OBR2 −蘇生−  


031  2004年10月01日07時00分


<陣内真斗>


 彩華は男物のつなぎの作業服を着ていたが、その成熟したプロポーションがかえって強調されていた。
 決して整った顔立ちではないが、全てが大作りで派手だ。そして、まとう、大人びた雰囲気。
 ……当然といえば当然である。入学当初のホームルームで、彩華は20歳だと言っていた。公表している中では、彼女がクラスメイトで一番年齢が高い。
 降り続ける小雨はうまく避けていたらしく、彼女が着ているつなぎはさほど濡れていなかった。

 彼女は傾斜の上方に立っていたので、やや見上げる体勢になった。
 和野美月を押し付けられ逃げられたことに相当に怒っているのだろう、うううと唸る智樹を抑えつけながら真斗は冷たく言った。
「先ほどは、うちの城井が大変お世話になったそうで」
 嫌味であることは言うまでもない。
 が、彩華は愛嬌のある笑みを崩さず、熊笹から移った露を払いながら「私、利用できるものはなんでも利用する主義なの」と返してきた。
「建設的なことで。心は痛みませんか?」
 眉を寄せ、悲しそうな顔を作り、「そういえば、犬は受けた恩を忘れないと言いますね。うちの子もあなたに受けた恩を忘れていないみたいです。この抑えている手を離せば、あなたに結構な勢いでじゃれつくと思いますが、どうしましょう?」続けた。

 この言葉にぎょっとした顔を見せたのは、彩華ではなく智樹だった。
「え、や、犬って何さ」
 どもる智樹を、あわせろと横目で睨みつけ、智樹の手から銃を取り、彩華に向けた。彼女が何か仕掛けてきた場合、智樹よりも自分の方が対処が早いだろう。

 この様子を見た彩華はくすくすと笑い、「言葉遊びはこれくらいにして、本題に移らない?」軽く髪をかき上げた。長い栗色の髪がさらりと揺れる。
「本題?」
「結論から言うと、私も仲間にいれてほしいの」
「はぁ?」
 智樹が声を上げる。
 和野美月を押し付けられ、襲われた経緯を思えば、まぁ、真っ当な反応だろう。
「残念ながら、定員いっぱいでしてね。他を当たっていただけませんか?」
「そう邪険にしないでよ」
 彩華は邪気なく笑う。
 そして、「私、戦力になるよ?」真斗に近づいてき、指輪をつけた右手で真斗の腕に触れた。先ほどの竜との戦いで擦り傷が方々にできており、彩華が触れたのはその一つだった。彼女のつけている香水がふっと香る。
「おい……」
 俊介が心配そうな声を上げると、「大丈夫。この状況で仕掛けるほど馬鹿じゃないわ、私」視線を彼に向けた。
 
 彩華が小さく深呼吸をした。すると、彼女の指輪と真斗の腕が柔らかい光を帯び始めた。『ガラスの塔』により腕をガラス化された仲谷優一郎を思い出し、どきりと脈をあげる。
 やがて、光が収束した。それとともに、真斗の傷が薄くなっていく。
「傷が消え……た」
 驚嘆きょうたんする智樹。
「治癒能力ですか?」 
 冷静な真斗の問いに、彩華はふるふると頭を振った。「正確には違う。この指輪の名前は、『アドレナリンドライブ』。 説明書の言葉を借りるなら、傷を動かし、散らす能力、よ」
「散らす?」
「そう、傷が消えたように見えたかもしれないけど、能力を使って、傷を散らしただけなの。だから、陣内の身体には目に見えない小さな傷が増えたはず。まぁ、実際治ったようなものだから、治癒能力ととってもらってもいいと思うけど」
 彼女が続けた説明によると、この能力で動かせることができるのは怪我だけらしい。
 よって、病気を治すことは出来ないし、智樹の疲労感などを散らすことは出来ない。
 また、散らすにも限界があるので、重傷には意味ないようだ。
 動かす範囲や量が増えれば増えるほど、能力者の精神力が疲弊するのは、他の指輪と同じだ。他の指輪同様、能力に限界はある。しかし……。

「さて、本題。私は、あなたちの戦力を借りる。私は、あなたたちに、治癒力、と言ってもいいわよね? を提供する。双方にメリットのある真っ当な取引だと思うけど、いかが?」
 智樹が苦虫を潰したような顔をし、地面を軽く蹴った。じゃっと砂が擦れる音がした。
 たしかに真斗たちにもメリットは大いにある。しかし、智樹との一件から考えると、決して安心して背中を預けられる相手ではない。
 どうしようかと考えあぐねていると、
「その腕、折ったのね。私を仲間に入れてくれたら、散らしてあげるわ」
 堀田竜に折られた真斗の腕を悠然と見やり、彩華が駄目押ししてきた。
 一瞬ぽかんとしてから、「ああ、畜生、むかつく女だな!」智樹が荒い声を上げた。
「……陣内、治してもらいなよ」
 大木に背を預けた俊介が、苦笑とともに智樹の言葉を先に出す。
 まずは軽い傷を散らして能力を見せ、その後、より重い傷を交渉に使ってきたのだ。彼女の術中にはまったようで気に食わないが、腕が自由になるのとならないとでは、これからの戦いが大きく変わる。
 仕方が無いと、真斗はひょぃと肩をすくめた。
「負けました。……手を組みましょう」
 あからさまにむくれた顔をしている智樹を横に、平然とした顔を『作って』答える。
 内心では、手玉に取りやがってコノヤロウ、と不機嫌なのだが、それを表に出さないのが真斗のプライドだ。
 
 智樹に銃を預けたが、銃口は向けさせなかった。信用するという意思表示だ。
 直接患部に触れる必要があるということなので、包帯を解き、添え木を抜く。着ていたシャツも脱ぎ、上半身裸になった。
 腕は、少しの間にぱんぱんに膨れ上がっていた。
「真斗……」
 智樹が心配そうな声をかけてきたが、これに頷きだけを返す。
「ひどいね……。散らしても方々に別の傷が出ることになると思う。動かすときも、相当痛いはず。ボウヤ、うざいから、泣き叫ばないでね」
「子ども扱いはやめて欲しいですね」
「そのわざとらしい言葉使いが、ガキだっつうの」
「どんな相手でも目上の者を敬うように教育されてましてね」
 どんな相手、というところを強調し、4つ年上の彼女に冷ややかな言葉を向ける。
 ここで、俊介が「なんか……。仲いいね、君ら」皮肉っぽく笑った。
 この場面でそんな言葉がでる彼も癖者だ。プログラム説明時からの落ち着き、恨みの視線云々からも、彼の過去がうかがえた。ごく普通の学園生活を送ってきた者ではこうは行くまい。

「じゃ、はじめるわよ……」
 濡れた地面に膝を突き、真斗の折れた腕に手を置いた彩華が、ふっと目を閉じる。深手だけに、集中が必要なのだろう。ややあって、彩華が目を開くと同時、彼女の手と真斗の腕が薄く光を帯び始めた。
 先ほどは傷が薄くなっていくように見えたが、今度は違った。
 傷口が揺れ始める。そして、ずずと音を立てて動き出した。腕を登っていく傷口。激しい痛みと共に、ごりごりと骨が軋む音がした。
 傷は、肩口に達したところで、二つに分かれた。その二つが更に二分される。そして、分裂を繰り返しながら、身体の別々の方向に動き始めた。一つは胸元に、一つは左腕に、一つは背に……。腕の中でも同様のことが行われているようだった。
 いい加減指輪の能力にも慣れてきたのだが、やはり非現実的な現象だ。
「ぐ……」
 歯を食いしばり、うめき声をあげる真斗。
 と、ここで、真斗は、はっと目をみはり、大きく震えだした視線を彩華に向けた。彩華の手を振り払うべきか、否か。迷っていると、彩華も目を見開いた。
「あっきれた……。もう気がついたんだ」
 彩華は、真斗だけに聞こえる小声を落とし、「言ったでしょ。ここで仕掛けるほど馬鹿じゃないわ。私が生き残るためには、あなたたちの戦力が必要なの」続けた。



 彩華が言ったとおり、真斗の身体のあちこちには新しい傷が出来たが、折れていたはずの左腕は自由が利くようになっていた。傷とともに全身に新たな痛みは生じ、熱を持ったようになっていたが、骨折に比べれば問題ない程度だった。
 智樹らから少し離れた場所に座り込み、半裸のまま支給の簡易医療セットを使い傷口を消毒していると、彩華が近づいてきた。
「調子はいかが?」
 座ったままの姿勢、言葉では返さず、裸の腕をぶんぶんと振ってみせた。
 この様子を満足げに見やった後、「あんた、頭いいわ、やっぱ」と彩華が感嘆の声を上げた。
「理由はどうあれ、殺さずにいてくれましたからね。当座、信用することにしますよ」
 あの場面、彩華は真斗を殺すことが出来た。
 能力『アドレナリンドライブ』。 傷を動かすことができる能力で、彩華は散らすことをアピールし、治癒力を前面にだしていたが、実は、使い方によっては十分な殺傷力がある。
 相手を殺したければ、傷を重要な部位に移動させればいいのだ。
 先ほどならば、彩華は、腕の骨折を喉元や心臓のあたりにでも移動させ真斗を殺すことが出来ていたというわけだ。
「いつか気がつくかなとは思ってたけど、まさか、もう気がつくとはね」
 繰り返す彼女に、「基本的に心配性なもので」と返しておく。

「頭のいい男は好きよ」
 腰に手をやり、見下ろす形で彩華が言う。
「残念ながら、年増に興味はありませんね」
「あら、生意気」
「まぁ、抱きたくなったら言って頂戴。特別サービス、二枚で抱かれてあげるわ」
 智樹あたりが聞いたら目を剥きそうな台詞をさらっと言ってのける。
「下品な女にはさらに興味ありませんね」
 半ば本気だったのだが、彩華は軽く肩をすくめるだけだった。
 そういえば、彼女は中学卒業後、風俗で働いていたって話だったな……そんなことを思いながら、真斗は立ち上がり、尻についた泥を掃った。

 と、ここでふっと思い出したかのように、彩華が言った。
「一つ、質問いい?」
「ええ」
「あなた、このことを木ノ島たちに話す? あの子たちはきっと気がついてないわよ」
「まさか、でしょう」
 一片の迷いも無い即答だった。
 このこととは、彩華の能力が使い方によっては人を殺せることを指すのだろう。情報の独占は、自の有利に繋がる。あえて話すことも無かった。
 少しの沈黙の後、「……ますます気に入ったわ」彩華は軽く笑った。



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陣内真斗 
プログラム優勝経験者。優勝後、家族と関係を保てなかった。告白してきた井上菜摘を殺害した。
『ブレイド』
血液を操ることができる。
城井智樹
真斗と同室。一度高校をドロップアウトしているため、二つ上の18歳。
『運び屋(トランスポーター)』
触れた物体を瞬間移動できる。
木ノ島俊介
不自然に近付いてきており、真斗は警戒していた。