<矢坂彩華>
正午前、雨が上がり、空には切れ間が見え始めいている。
日差しは強く、雨で湿気がたまったこともあり、蒸していた。
途中で工場に忍び込み失敬した男物の作業服に身を包み、切り株に腰掛け見張りをしている矢坂彩華の後方には、洞穴
への入り口が見える。
草木の生えた斜面にぽっかりと口をあけた洞窟で、入り口にはシダのような植物が垂れ下がっていた。
洞内は岩肌で、幅・高さは場所によって変わるが、だいたい2メートル。
奥行きは、20メートルほど進むと極端に天井が低くなり、這って進むことすらできなくなるので、実質そこで行き止まりとなっていた。
休息を取るには絶好の場所で、彩華らは禁止エリアになるまではここに居座ることにしていた。
エリアとしてはAの3。今のところは禁止エリアはなっていない。
陣内真斗の案で、二人一組で見張りと休息を交代している。
組も真斗が決めた。
真斗と木ノ島俊介、彩華と城井智樹の二組で、今は彩華と智樹が見張りターンだった。ただし、智樹の困憊が残っているので、真斗が智樹の代わりに半分見張り役を持つことになっていた。
注意深くあたりを見渡しながら、栗色の長い髪を手櫛で整える。
客にいつも褒められる自慢の髪だ。豊かな胸もくびれた腰も締まったお尻も自慢だったが、髪を褒められるのは好きだった。
現在の彩華は、高校生と水商売の女の二足のわらじを履いている。
水商売といっても、酔客の相手をする程度。
中学卒業後、ぶどうヶ丘高校に入る前、風俗店を転々としてた頃は、あからさまに身体を売っていたので、その頃に比べれば健全なものだ。
ろくな家庭環境ではなかったので、中学卒業と同時に家を飛び出し、街に出た。手っ取り早く稼ぎたかったので身体を売った。
そんな生活をしていたのに、20歳にもなって高校に入ったのは、その頃同棲していた男が原因だった。
その男は、ぶどうヶ丘高校の卒業生だった。
男から、プログラム優勝者を積極的に受け入れているという特殊性を差し引いても魅力のある自由な校風や学園生活の話を聞き、興味を持ち、入学を決めた。
学費と生活費はその頃ためた金で十分賄えたが、遊び歩く生活を続けるには心もとなかったし、今更時給何百円で働く気にもなれなかったので、水商売は続けることにした。
10代だった去年までは年齢的に問題があったが、今はもう成人している。
職業に貴賎なし。
ぶどうヶ丘高校はアルバイトを禁止していなし、立派に胸をはれる。
まぁ、この子のお友達の陣内あたりは眉をひそめそうだけど。
あの根暗な潔癖症男が、と心の中で舌を出し、ちらりと別の切り株に座っている智樹
を見やる。
時間がたち、大分ましにはなってきているようだが、智樹の顔色は未だ悪く、額には脂汗が滲んでいる。
彼は、ひょろりとした体型ながら、元々は運動部を掛け持ちするスポーツマンだ。性格も、あの真斗の友人とは思えないほど、朗らかで明るい男だった。
四人の中では一番体力があり、元気なはずなのだが、それだけ無茶な能力使用は身体を痛めつけるのだろう。
彩華が押し付けた和野美月との戦闘から来る疲労なので、智樹の体調不良には彩華自身がおおいに関係しているのだが、彩華は押し付けられるほうが悪いと考える。
と、切り株の上であぐらをかいていた智樹が唐突に口を開いた。
「あのさ、彩華って和野と待ち合わせしてたんだよね?」
「彩華ぁ?」
いきなり下の名前で呼ばれたことに、まず反応する。
「うん、彩華。俺たち仲間になったんでしょ。じゃぁ、下の名前オッケーじゃん。彩華。親しみの現われ。コレ、基本」
色々と言い返したいところもあったが、とりあえず置いておく。
まぁ、彩華はこのグループで明らかに外様なので、彼のキャラクターはありがたくはある。
「そ、プログラムの説明のときに待ち合わせ場所決めたの。あんたたちもそうしたんでしょ?」
遠まわしに、美月を押し付けたことを非難してるのか? とも思ったので、「私、謝らないよ」と付け足した。
これに、智樹は一瞬きょとんとして見せ、
「ああ、それは、もう、ナシ。むかつくし、和野を殺しちゃったことは、すっごく怖いけど、でも、向こうから襲ってきたんだし、これ、プログラムだし、仕方ないし。……仕方ないと思って、割り切ることにした」
この子どもっぽくまとまらない口調が智樹の話し方らしい。
内心は智樹の話し方に苛々していたが、彩華はそんなことはおくびにも出さず、「そう言われると、申し訳ない気持ちになるな。やっぱ、謝っとく。狂って襲ってきた美月を押し付けてごめんね」と返しておく。
これも、世渡り術だ。
「うん、真斗が待ち合わせしようと言ってくれたんだ」
嬉しさを滲ませながら、智樹は一つ前に話題に戻る。
「彩華たちはどっちが待ち合わせしようって言ったの?」
「私。それが?」
「……それは、和野を信用して? 和野なら大丈夫だと思った?」
言ってから、結局和野に襲われた彩華に訊くには酷だと思ったのか、「ごめん、嫌な質問だね」とうつむいた。
「信用というか、打算だね。私が普段一番親しくしていたのは美月だったし、あんま学校に来なかった美月は私以外とは親しくしていなかったから、彼女も私を選ぶだろうと計算した」
「うん」
「美月自体はあんま信用してなかったけどね。このプログラムで生き残れるのは実質二人だから、二人組でいたほうがいい。美月もそう考えるもんだと思ってたんだけど……」
しかし、待ち合わせ場所についた彩華に、彼女は半ば狂ったような表情で襲ってきた。
「怖くて、頭どうかしたんだろうな」
彩華の弁に、智樹は軽く頭を振り、
「……彼女、死に間際に、ちゃんと意思を持った口調で、トランスポーターで瞬間移動されたことを驚いて言ったみせたんだ。狂ったようにみせてたけど、狂ってなかった。でも、混乱はしてたんだろうね」
それは初耳だった。
そうか、美月は狂っていなかったのか。
しかし、今となってはどうでもいい話だ。
−09/17−
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