<陣内真斗>
午前7時、真斗、城井智樹、木ノ島俊介の三人は、会場の北部にある銛王山の裾野
にいた。
エリアとしてはAの2と3の境になる。
このあたりは雑木林になっており、知識の無い真斗らには種類はわからないが、様々な樹木が生い茂っていた。見通される心配は薄く、接近者がいれば下生えの葉擦れの音がするため、潜むには絶好の場所だ。
先ほど来降り続ける小雨は木々の枝や葉に受け止めてもらえているが、湿気がきついうえに、濡れた濃茶の地面から葉土の匂いが立ち上り、居心地良好とはいえなかった。
午前6時の放送で、堀田竜(アスマが殺害)の名前が挙がっていた。
竜が再び襲ってくることは無いのだが、彼との戦いで物音がふんだんに立っており、あのままあのあたりにいることは憚れたため、集落の北に見えた銛王山に逃げ込んだのだ。
竜に折られた左腕は、診療所にあった包帯と添え木を使い固定してあった。素人のいい加減極まりない処置だが、ないよりはマシだ。
鎮痛剤は飲んでいたが、じくじくとした痛みは消えなかった。
処方薬だから効果は強いはずだが、真斗は普段から頭痛持ちで鎮痛剤を常用している。そのせいもあって効きが悪いのだろう。
頭痛が始まったのは、ちょうど去年の今頃からだった。前回のプログラムに優勝した後からだ。ストレスによる頭痛。係っている精神科医はそう言っていた。
放送で呼ばれた死亡者は、竜の他に、井上菜摘と和野美月の二人だった。
井上菜摘は自分が殺したのだが、彼女の名前が呼ばれたとき、何の動揺もなかった。「可哀想に……」と嘯くことすら容易だった。
立ち回りのときの工作が功を奏し、智樹らは彼女は竜が殺したものと判断しているようだったので、その安堵感もあったのだろう。
和野美月は、智樹が殺したということだった。智樹を遅い、返り討ちとなった死だった。
その際に智樹は能力『運び屋(トランスポーター)』
を使い、空間転送をしていたが、消費エネルギーが大きすぎたらしく、数時間経っても疲労は消えないようだった。
今も節くれだった大木に身をゆだねて青白い顔をしている。
オーバーワーク。そんな単語が頭をよぎる。
チームの最後の一人、木ノ島俊介は、近くの大岩に腰掛けていた。彼の顔にも疲労が見える。
能力や支給武器は互いに教えあっていた。
元より警戒心の薄い智樹は聞かれなくても話したし、真斗も共闘するのならば能力を把握して貰っておいた方がいいと考え、おおよそのところは話したが、新鮮な血液でないと操れないことは弱みとなりそうだったので話していないし、固定力や操作距離は過小に報告してある。
ありのままを話さなかったのは、自分の利を確保するためだ。
木ノ島俊介からも情報を得ていた。
彼が言うには、指輪名は『フォーンブース』といい、任意の相手とテレパシーで会話できる能力とのこと。他の指輪と同様に、発動時間や距離が伸びるほど疲労は大きくなるが、数百メートル程なら容易らしい。真斗の『ブレイド』が操った血液は銃弾扱いなので5メートル制限にかかるが、『フォーンブース』のテレパシーはかからないようだ。
また、能力を発現するには、相手が『受話器』を持っている必要があるとのことで、『受話器』となる石を渡されていた。
石は、指輪の原料となった鉱石のかけらで、これがもう一つの支給武器ということだった。
一度簡単な言葉をテレパシーしてもらったが、脳に直接響くような感覚を味わった。戦闘性ゼロの能力だが、別行動を取る際に便利ではある。
身体を小刻みに震わせていた智樹の動きが止り、ふっと息をつく。
本来は、この三人の中では智樹が一番生命力があるはずだが、今は彼が最も困憊
している。無理な能力発動はそれだけ体力や精神力を使うのだろう。
どこか建物に入りなおして交代でちゃんと休んだ方がいいな。
そんなことを考えていると、頭の裏側にぴりぴりと電気のようなものが走った。
そして、「陣内、陣内。聞こえるか?」くぐもった不明瞭な声が届く。
普段の彼の声とは全く違って聞こえるが、木ノ島俊介が能力を使ったに違いなかった。
苔むした岩に腰掛けている俊介を横目で見やると、彼は腕を組み素知らぬ顔をしていた。智樹に聞かれたくない内容なのだろう。ポケットに入れていた鉱石のかけらをそっと握り締め、「ああ、聞こえるよ」と口に出さず答える。
「大事な、話がある」今度は、はっきりと俊介の声で聞こえるた。どうやら、『受話器』となる石にしっかり触れていた方が伝達はいいようだった。
『さっき、ためらった……?』先ほどの俊介の言葉、智樹の目を気にして竜を殺すのをためらったときに言われた言葉を思い出す。
木ノ島は、俺が優勝経験者だと知っている。
ぞっとするような憶測だが、そのときの俊介の顔色からすると間違いがないと思われた。優勝者だと、冷酷な殺人者だと知っていたからこそ、人殺しを躊躇ったことに意外を感じたのだろう。
「俺にも、大事な話が、ある」
ぶつ切れの言葉を送る。
しばらくの間をおいて、「陣内の、昔ことか」と返って来た。
ああ、やっぱり知っていた……。
真斗は曇天を仰ぎ、ぎゅっと目を閉じた。
「知っていたんだな」
送る言葉が震えていた。こんな精神状態でちゃんと伝わっただろうかと不安になっていると、「ああ」と小さく戻ってきた。
「でも、どうして?」
当然の疑問を返す。
その疑問に、俊介は思いがけない名前を返してきた。
「鮎川、霧子」
鮎川霧子は、黒髪が印象的な、さばさばとした気性の気持ちのいい女だ。真斗がクラスメイトの女子で唯一気軽に話せる相手でもある。寮祭の罰ゲームでキスをしたこともあり、そんなことが機になるのも恥ずかしい話だが、多少気になってもいた。
「鮎川がどうした?」
どうしていきなり彼女の名前が?
怪訝を隠せずにいると、「彼女、陣内を恨んでる」俊介の台詞が真斗の頭中で響いた。
「えっ」
思わず言葉を発してしまった。慌てて智樹の方に視線を送ると、智樹はうつらうつらと舟をこいでいた。これなら聞きとめられなかっただろう。
「気をつけて」
「ごめん。でも……どういうことだ?」
ややあって、更に意外な名前が続く。「室田高市」
室田高市。中学時代の真斗の親友で、前のプログラムで真斗自身が手にかけた相手だ。
唖然としている真斗に、俊介の次の言葉が届く。
「詳しいことは分からない。でも、彼女と室田高市の間に何か関係があったのは確かみたいだ」
「付き合ってたってこと? 好きあってたってこと?」
身体の向きをかえ、俊介を睨みつける。
抗議と言ってもよかった。
そんなわけが無いと声を出して言いたかった。
高市とは小学校からの付き合いだ。もちろん、すべてを明かし合っていたわけではない。運動部の高市と帰宅部を決め込んでいた真斗とでは、放課後の使い方も違った。だけど、高市が誰かに恋をすれば、誰かと付き合うことになれば、分からなかったはずがない。高市が話さなかったはずがない。
自信を持って、言えた。
「分からない。調べたけど、詳しいことは分からなかった」
調べた?
穏やかではない表現だった。
伝えはしなかったが、表情で読めたのだろう、遅れて「俺、彼女のことが好きだ」言葉が届いた。ほうっと温かい感情も流れてくる。
彼は少し照れくさそうな顔をしていた。
「好きだったから、彼女をよく見てた。そうしてるうちに、彼女が陣内を見ていることに気がついたんだ」
ここで、俊介は唇の端をゆがめた。
小石を広い、藪の中に投げ入れる。
「最初はさ、がっかりしたよ。好きになった子が別の男を見てるなんて、おもしろくないだろ?」
何も返せずいる真斗に、俊介の声が続く。
「でもさ、しばらくしたら分かったんだ。彼女の目は愛しい相手を見る目じゃなかった。憎しみの目だった。殺しても足りない相手を見る目だった」断言ともいえる感情。
ふと、木ノ島は過去に誰かが誰かを憎むところを見たことがあるんだろうか、と思った。そうでなければ、こんな風に言い切ることは出来まい。
ぶどうヶ丘高校の生徒たちは事情を持って入学している場合が多い。彼にも背負う何かがあるのだろうか。
「彼女の目があまりにも真剣だったから、心配になって……。色々調べたんだ。偶然の助けもあって、時間はかかったけどだいたいのところは分かった。彼女を問いただしもしたよ。もちろんはじめは否定されたけど……。とにかく、室田高市は彼女にとって大切な人だったみたいだ」
真斗は、ごくりと唾液を喉に落とし込み、続きを促した。
「それで、陣内がプログラム経験者だと知ったんだ。……彼女、恨んでる。室田高市を殺した陣内のことを恨んでる」
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