<仲谷優一郎>
「う、うわっ」空に浮き上がったまま、惑い声を飛ばす。
何かに掴まろうとするが、一番近い枝でも一メートルほど離れていた。
手足をばたばたと動かすが、平行位置は変わらなかった。
最初の浮き上がる感触から、何らかの能力により重力を奪われたものと考え、空を『泳ごう』としたのだが、横方向には移動できなかった。
誰かから指輪攻撃を受けているとしか思えなかった。
周囲を見渡すが、藪に覆われており、視界は酷く悪い。
どうやら、牧村沙都美の『痩せ行く男』と同じタイプ、全体に効果を及ぼす能力のようだった。移動が叶わないところを見ると、ただ単に対象を浮かせる能力なのか……。
「まぁ、でも、下は腐葉土の柔らかい地面だし、5メートルくらいなら……」と下を見た瞬間、さっと血の気が引いた。
さらに高度があがっていた。
すでに7、8メートルは浮上している。
一時、5メートルほどの高さで止まったので、そこが能力の限界かと思っていたのだが、これも読み違いだったらしい。
焦りながらも、優一郎にしては冷静に分析ができていたが、尽くはずしてしまっており、「ああ、やっぱり自分はダメなんだ」と落ち込む。
そうこうしている間にも10メートルほどの高さになってしまった。
ひやりとした感覚は、肌に感じる風によるものではない。
空中でがくがくと震えていると「ご、ごめん!」下から声がかかった。村木春奈だった。彼女も同じ能力を受けているらしく、木の根に腕を絡ませ、浮き上がる身体を地面に繋ぎとめている。
「これ、私のせいなの!」
「えっ?」
疑問符を返す。
「指輪! 指輪の力がっ」やや遅れて、「コントロールできないの!」続いた。
暴走、とういう言葉が頭をよぎる。
高さは20メートルほどに達しているだろうか。春奈の声が遠く聞こえた。木々をすでに追い越し、掴まるものなどなかった。水の中にいるような不安定な浮揚感。
身体の芯を恐怖が舐める。
高所恐怖症の気はないはずだが、やはり恐ろしかった。
「指輪、はずすね!」
コントロールできないのなら指輪をはずせばいいと考えたらしい。
「うん、お願い」
言ってから、気がつく。
「え、あ、ちょっと、待って!」
解除されたら、20メートルの高さを落ちることになる!
しかし、ときすでに遅く、春奈は指輪をはずすところだった。
一瞬の残滞空の後、ジェットコースターの最高点から落ちるときのような感覚を味わう。
手を空に伸ばし、能力を発動させる。
すると、目の前に一本の木が音もなく出現した。幹の太さまで調整できなかったので、自分の手に余っていたが、必死の思いで両手両足でしがみつく。
ちょうど、幹を抱え込むような体勢になった。
これで落ちるスピードが弱まったが、それでも落下は止めることはできなかった。木にしがみついたまま地面に尻をしたたかに打ち付け、ぐううと呻く。
また、急激な摩擦に耐えられなかったのだろう、びしっと嫌な音がし、宇江田教官にガラス化された右腕にひびが入った。
痛みに耐えながら、ふううと、肩をおろす。
どきどきと胸が鳴った。
能力の影響が残りやすい体質でよかった。
心の底から思う。普通に物を落としたときよりも、若干落ちるスピードが遅かった。だから能力を発動する間があったのだ。普通ならば、何も出来ないまま地面に激突していただろう。
ぽかんと呆けたような顔をしていた春奈が、我に帰り、「ごめん!」また謝ってきた。
「い、いや、大丈夫」
あまり大丈夫ではないのだが、とりあえずそう言っておく。
と、春奈がまじまじと木を見上げた。優一郎の命を救ってくれた木だ。
「これ……?」
「ああ、これ、指輪の」
途中で言葉を切ったが、指輪の能力によるものであることは理解できたらしく、春奈が頷いた。
殺したいのなら何も言わず落とせばいいのだし、先ほど落下のダメージで目を白黒させているうちにやろうと思えばできたはずなので、とりあえず安全だと判断し、能力について話し始めた。
『贋作士(ギャラリーフェイク)』。
これが、優一郎の指輪の名前だ。
名前通り、偽物、贋作を作ることができる。
先ほど木をフェイクしたように、立体物も再現できるが、あくまでも外見だけ。
この木の中身はがらんどうのはずだった。
精密度は、そのときの精神力や集中に左右されるが、あくまでもフェイクなので、どんなに集中してもどこか違う部分は出るらしい。
春奈がおそるおそる優一郎がフェイクした木に触れ、びくっと肩を震わせて手を引っ込めた。
「これ……」
「うん、空に書いた絵みたいなものだから、質感までは再現できないんだ」
おそらく彼女の手には、つるりとした無機質な感触が走ったはずだ。
鳥など、動物も作れるが、もちろん動かせられないので、剥製みたいなものにしかならないことや、フェイクの元になる原物が目の前にないと作れないことは言わなかった。
優一郎が説明を終え、フェイクも消すと、今度は春奈がたどたどしく能力の説明をしてくれた。
彼女の能力は、『スカイハイ』。
優一郎も体感したとおり、物質を空にあげる能力ということだった。
影響範囲は狭く、半径5メートルの円の中の物しか浮かすことが出来ないらしいが、高さは最大30メートルほどにまでもなるらしい。
無作為に身の回りのもの全部を浮かすと言うわけではなく、ある程度は抽出できるようだ。
本来ならば、自分の身までもあげることはないのだが、先ほど初めて能力を試し発動させたらしく、うまく使えなかったらしい。
「ごめんなさい、私、不器用で嫌になっちゃう」
見ると、春奈の眼鏡が地面にあった。衝撃によってレンズは割れており、つるの部分も曲がっていた。
「眼鏡壊れちゃったね、大丈夫?」
優一郎は視力が悪い。
コンタクトレンズを入れているので、矯正は出来ているが、ないと0.1を下回る。
プログラムで目が利かないというのは多大な不利条件だろう。
遅れて、ソフトタイプでよかったと思った。ハードタイプだったら、落下のときに飛んでしまっていたに違いない。
眼鏡を掛けないのは、中学時代、ときに暴力を受けることもあったからだった。
だから、破損の可能性の低いソフトタイプのコンタクトレンズを選んだ。
ぶどうヶ丘ではいじめはなかったので眼鏡でもいいのだが、習い性で、そのままコンタクトレンズを使っている。
ああ、今までの僕の生活はそんなことが中心に回ってたんだな、とあらためて自覚し、息を落とす。
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