OBR2 −蘇生−  


039  2004年10月01日11時00分


<仲谷優一郎>


「はあっ……」
 力を出し切った仲谷優一郎 は大きく息を吐き、ところどころ野草の生えた赤土の地面に尻を落とした。
 その体勢のまま、崖の端 により、見下ろす。ぱらぱらと小石が落ちた。
 開けているせいだろうか、空気が冷たく感じた。
 崖は高さは20メートルほどで、崖下は土肌が露出した広場のようになっており、その少し先に、線路が見えた。
 そして、真下に制服姿の志麻が倒れていた。首と右足がおかしな方向に捻じ曲がっている。死んだものと見ていいだろう。
 風景のフェイク。一度目は空中に平面で作った。精度は低く、すぐに見破られてしまった。次に作り、志麻を騙したのは、立体的なフェイクだった。
 崖面だけをあけた大きなジオラマ、箱庭のようなものを崖の先につくったのだ。
 そして、志麻がフェイクの景色に乗ったのを確認して、能力を解除。果たして、志麻は20数メートルを落下し、死んだ。
 大型のフェイクには相応のエネルギーが必要で、全身の力が抜けた。

 人を殺した事実に、震える。
 いや、そうしないと、自分は殺されていたと、首を振るが、いい訳には出来なかった。
 見やると、そばで村木春奈 が呆然としている。
 大丈夫? と、肩を抱こうとし、手が止まった。
 女性の身体に触れようとしたことに、赤面する。
 ああ、僕って映画にでてくるようなヒーローとはほど遠いな。と、苦笑し、情けない自分を確認したことでどういうわけか落ち着いてきた自分に、苦笑を深める。
 もちろん、人を殺した罪悪感は消えず、身体の震えもとまらなかった。

 春奈が立ち上がり、崖を覗き、「ひいっ」短く切った悲鳴とともに膝を折った。
「大丈夫?」
 声だけならなんとかかけられる。
 振り返った春奈は恐怖に満ちた顔をしていた。
「えっ」
 怪訝な表情を返すと同時、春奈の後ろに、野口志麻 が現れた。
「……う、あっ」
 とっさに声が詰まり、遅れて、驚きの声が出た。

 志麻はだらりと両手を下ろし力なく立っている体勢で、首は下を向いていた。
 方々に赤黒い血がついている。折れた足からだらだらと血が流れ、白い靴下を赤く染めている。
 ホラームービーに出てくる蘇った死人のようだった。
「きゃあああああっ」
 春奈が絶叫した。この小さな身体のどこにこんな声が収まっていたのか、と思うほどの声量だった。
「許して! 志麻っ、許して!」
 がくがくと震える身体を丸め、春奈が懇願する。
「言うこと聞くから! 志麻から離れないから!」

 そんな馬鹿な……。
 唖然としてこの光景を見ていた優一郎だったが、すぐに事実に思い至った。
「スカイ・ハイだ。村木さん、キミの指輪の能力だよ!」
 そう、志麻が自力で上がってきたわけがないのだ。あの高さから落ちて生きているはずもない。物質を上にあげる、春奈の『スカイ・ハイ』 が作動している。
 巻き込まれたときは全体に影響していたが、見せてもらった説明書には浮き上がらせる物質の抽出は可能とのことだった。
 春奈の能力が志麻の亡骸を浮上させたのだ。

 驚いてるってことは、意識してやってないのか?
 焦燥にかられながら、春奈の肩を掴み、ゆする。
「村木さん!」
 春奈の小さく柔らかい肩。こんなときながら、女性の身体に触れたことに、どきりと脈をあげた。顔も真っ赤になっていることだろう。
 その手が払い除けられた。
「志麻っ。志麻が死ぬわけない!」
 この声に、ただならぬ意志を感じ、優一郎ははっと身体を引いた。
 
 願望。これが、彼女の願望なのか。
 そう、能力は願望の発露だ。春奈が意識無意識に望んで初めて、スカイ・ハイにより志麻の身体が浮き上がるのだ。
 唖然とする。
 彼女は、嫌がりながらも、心のどこかで志麻を求めていたのだと、支配を受け入れていたのだと、唖然とする。
「間違ってた?」
 村木さんと野口さんを引き離したのは、間違いだった?
 両膝を赤土の地面につき、天を仰ぐ。

 立ち上がった春奈が、ふらふらと歩を進める。向かう先は、空に浮かぶ志麻だ。崖の端ギリギリに立ち、体側に下ろされている志麻の手を大事そうに触れる。
「村木さん……」
 優一郎の呼びかけに、春奈が振り返る。すでに恐怖は見えず、穏やかな顔をしていた。
 そして、つい先ほど志麻が死ぬはずが無いといったその口で、「違うよ、どうせ、私たちこうなる運命だったの。ありがとう、志麻、仲谷くんのおかげで一瞬で逝けた」と言った。
 どっちが本心なんだ?
 極端な台詞の違いに困惑したが、どちらも彼女の本心なのだと、すぐに分かった。
 そして、彼女が人形としてではなく、村木春奈として話していることが分かった。

 ふっと風が動いた。
 気がついたら、志麻と春奈の姿は視界から消えていた。
 

「ああ……」
 体勢をさらに落とし、地面に尻をつく。
 と、背後に何かの気配を感じた。
 振り返る間もなく、後頭部に強い打撃を受ける。
 気を失う寸前、優一郎は「アスマっ、殺さないで!」という秋里和 の声を聞いたような気がした。


   
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仲谷優一郎
説明時に右腕がガラス化。指輪能力の影響が残りやすい体質の様子。
『贋作士(ギャラリーフェイク)』
静止物のフェイクを作ることができる。質感の表現はできない。