、深沼ミライが重く頷いた。
 彼は父親がプログラム優勝者だと言っていた。
 と言うことは……。ごくりと唾液を喉に落としていると、深沼が妙に挑みかかるような口調で、「そうです。藤鬼静馬は僕の父親です」と言った。
 7,8年前であれば、ミライは高校生だ。
「事件当時、僕はこの学校に在学中で寮にいました。『鬼』なんか入っちゃってて、いかにもというか、インパクトのある姓でしょう? すぐに犯人の関係者であることがばれて、居心地の悪い思いを味わったもんです」
「だから姓を?」
「ええ。すでに知れてましたから、学校生活に関しては意味のない変名でしたけど」

 藤鬼静馬は二児の父親だったというわけか。
 事件が事件だったせいか、また政府の規制が効果を示したのか、藤鬼静馬の家族についてはほとんど報道されていなかった。
 亜希子は彼が独身者だとばかり思っていたのだが、その実家庭を持っていたらしい。
 では、彼の妻、ミライの母親はどういう人物だったのだろう?
 事件当時、ミライは寮に入っていて家を出ていたようだが、他の家族は?
 藤鬼静馬は、家族にとってどのような存在だったのだろう?
 彼は、家族にプログラム優勝者であるこをと明かしていたのだろうか?
 彼のそれまでの異常行動に、家族は気がつかなかったのだろうか?
 次々と疑問が浮かんだ。

 また、思考を読まれた。
「疑問は、父が家族にプログラム優勝者であることを明かしていたのか、うちの母はどんな人だったのか、家族は気がついていたのか、などなどですかね」
 ミライがぎらぎらと目を光らせながら、余裕のない笑みを見せる。口元がひきつっていた。
「母は父がプログラム優勝者であると知った上で結婚していました。僕は、中学2年生のときに明かされました。それで、この学校に進学したんです。弟のアスマは知らなかったはずです」
 ふっとミライは視線を下げ、次の言葉をつないだ。
「父があんなことをやっていただなんて、兄弟は知りませんでした。物静かな人でしたから。母は、薄々気がついていたのかもしれませんが、事件後、口を貝にして父のことは語ってくれないんですよ」
 一旦は下げた視線を上げ、亜希子を睨みつける。
 その視線の強さに、戸惑った。
「当時母は身体を壊して入院してたんです。母の目があれば、あんな無茶なことはしなかったのかも……。まぁ、母がいる間から罪は重ねていたようですから、結局は同じことだったのかもしれませんが」
「では、事件当時は、お父さんと弟さんの二人暮しだったんですか?」
 今高校生なら、ミライの弟のアスマは当時、小学生3,4年生というところか。
 アトリエと母屋の位置関係は分からないが、極端に離れていたということもあるまい。藤鬼はアトリエから程近い母屋に息子がいるのに凶行を繰り返したということだろう。
 底知れぬ狂気を感じ、亜希子はぶるると胴震いをした。

 と、気にかかった。
 小学校3,4年? ……事件に巻き込まれた小学生もそれくらいだった。
「いえ、家には父だけでした。……なんせ、弟は……」
 ここで、「ミライくん!」三田村 の鋭い声が飛んできた。
「そこまで話さなくても……」
 青ざめた顔で三田村が言う。
 これを制し、ミライが挑みかかるような口調で、「なんせ、弟は、事件当時、アトリエにいましたから」告げた。
 驚きの声も上げられなかった。
 どういうことだと、唖然としていると、「子どもが三人生き残ったとされているでしょう。そのうちの一人が、アスマだったんですよ。つまり、父が最後に襲ったのは、わが子とその友達たちだったというわけです」ミライが大きく手を広げて肩をすくめた。
「アスマも、随分痛めつけられていたらしいです。信じられない話ですよね。わが子を、ですよ?」
 なんだか他人事のような語り口だった。


   
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陣内亜希子
真斗の姉。真斗のプログラム優勝により、婚約者から婚約破棄を言い渡された経験を持つ。
遠藤沙弓
真斗の元交際相手。亜希子を誘い、ぶどうヶ丘高校にやってきた。
深沼ミライ
深沼アスマの兄。ぶどうヶ丘高校の卒業生とのこと。