OBR2 −蘇生−  


035  2004年10月01日10時00分


<仲谷優一郎>


 彼女に反応がなかったので、「大丈夫?」と優一郎は繰り返した。 
 視界の悪い不安感は分かっていたので、さぞかし不安だろうと声をかけているのだが、やっとで返って来た春奈の答えは少々意外なものだった。
「だ、大丈夫。どうせ伊達眼鏡だから。私、ほんとは視力いいのよ」
「え、そうなの?」
 驚きを返す。
 ファッションでかけてたのかと思ったが、春奈の眼鏡は丸型で無骨なフレームだったのでお洒落とは言いかねたし、そもそも春奈はお洒落とは縁が遠そうな地味な女の子だ。
 聞かずとも、春奈が理由を教えてくれた。
「うん、志麻がそのほうが可愛いって言うからかけてただけなの」
 志麻とは、寮が同室の野口志麻のことだろう。

 話している間、春奈は振り乱れた髪を手櫛で整えていた。
 彼女ははいつもは髪留めで後ろ髪をまとめていたのだが、『スカイハイ』により惑っているうちに飛んだのだろうか、留めがなくなっている。肩を越える髪を自然に流した格好だ。
 ここで、ふと気がついた。
「なんか……。入学当時の村木さんみたいだねぇ」
 言ってから、どぎまぎする。
 ぶどうヶ丘では生活が変わったとはいえ、今まで女の子と親しく話す機会などなかった。
「そう?」
「うん、たしか、そんな髪型だったでしょ」
「そう……だったかな。髪型、志麻がこのほうが似合うって言ったから……。ああ、そういえば髪留め、どっかいっちゃった」

 少しの間を空けて、春奈が目を丸くした。
「今更やけど、仲谷くん……だよね? どしたの、そのかっこ」
 牧村沙都美の『痩せ行く男』の影響は依然残っていた。肥満体だったのに、たった一日で普通体型になっているのだ。事の経緯を知らない彼女が驚くのも無理はないだろう。
「ああ、これは……」
 受けた能力のことや、彼女たちが争ったことを話すと、「そ、か」と春奈はただため息をついた。
「……驚かないね」
「あの子たちが集まったら、たぶんそうなるやろうな、って思ってたから」
 春奈はいつの間にか野口志麻とべったり一緒にいるようになっていたが、もともとは牧村沙都美らと親しくしていたはずだった。彼女らの性質もよく知っていたのだろう。
「プログラムって、普段見えなかったものが見えて、怖いね」
 それは感じるところだったので、無言で頷くと、「もちろん、死ぬことも怖いけどさ」と春奈が続けた。

 志麻と一緒だったことや彼女はまだおそらく無事であることも話したが、特に大きな反応はなかった。

 自分の事ながら、驚いていた。
 僕、女の子と普通に話してる!
 驚きついでに、先ほどから気になっていたことを訊いてみた。もちろん、この台詞にも相当の勇気が必要だったが。
「そういえば、村木さんって関西なんやねぇ」
「あ、出てた?」
「うん、いつもは違うよね」
「でも、仲谷くんも、今、なんやねぇって……」
「うん、僕、大阪」
 優一郎は、大阪西エリアの出身だった。
「えー、私も大阪!」
「うちのクラス、みんな標準語やから、地方の人いないって思ってた」
「方言話すと虐められるって話よく聞くし、東京もんは関西弁嫌いって話もよく聞くから、話さないようにしてたの」
「あ、それ、分かる!」
 会話自体慣れていないため、興奮すると上ずった口調になった。
 生まれ変わるためにぶどうヶ丘高校に来たのだ。再び虐められることのないよう、細心の注意を払っていた。同じように考えていた者がいたと知り、純粋に嬉しかった。胸がほっこりと温かくなる。
「でしょ、それに志麻もこの言葉遣いのほうが好きだって言ってたから」

 また野口志麻だ。先ほどからことあるごとに志麻の名前がでてくる。
 これも気になっていたので、「村木さんって、ほんと野口さんと仲いいんだねぇ。さっきから野口さんの名前ばっかり」と繋いだ。
 和や修吾と親しく出来ていたとは言え、強い結びつきまでは至っていなかったので、少しうらやましかった。
 しかし、春奈ははっとした顔を見せ、「そ、そう?」と口ごもる。
 
「ああ、そう言えば、さっきこの辺りで、野口さんらしき女の子を見かけたよ」
 彼女が喜ぶだろうと思って出した台詞だったのだが、実に意外な反応が返ってきた。
 春奈は、顔をさっと青ざめさせ、ぶるぶると震え始めたのだ。きょろきょろと血走った目を走らせ、辺りも伺う。
 いったい……。
 この様子を優一郎はただ呆然と見つめた。


   
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仲谷優一郎
説明時に右腕がガラス化。指輪能力の影響が残りやすい体質の様子。