OBR2 −蘇生−  


041  ぶどうヶ丘高校  2004年10月01日11時00分


<陣内亜希子>


 保健室
は校舎の一階にあった。
 亜希子 は間仕切りに囲まれたベッドの一つを借り、休ませてもらっていた。仕切りの一部を開けてもらっているので、窓から中庭を見ることができる。中庭には、動物の形に刈り込まれた植え込みや、鯉の泳ぐ小さな池があり、陽の光に艶やかに輝いていた。
 視線を保健室に戻す。
 割合に広く、白を基調とした開放的な雰囲気。消毒液の香りがした。
 ベッドから起き上がる音に気がついたのだろう、パタパタとスリッパの音がして、仕切りの向こうから白衣を着た中年女性が顔を出した。
「もっと休まれてていいんですよ」
 そのふっくらとした体つきに合った、おっとりとした声。
 年齢は、亜希子の母よりも少し若いくらいだろう。
 自己紹介はすでに終わっていた。三田村香苗 と言い、この学校でただ一人の校医とのことだった。

「いえ、もう大丈夫ですから」
 緩めていた衣服をちゃんと着なおし、ハンガーから上着を取る。
 見渡すと、深沼の姿も遠藤沙弓の姿もなかった。
「お連れの女の子は、電話がかかってきて、携帯電話を持って廊下に出て行きましたよ。ミライくんは、車を駐車場に動かしに」
 ミライくん?
 やけに親しげだ。
 どうやら彼女も心を読む術に長けているらしい。
「あら、聞いてないの? ミライくん、この学校の卒業生よ」
「それは聞いてますけど……」
 学校医と学生がそれほど親しくなるものなのだろうか?
 当然の疑問だった。
「ミライくん、おっちょこちょいでね。運動部に入ってるわけでもないのに、しょっちゅう怪我してたから」
 笑い声がふっと曇り、「それに、私もプログラム優勝者の家族だったから。ミライくんの卒業後も、講習会なんかでよく会ってたんですよ」続いた。
 三田村の私も優勝者の家族という言葉にぎょっとする。続けて、言葉尻が気になった。
「だった?」
「ええ」
 三田村は軽く頷くと、「娘がね……。支え切れなくて、プログラムから帰って一ヶ月もしないうちに、自殺しちゃった」寂しげに言った。

 三田村に勧められて、ベッドに腰掛ける。彼女は、部屋の隅から引っ張ってきた丸椅子に座った。
 亜希子の様子を見た三田村は、ふっと笑うと、白衣の袖を逆手でさわり、「これ、罪滅ぼし。あの子を救えなかったから、せめて、同じ環境にいる子たちの助けに少しでもなりたくて」言った。
「元々は他の学校で校医をしてたんですけどね。娘の死を機会にこちらに移ったの」
 そして、特に真斗のことを話したわけではないのだが、やはり立場上知っていたのだろう、三田村はこんなことを言ってきた。
「真斗さんを、支えてあげてね」
 考えてみれば、三田村は、亜希子が優勝者の家族であることを前提に話をしている。
「支える……」
 彼女の言葉を復唱する。
 なんて違うのだろう、と思った。
 真斗を拒否している自分や母親と、彼女はなんて違うのだろう、と。
 しかし、ここでも、三田村は心を読んできた。
「そんな偉そうなことを言える資格ないんですけどね。私も、どう接していいか分からなかったから。分からないうちに、死なせちゃったから」
 彼女は、「私も」と言った。「私もどう接していいか分からなかった」と言った。
 きっと、それは本当のことなのだろう。三田村は悔いて悩んで、やっと今の心境を手に入れたのだ。
 とすれば、自分にもいつかそんな日が?
 そう思うと、こわばっていた身体が少しだけ楽になった。

 気が落ち着いたせいもあり、ずっと気になっていた事柄を口に出すことができた。
「アスマというのは深沼さんの弟さんですか? 彼も真斗と同じ?」
「うーん、ちょっと私の口からは」
 彼女の家の話ではないからだろう、三田村は少し困ったような顔をした。
 無理な質問をしたと反省していると、後方で、とんとんと壁を叩く音がした。振り返ると、入り口で深沼ミライ が笑っていた。
「アスマ、弟は違いますよ。うちは、父親がプログラム経験者だったんです」
 さらりと重要な事柄を話す。
 そして、彼もまた過去形で話した。
「やはり、お亡くなりに……?」
「まぁ、色々ありまして」
 彼にしては濁した返事のあと、「この学校は、プログラム優勝者以外に、その子どもも在学してたりするんですよ。事情は色々ですが」にこやかに笑い、口調を戻した。
「優勝者が結婚」
 なんだか意外に感じた。
 そして、プログラム制度の歴史を感じた。第一回から半世紀以上。初期の優勝者が当たり前の生活を送れていれば、孫子を持つ年代になっているのだ。
 なんだか、現実味のない話だった。
 亜希子には優勝者は遠い存在で、彼らが成長し、家族を持ち、老いていく姿がどうしても想像できなかった。……真斗という弟を持ちながらも。

 開け広げな雰囲気の二人相手だからだろうか、思ったことを素直に口に出してみる気になった。
「私、こんな話するの、初めてです」
 家族にプログラム優勝者がいると言う事実は、亜希子たち家族にとっては、重荷であり、秘密だった。積極的に話すようなことではなかった。
「私たちも誰彼構わず話しているわけじゃないんですよ。あなたは、真斗くんの心配をしてわざわざ学校まで来られるような方だから」
 三田村の最後の言葉が胸に刺さった。
 決して、心配して来たわけではない。
 真実が亜希子を深く刺した。
「講習会の演説なんて、政府に寄ったつまらない内容ばかりだったでしょ。優勝者の家族になることは名誉だとかなんとか」
 どちらかと言えば政府寄りな立場の彼女の口から出たにしては、反政府的な内容だった。
「でも、こうして、同じ環境にあるものたちが面識をもてるってことは、いいことなのじゃないかしら。傷を舐めあってるって取る向きもありますけどね。内に篭っちゃうよりは全然いいと、私は思いますよ」
 彼女らしい言葉だった。



 三人でしばらく話していると、制服姿の遠藤沙弓 が戻ってきた。
 亜希子が起き上がっているのを見、「あ、お姉さん、大丈夫ですか?」声をかけてくる。
「ありがとう、大丈夫。元々ただの貧血だし」
 頷くと、沙弓はほっとしたような顔を見せた。
 そして、表情を引き締め、「あの、今回のことで、学校のほうで説明会等は開いてもらえないんでしょうか」言った。
 訊かれた三田村は、目を一旦伏せた。
「おそらく、あったとしても、プログラムが終わってからでしょうね」
「今の状況は聞かせてもらえないんでしょうか?」
 沙弓の言葉。
 それは、亜希子も気になるところだった。
 プログラムが始まってから、半日が経っている。はたして、真斗はまだ生きているのか。
「学校は定期的に情報を受け取っているはずなんですけど、私はある意味外様なんで、私までは降りてこないんですよ。ごめんなさい」
 申し訳なさそうに三田村が告げた。

 と、黙っていた深沼がにっと笑った。
「そのへんは、任せてくださいな。あてはあります。もともと、その『あて』にアスマの状況を聞こうと思って、学校に来たんですよ」
 そして、「先生、内線電話お借りしますね」デスクの上の電話を取る。
「どこへ?」
 三田村の質問に、「数家かずいえ を呼び出そうかと」深沼が答える。
 数家? 亜希子の心の疑問にも答えてくれた。
「アスマや、陣内さんの弟さんの担任ですよ」
「担任……」
 確かに、担任なら情報を受け取ってそうだが、果たしてそうすんなり教えてくれるものなのだろうか。
 またしても心を読まれた。
 深沼がいたずらっ子のような笑みを浮かべ、「昔取った杵柄。違うか。まぁ、だてにこの学校の卒業生じゃないですよ」のんびりと言った。

 
   
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陣内亜希子
真斗の姉。真斗の優勝後、婚約破棄されている。
遠藤沙弓
真斗の元交際相手。真斗の優勝後関係を保てなかった。