<仲谷優一郎>
二人して座り込み、大木に背を預ける。
数分の沈黙のあと。
「どうしたの?」
怯える春奈を刺激しないよう、できるだけ柔らかい声を作って、優一郎は訊いた。
春奈の態度は明らかにおかしかった。野口志麻、同室で親しくしていた友人が近くにいると知れば気が落ち着くだろうと思って教えたのだが、まさか怯えが返ってくるとは……。
つっと、春奈が顔を上げた。
そして、ゆっくりと口を開く。唇の端が震えていた。
「私、さっきどんな風に笑ってた?」
「え?」
「さっき、髪留めのない私を見て、入学した頃の私みたい、って言ったよね?」
春奈は普段大きな髪留めで後ろ頭をまとめているのだが、スカイハイの自爆で宙に浮いたときに飛んでしまったのだろう、今は自然に髪を肩に下ろしていた。たしかに、入学当時はこんな髪型だった。
「ね、大阪の話したとき、私笑ってたでしょ?」
優一郎の惑いなど意に介さず、春奈が続けた。
「あのときの笑顔って、入学した頃のだった? それとも最近のだった?」
春奈の声が切迫し、頬に朱が入る。
何なんだろう? 彼女は何を焦っているんだろう?
戸惑いが深まったが、そんなことよりも、異性と接点の少ない優一郎にとっては、女の子に正面から見据えらたことが一大事だった。視線が合わせられず、目が泳いだ。
照れと興奮でぐるぐると視界が回る。
管理棟で鷹取千佳ら、女の子と一緒に立てこもったときのことを思い出した。行きがかり上、彼女らと行動をともにした。プログラム以前の問題で、女の子に囲まれるという状況に、緊張に緊張を重ねたものだ。
「ごめん、最近のはともかく、入学した頃の君の笑い方なんて覚えてないよ」
赤面しながら、正直なところを話す。
10何人しかいないクラスだ。
それぞれのクラスメイトが誰かと話したり笑ったりしているとこを見る機会は多々あった。
入学当時は、鷹取千佳らと親しくしていたと記憶している。
笑い顔を具体的に覚えてはいないが、明るく活発な雰囲気だった。いつの間にか、グループを離れ、同室の野口志麻とべったりコンビを組みだし、すっかり大人しく地味になっていたが……。
まぁ、地味な彼女だからこそ、気後れの程度が低く済んで、なんとか話せるということもあったが。
笑い方が変わったと、あるいは変わってしまったことを前提にした彼女の質問だった。
意図がつかめず、下生えの草を指先で弄んでいると、春奈は両手を頬にあて、首をうなだれた。
「ごめんね、変な質問して。ずっと誰かに訊きたかったの。前の私はどれだけ残ってるの? って」
ますます分からない。
と、指先に何かが触った。見ると、見覚えのあるプラスチック製の髪留め。飛んでしまっていた春奈のものだった。
髪留めを差し出す。首を上げた春奈は実に意外な表情をした。
忌々しげにその髪留めを見たのだ。
「髪留めで髪をひっ詰めた私も、無骨なメガネも、大人しい話し方も、眉の形も、スカートの丈も。笑い方も、みんなみんなっ」
尻上がりに語気が強くなったかと思うと、急にしぼんだ。
「……みんな、志麻に言われたままだった」
「え?」
「みんな、志麻に言われたとおりにしてたの」
「ど、どうして?」
優一郎の問いに、春奈は無言で腕まくりをして見せた。
露になった白い上腕にどきりとし、そこに残った痕跡にぎょっとする。方々に青黒いあざがついていた。それは、自身に見覚えがあるあざだった。人につねられた痕だ。いじめられていた頃に、日々つけられていた痕だ。
「それって……」
春奈は両膝を抱え、こくんと頷いた。
野口志麻だ。
野口志麻につけられたのだ。彼女の言ったとおりにしないと、つねられていたのだろう。話の運びから、頭の中で補足する。しかし……。
「どうして、言われたままに」
彼女にはもともとの友達がいた。グループは離れていたが、少なくとも表向きは、鷹取千佳らと揉めてはいなかったはずだ。志麻から離れ、元のグループに戻ることはできただろうに。
また、入学当初の彼女は、しっかりと自己主張できる明るい女の子だった。
あの当時の彼女ならできたはずだ。
思ったことを言えないでいる優一郎に、春奈が弱弱しく笑った。
「だって、志麻、凄いんだよ。勉強はできるし、運動もできる。スタイルもいいし、顔もきれい。色んなこと知ってて、話てると楽しいの」
楽しい?
言われたとおりにしないとつねられるのに、楽しい?
「私なんて、何にもないもの。チビで可愛くなくて、勉強も運動もできない。悔しいけど、彼女に比べたら全然なの。ダメなの。だから……」
だから、彼女の言われたままでいい? つねられてもいい?
「だから、彼女の言われたままで良かったの」
いいわけないじゃないか!
憤る感情。
そして、春奈に、かつての自分を見た。
いじめられているのに、それを当然のものとして受け止めていた頃のことを。
環境に慣れ、ああ、そういうものなのだな、と自分を納得させてしまっていた。人には持って生まれた順位があり、自分は下位なのだ。だから仕方が無いのだ、と。
しかし、次の瞬間、優一郎は、『痩せ行く男』
によって一回り小さくなった肩をふっと落とした。
良かったと、春奈は過去形で話した。
志麻と彼女の関係は、いわゆるイジメにすんなり当てはまるものではないだろうし、友情には様々な形もあるのだろうが、決していい関係ではなかったと彼女自身自覚しているのだ。
「でも、プログラムで、一人になって、ほんとに久しぶりに一人になって。殺し合い、怖いけど。一人になって、なんだか久しぶりに前の私を思い出したような気がしたの」
矛盾し、まとまりのない話しだったが、言いたいことは分かった。
「志麻と一緒になったら、また私、人形になる。志麻の人形に。嫌なの。私、どうせ死ぬなら、元の自分で死にたい」
人形という言葉に彼女の置かれていた状況が伺えた。
また、優一郎と同じく、彼女も生き残れるとは到底思えていないのだろう、どうせ死ぬなら、と言った。
ここで春奈ははっとしたような顔を見せた。
「やだ、私、なんで、こんな話しちゃったんだろ……」
しばらくの沈黙のあと、優一郎は口を切った。
「きっと。きっと、ずっと誰かに聞いて欲しかったんだよ」
彼女はふっと息を飲み込んだ。緩やかに頷き、肯定する。
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