OBR2 −蘇生−  


030  2004年10月01日07時00分


<陣内真斗>

 
 がくがくと真斗の身体が震え始めた。
 一瞬、俊介にたばかられている可能性も考えたが、出発前に霧子に睨まれたことを思い出した。燃えるような赤い瞳。
 あのときはただ怪訝に思っただけだったが、今となっては俊介の情報の裏づけだ。

 鮎川霧子が入学した先にたまたま自分がいた? ……そんなわけがない。彼女は、どのような形にせよ、恨みを晴らすために、自分に近づくために、ぶどうヶ丘高校に入学したに違いない。
 しかし、鮎川霧子は表向きは平心を装い近づいてきていた。
 真斗はそこに彼女のただならぬ意志を感じた。
「鮎川は、陣内のことを殺したいと思ってた。でも、実現は出来なかった。自分の保身もあったんだろうし、怖かったってのもあるんだと思う。迷ってたんだ」
 俊介の瞳がぎゅっと閉じられる。
 やがて、深いため息とともに言葉が届いた。「プログラム。今なら、絶好の機会だ。彼女、陣内を殺すよ」
「ああ……」
 鉱石のかけらを握り締めながら、真斗もため息を継いだ。 
 過去からの襲撃者。そんな言葉が頭をよぎる。同時に、鈴木由梨絵のことを思い出した。妹をプログラムで亡くした悲しみをぶつけてきた由梨絵のことを。
 ぶどうヶ丘にも、鈴木由梨絵はいた。鮎川霧子という名を借りて。

 ずっとうまくやれていると思っていた。ぶどうヶ丘高校では過去を隠して生きていけていると思っていた。これからもずっとそうやって生きていけると思っていた。
 だけど、それは幻想にすぎなかったと、平穏は薄氷の上にあったと、真斗は思い知らされていた。

「彼女、うまくやってたから、陣内は鮎川に気を許しちゃってただろ?」
 事実だった。
 鮎川霧子は真斗が唯一仲良くしていた女子生徒だった。
 合流したのが井上菜摘(真斗が殺害)ではなく、鮎川霧子だったら? おそらくは一緒に行動していたのではないだろうか。……もちろん、智樹が優先されるのだが。
「智樹や木ノ島じゃなく、鮎川と合流してたら、俺、死んでたな」
「……それが嫌だったんだ。彼女には死んで欲しくない。……ぶっちゃけると、彼女がクラスメイトを殺してもいいと思ってる」
 穏便ではない俊介の台詞に真斗は目を剥いた。
「でも、鮎川は、陣内だけは殺しちゃいけないと思う。生き残るためじゃなく、恨みのために人を殺したら、優勝してもきっと彼女は駄目になる」
 殺しの質。俊介独特の区分けだったが、彼の思いは理解できた。
 

 身体の震えが止まらない。
 背もたれた樹木の幹を伝って落ちてくる水滴や、煙立つ草木の匂い、霧のような雨がもたらす湿気が煩わしかった。腹がすき、傷がうずき、頭が痛んだ。
 そんな中でも真斗の頭脳は回る。先を読み、戦略を練る。
「優勝するって……苦しいだろう? ……辛いことを言うけど、陣内を見てて、優勝者だと知った後の目で陣内を見てて、そう思った。彼女にはそんな思いをして欲しくない。出来るだけ穏やかに退場して……死んで欲しい」
 先ほどとは矛盾する内容で、彼が鮎川霧子に望む未来を決めかねていることが伺えた。
「彼女、陣内と出くわしたら、きっと近づいてくる。それで隙を見て陣内を殺そうとする。だから、その前に……」
 殺してくれと言いたいのだろう。
 言われなくても、生き残るためにはそうするしかなかった。
 俊介の情報は大きなものだ。鮎川霧子は自分の殺意がばれていることに知らない。それは彼女と戦う際に大きな有利条件となるだろう。
 だが、俊介はおそらく気がついていない。
 真斗には霧子と相対する前にやっておかなければならないことがあった。
 
 木ノ島俊介を殺す。

 俊介は霧子を問い詰めたといっていた。霧子は、俊介が事情を把握していると知っていると言うことだ。
 自分が俊介と同行しているところを見たら、霧子は近づいてきたりはしないだろう。恨みを持っていることを話されている可能性があるからだ。いきなり襲ってくるに違いない。対処が後れれば死ぬことになる。

 元より、彼を殺すつもりではあった。
 このプログラムで生き残るのは、実質二人だ。
 智樹と生き残るためには彼の存在は邪魔だったし、智樹に自分の過去をばらされる可能性……今からでも能力『フォーンブース』を使えば容易だ……も考えて、いずれ殺さなくてはと思っていた。
 急務となっていた。一刻も早く俊介を殺す必要があった。
「死んで……欲しい。……死ん……欲しく……ない」 
 ここで、続いてた頭の裏側をぴりぴりと刺すような感覚が消えた。
 俊介が能力を解除したのだ。力を使いすぎたのだろう、最後のメッセージは大きく揺れており、俊介は息を乱していた。


 急がなきゃ……。
 ぐっと下唇を噛み、殺意を固めていると、背後からがさがさと藪を掻き分ける音が聞こえてき、真斗ははっと息を呑んだ。緊張が走った俊介と視線を交錯させ、互いに注意を促した。
 音で起きたのだろう、智樹もびくりと肩をあげ、身構える。
 やがて、手前に密集していた熊笹が大きくゆれ、一際大きい葉擦れの音とともに、一人の女子生徒 が藪から顔を出した。
 人が潜んでいるとは思っていなかったらしく、彼女はきれいに整えられた眉をあげた。多少は驚いたようだが、すぐに落ち着きを取り戻し、「あらぁ、お揃いで」グロス入りの赤い唇から、艶やかな声をこぼした。
 プログラムに巻き込まれたときは光沢のある白いシャツを着ていたと記憶していたが、今はつなぎの作業服を着ている。丈が合っておらず、長い袖をまくっているところをみると、どこかで入手し、着替えたのか。
 目立たないようにしたつもりなのだろうが、残念ながら失敗に終わっていた。
 纏う存在感が強すぎる。曇り空、わずかに漏れる光も雑木の枝葉で遮られる濃灰色の世界で、彼女だけが鮮やかな色に包まれて見えた。

「あ、てめぇ」
 智樹が声を荒げる。
 数時間前、彼女に和野美月を押し付けられた話は聞いていた。当然の反応だろう。
 しかし、彼女、矢坂彩華 はちっとも悪びれずに「ああ、さっきはありがとうね。助かった」あっさりと返してきた。
「はぁ?」
 呆気にとられる智樹を尻目に、彩華はウェーブを描く栗色の髪をかきあげ、にこりと笑った。



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陣内真斗 
プログラム優勝経験者。優勝後、家族と関係を保てなかった。告白してきた井上菜摘を殺害した。
『ブレイド』
血液を操ることができる。
城井智樹
真斗と同室。一度高校をドロップアウトしているため、二つ上の18歳。
『運び屋(トランスポーター)』
触れた物体を瞬間移動できる。
木ノ島俊介
不自然に近付いてきており、真斗は警戒していた。