OBR2 −蘇生−  


028  2004年10月01日06時00分


<佐倉舞>


 沙都美がくつくつと笑った。そして、壁から細工鏡を取り、千佳の前に置いた。鏡に千佳が映る。
「あんた、痩せたいってずっと言ってたよね。ほぉら、痩せてるよ。あんたの願い通りだ」
 元々は過度の肥満だった千佳の身体は、すっかり縮んでいた。また、直接能力を流し込められた両腕は棒切れのようになっており、左わき腹はへこんでいた。痩せ細り、いびつに歪んだアンバランスで醜い体躯。あり得なく、そして女として恐ろしかった。
「あんたは!」
 唐突に、沙都美が声を荒げた。
「あんたはっ、私を笑った! この私を!」
「許して……。謝るから……お願い、殺さないで……」
「……許す? あんたは、私のプライドを傷つけた。この私のっ。そんなあんたを誰が許すもんか!」
 銃弾を受けた沙都美とて軽傷ではない。彼女の足元には赤い血の池が広がりつつあった。能力を維持できなくなってきたのか、痩化が緩んでいた。
 しかし、このままでは舞も千佳の傍杖を食う。
 早く……、早く。 

「あんたは、醜く痩せて、ミイラみたいになって、死ぬんだ」
 今度は低く抑えた声だった。
 と、舞 の胸に漠としたざわめきが起こった。
 なんだか、自分に向けられた言葉のような気がしたのだ。
「沙都美……?」
 押し出した言葉に答えるかのように、沙都美が振り返る。その双眸には濃い怒情が滲んでいた。
「そう、舞、あんたが、死ぬんだ」
 吐き捨てるように沙都美は言い、鏡の向きを変えた。
 映る、自分の姿。身体中の肉を失なった自分の姿。床に横たわる自分の姿。醜く痩せた自分の姿。これも怖いもの見たさなのだろうか、目を離すことが出来ない。
「さとみ……」
 漠としてた不安感が鮮明な感情に成長し、胸の奥が掻き立てられる。心拍があがり、ドラムを叩くような音が舞を包む。そして、身体の底の底から、恐怖心がせり上がってきた。
 それとは逆に、勝利に酔っていた、陶然としていたはずの心が地に落とされる。
 アタシか? 死ぬのは千佳ではなく、アタシなのか?
 頬に冷たい感触が走った。沙都美の手が触れたのだ。それを契機に、もう一段階落とされる。奈落に落ちていくような恐怖を舞は感じた。
「さとみぃぃぃっ」
 深く暗い恐怖が、最期の感情が、痩せ細った舞の身体に満ちた。

  


<牧村沙都美>


 沙都美はゆっくりと床に座り込んだ。腹部から流れる血が、自分の周りにとろっとした赤い池を作っている。むせ返るような血の匂いがした。
 見やると、舞は大きく目を見開いて死んでいた。骸骨のような、ミイラのような舞の姿。彼女の性根にふさわしい醜い死骸だった。
 許すと思った?
 沙都美は一人ごちる。
「許すと思った? ……あんたは、私を笑った。この私を笑った。……それなのに、私があんたを許すと思った?」
 舞は大きな思い違いをしていた。
 沙都美のプライドを傷つけたのは、千佳に裏切られていたという事実ではなかった。その事実を告げたとき、舞が彼女を笑ったことだったのだ。よりにもよって舞に、大嫌いな舞に告げられたことが、その際に嘲け笑われたことが、我慢ならなかったのだ。
 だから、沙都美は、舞に考えうる限り最大限の恐怖を与えることにした。
 能力の説明をし、何が起こっているのか理解させる。
 能力の恐怖を十分に味あわせる。
 一度は勝ったと思わせ、助かったと安心させ、落差の恐怖を味あわせる。
 そうでもしないと気がすまなかったのだ。

「う……わ……」
 千佳 ががくがくと身体を震わせている。
 スカートは脱げ落ち、下着が見えていた。失禁したらしく、下着は濡れている。
「ごめんなさい。……ごめんなさい」
 唇からあぶくのような唾液をこぼし、涙を流し、千佳が繰り返す。
 そんな千佳に、沙都美は唐突な言葉を投げかけた。
「一緒にご飯を食べたよね?」
「え……」
「一緒に映画を観にいったよね」
 千佳は言葉を失う。
「私の部屋で何度もお泊り会、したよね。アイドルの話をした。好きな音楽の話をした。男の子の噂話。先生の話。クラスの女子の悪口。お菓子の話、化粧品の話……。千佳、言ってた。私とおしゃべりすると楽しいって、一緒にいると楽しいって、言ってた」
 銃で撃たれた傷は深く、目の前が暗くなってきた。
 すでに能力は解除していた。千佳の身体が徐々に元に戻っていく。死んだ者は影響が消えないらしく、舞は痩せこけた姿のままだった。

「……嘘、だったのね。全部、嘘だったのね」
 不思議に、千佳に対して怒りを感じなかった。
 ただ、悲しかった。
 彼女と過ごした日常が、輝いて見えた日々が、まがい物だったと知り、悲しかった。
 友達だと思っていたのに。初めて出来た、ちゃんとした友達だと思っていたのに。
 中学時代まで女王タイプのリーダーだった沙都美には、取り巻きはいたが、友達はいなかった。そんな沙都美にとって、千佳は初めて出来た対等な友人だったのだ。

 憎かった。千佳ではなく、プログラムが憎かった。
 プログラムに巻き込まれなければ、知らずに済んだ。千佳のことをずっと友達だと思い続けることが出来た。
 何がいけなかったのだろう。私の何がダメだったんだろう。何がダメで、私には友達ができなかったんだろう。冷たい。床が冷たい。千佳、舞、菜摘。お腹すいた。あったかいスープ。おにぎり。銃。火薬の匂い。血、血、赤い血。プログラムがなければ、こんな情けない気持ちにならずに済んだ。
 意識と感情が混濁していく。

 と、ばたんっと大きな音がし、出窓が開いた。少し風があるらしく小雨が降り込んでくる。
 窓をふさいでいた誰かの能力も解除されたらしい。
 顎先をつっと上げ、沙都美はかすれた声を出す。
「行きな」
 思いたかった。
 彼女と過ごした日常に、ほんの少しでいいから真実が混じっていたと、思いたかった。
 能力は解除したが、千佳の戦意は失われたままだ。殺そうと思えば殺せた。最後の力を振り絞れば彼女を殺すことは出来た。だけど、殺さなかった。殺せなかった。
 騙されていたのに。彼女に陥れられたのに。

 開いた出窓から降り込む雨のしぶきがかかり、上気した頬を冷ましていく。血の匂いが窓から逃げ、代わりに、雨に濡れた土と草の匂いが入ってきた。
 そして、緩やかな死が沙都美に訪れた。



−佐倉舞・牧村沙都美死亡 11/17−


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佐倉舞 

鷹取千佳らと親しかった。
『黄金の七人』
どんな鍵でも開けることができる。戦力はない。
鷹取千佳
グループのリーダー格だった。
牧村沙都美
プログラム優勝者ではないかと噂になったことがある。