<佐倉舞>
『開始から6時までの死亡者は、和野美月、井上菜摘、堀田竜。出発前に死んだ高熊修吾とあわせて、まだたった4人だ。どうした、お前たちはもっとできる子たちだろう。どうして、ベストをつくさない?』
拡張機が近くにあるのか、独特の金属的な歪みはあるものの、宇江田教官の声が大きく鮮明に聞こえた。
追加された禁止エリアは、7時からB−1、9時からB−5、11時からE−5だったが、これを聞き終わる前に、
「ええっ、菜摘……」
親しくしていた井上菜摘(真斗が殺害)の死に動揺した鷹取千佳 がわっと泣き出す。
あーあ、まぁた始まった。
キャンプ場管理等棟の大広間、木目麗しい大テーブルの上に座り、抱えた膝の中に顔をうずめていた佐倉舞
は、泣き崩れる千佳の巨体を盗み見、呆れ顔をした。
もちろん、表情を他の誰かに見られないように注意はしている。
赤茶けたショートカットの髪。上向き加減の鼻に、白くつるりとした頬、二重の大きな瞳、小柄な身体。
舞は、菜摘ほどではないがそれなりの容貌だと自認している。
「ど、どうして、こんなことにっ」
ヒステリックな千佳の涙声が、広間に渡る。
舞はさらに呆れた。
ばっかだなぁ、プログラムなんだから、どんどん死んでくのは当然でしょ。
なおも泣き続ける千佳を、もう牧村沙都美
は元気つけようとはしなかった。
嫌っているはずの自分の言葉をどこまで信じたか定かではないが、悲しむ千佳を慰める気がおこらなくなる程度には、効いたらしい。
沙都美は、すらりとした長身を強張らせ、黒縁眼鏡の奥の双眸をぎゅっと閉じていた。
恐怖からか、プログラム優勝者だという噂を撒いたのが千佳だと聞いたショックからか、彼女の心がざわめいているのはよく分かった。
野口志麻
は相変わらず「春奈、春奈」と友人の村木春奈の名をぶつぶつと呟くだけ。
黒一点の仲谷優一郎
は半ば放心状態だ。
同じグループだった鷹取千佳、牧村沙都美。普段付き合いのなかった野口志麻、仲谷悠一郎。そして、舞。
管理棟に立て篭もったこの5人の中で、舞が一番落ち着いていた。一番現実を見ていると言い直してもいいだろう。
プログラムは始まった。
会場から逃げ出す手立てもない以上……過去にただ一度だけ脱出例があるらしいが……腹をくくるより他ないのだ。
しかし、舞の支給武器は、キーホルダーと指輪『黄金の七人』
だった。指輪は、どんな鍵も開けることが出来ると、シチュエーションによっては大いに使い道はあるものの、戦闘性は皆無だった。
武器はない。小柄で非力な体格。最大限の努力はするが、命を落とす可能性は高い。
だが、このプログラムでは、優勝者は一人生き返らせることができる。
舞はこの特殊ルールに光を見出し、自分が死んだときの保険として使えないだろうかと考えていた。
しかし、ここでも彼女は現実を見る。
……自分を生き返らせてくれる人間の心当たりがない。
これまでの人生を否定するような、顔をしかめたくなるような推測だが、事実だった。
日ごろ親しくしていた井上菜摘、鷹取千佳、牧村沙都美。
菜摘はもう死んだし、仮に優勝したとしても、あの子は陣内真斗を選んだに違いない。あの子は陣内を好いていた。
千佳。入学後半年という短い付き合いだけど、同室のアタシは千佳のことをよく知っている。千佳が生き残った場合、生き返らせるのは、たぶん和野美月だ。和野は資産家の娘だ。謝礼目当てに和野を選ぶに違いない。千佳はそういう女だ。
沙都美はアタシのことを嫌っているし、それがなくても、彼女は千佳を選んだだろう。
情けなく、惨めな気分だった。『……日ごろの人間関係をうまくやってた奴は有利だな』プログラムルール説明時の宇江田教官の台詞を思い出し、さらに意気を落とす。
如才なく友達付き合いをしてきたつもりだったが、舞は、誰にとっても重い存在になれてなかったことを嫌というほど思い知らされていた。
まぁ、落ち込んでいたって始まらない。それに、アタシの顔なら、アタシのことをひそかに好いていた男がいてもおかしくないし……。
無理からに冗談めかした思考をし、舞はふっと笑みを浮かべた。
笑みを浮かべる余裕があることを確かめる意味もあった。
ここで、舞はいいやと頭を振る。
だめだ、そんな不確定な救いの糸にかけて待ってちゃいけない。動かなきゃ。動いて、生き残る目を少しでも増やして、アタシは生き残るんだ。
舞は、牧村沙都美が一番御しやすいと考え、声をかけていた。
沙都美は、頭はいいのだが、クラスリーダーの座を取るにしても何にしても、愚直なほどに正攻法だった。正義感や倫理観が特別強いようには見えないので、おそらくは、ただ単に彼女の高いプライドがからめ手を拒むのだろう。
良く言えば誇り高い。悪く言えば単純。
嫌われてしまっているけど、一番扱いやすいのは彼女だ。
舞はそう判断した。
だから、沙都美のことを少し煽ててから「アタシたち、組まない?」と声をかけた。これは失敗した。たっぷりの皮肉とともに拒まれてしまった。
他のメンバーに比べて落ち着いているとはいえ、舞もそれなりに恐怖し緊張していた。しまった、攻め方を誤ったと、下唇を噛んだものだ。
だけど、舞には奥の手があった。沙都美がプログラム優勝者だという噂を撒いたのは、千佳だという事実だ。
これは、本当だった。もっとも、舞自身も手伝ったのだが。
舞もまたグループで生きてきた女だったが、沙都美や千佳と違ったのは、彼女は常にグループの二番手を狙ってきたとことだった。
リーダーは気苦労が多い、その他大勢になればイベント時に寂しい思いをすることもある。二番手というポジションが一番おいしいし、自分の性格にもあっている。
だから最初は、早期にクラスの中心となった沙都美に近づいたのだが、付き合っていくうちに彼女の愚直さに危険を感じるようになってきた。
このタイプは足をすくわれやすいし、そうなると一たまりもない。
そして、実際に同室の鷹取千佳が、沙都美の足をすくおうとしていることにも気がついた。千佳も沙都美と同じくリーダー気質で、リーダーを先にとられたことを憎からしく思っていたのだ。
千佳は、沙都美などよりもよっぽど世慣れていたし、正攻法にこだわるような正直者でもなかった。
遅かれ早かれ沙都美の船は千佳の手により穴を開けられるだろうと予測できたし、一緒に沈没するだなんてご免だった。
さてどうしようかと考えあぐねているところに、千佳が声をかけてきたのだ。
断る理由などなかった。
断れば、沙都美と一緒に沈没だ。面白おかしい学園生活を送るためには、千佳に乗るしかなかった。
人が集まればグループができる。グループができれば政治ができる。政治に情けは無用だ。世の中、上手く立ち回った者が勝つ。
沙都美を突き落とす手立てとしては、ぶどうヶ丘高校の特性を生かし、彼女にプログラム優勝者の汚名を着せることにした。
これは、千佳の案で、千佳は「うちの学校らしくていいでしょ?」と笑っていたものだ。
恐ろしい女だと思ったし、だからこそ、ついて行ったのだが……。
泣き咽ぶ千佳を、煩わしげに見やる。その身体には以前のような威圧感はなく、一回り小さく見えた。
……なんだ、あんた弱いんじゃん。期待はずれ。ほんと、期待はずれだよ。あんたは、用無し。あたしは、沙都美に乗り換えるよ。
苦しめられた噂の元を知り、沙都美は千佳に不信感を抱いているようだ。
まずは、これでいい。まずは、彼女たちの関係に楔を打つ。
沈みかけた船からネズミは逃げさると言う。舞は沙都美から逃げ千佳から逃げ、そして再び沙都美に寄生しようとしていた。
そこには一片の迷いもない。
舞は考える。
……仕方ないでしょ。アタシ、頭もよくないし、運動神経もよくない。運にも見放されて、支給武器もいまいちだ。じゃぁ、やっぱり。やっぱり、いつものように誰かを頼らなきゃね。
*
と、「あ……」漏れ落ちる小さな声がし、舞の思考は中断された。
声の元は、仲谷優一郎だった。小太りな身体を制服で包み、出窓を背に立ち尽くしている。腕はまだガラス化されたままだった。また、その顔には深い疲れが見え、ふっくらとしてたはずの頬はこけていた。顔色も悪い。
優一郎は一点を凝視しており、がくがくと膝を震わせていた。
追った視線の先には大時計があり、その陰に野口志麻の姿があった。
舞は、野口志麻とはほとんど付き合いがなかった。
志麻は、同室の村木春奈と仲が良かった。大人しい春奈が気の強い志麻を頼っている風で、その関係は鮎川霧子と井上菜摘のものと似ていたが、志麻たちは極端で、他のクラスメイトと交流しようとはしなかった。拒絶していると言ってもいいくらいだった。
そういえば、最初の頃は村木も仲間だったな。
ふと思う。
入学当初、村木とは同じグループだった。いつのまにか、野口志麻とべったり一緒になってしまったけど……。
どうやら、優一郎は志麻を見ているらしい。舞の位置からは大時計が邪魔になって志麻の様子がよくみえなかったので、身体をずらし覗き込む。
そこには、やはり疲れた表情をした志麻の姿があった。
なんだ特になにもないじゃないかと視線を落とし、遅れて、はっと息を呑んだ。
驚きとともに立ち上がる。
その拍子、壁にかけられた細工鏡に自分の姿が映った。そして、異変に気がついた。今まさに、自分たちに起きている異変に。
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