OBR2 −蘇生−  


025  2004年10月01日06時00分


<堀田竜>

    
  アスマの眉が寄り、ぎゅっと拳を握り締めた。
 奪い返した主導権が再びアスマへと移ろうとしているのが分かった。負けじと力を込める。
 アスマと竜の意識下で、決死の綱引きが行われた。
「……実験」
 額に汗を滲ませる、アスマの低く抑えた声。
 無言を返すと、アスマは唇の端をゆがめ、言った。「これは、実験だ。君のように、力の強い、意志の強い相手を操れるか、実験だ」
 さらに続ける。
「ずっと、凄いなって思ってんだ。僕と高熊くんに君は引きずられなかった。君は、君のスタンスを守り続けた。仲間の行動に、つられなかった。……僕は、君の意志の強さが、好きだったんだよ」
「アスマ……」
 心配げに、秋里和が声をかける。
「和ちゃん、大丈夫だよ、危ないから下がってて」
 思いがけず優しい声でアスマが言った。
 鮎川霧子は微動だにせず、遠巻きに様子を伺っている。

 ふっと気が緩んだ拍子、綱引きの綱が、アスマの元に手繰り寄せられた。
 竜の右腕が拳を握り、体心を殴りつける。とっさに能力を解除したため、アバラ骨を折るに留まった。解除できてなかったら、瀕死の状態になっていただろう。
 ……いや、今だって十分重症だけど。
 こんなときながら、皮肉めいたことを考える。
 折れた骨が肺に突き刺さったらしく、吐血するとともに、喉元からひゅーひゅーと荒い息がもれた。
 己の精神が弱っていくのが分かる。
 能力戦は、プログラムの戦いは、精神力の戦いでもある。より強く、生き残りたいと、負けたくないと思った方が勝つ。
「祈りなよ」
 もう一度、アスマが言った。

「……い、言う、もんか」切れ切れに声を押し出す。助けてと言えば、助けてと神に祈れば、「神様なんて、いないよ」というアスマのいつもの台詞を引き出すことになる。
 最後のプライドをかけ、竜は口をつぐんだ。
 すでに身体から力は抜けている。このまま殺されるのは、目に見えていた。
 オレは、死ぬのだろう。だけど、誰が。誰が、お前の思い通りになんてなるものか。身体は操られたけど、心はオレのものだ。
 下唇をぎゅっと噛み締めた。唇が切れ、鉄臭い味が口腔に広がる。
「……神様に」
「え?」思わず、訊き返してしまった。
「僕は、一度神様になってみたかったんだ」
 どこかで聞いたような台詞だ。
 
 すぐに思い出した。「僕は、一度神様になってみたかったんだ」。プログラム開始直前、高熊修吾を殺したときのアスマの言葉だ。芝居がかった、およそ現実味のない台詞。
「僕は、神様になるよ」アスマが言い直した。
「いったい……」
 疑問を口に出す力すらせてしまった竜に代わるように、鮎川霧子が割りこんだ。
 アスマはゆっくりと首を動かし、霧子を見やった。
「だって」
 そして、詩のような、哲学のような答えを平坦な声で言い放った。
「だって、そうでしょう? 優勝者は一人生き返らせることが出来る。……まるで、神様みたいじゃない? 蘇生。最大の福音。天使のさえずり。僕は、神になる」
 
 不可解なアスマの言葉に唖然とすると同時、竜の中で何かが壊れた。
「……たす、けて」 
 困憊した竜は、すでに屈辱すら感じることが出来なかった。
 ただ、死にたくなかった。ただ、この狂おしい痛みから解放されたかった。
 そんな竜をアスマは満足げに見下ろし、冷ややかに耳打ちする。
「だーめ」
 深い絶望に竜は覆われた。そして、赤く黒く滲む視界の向こうに、銃を構えたアスマが見えた。濁り行く竜の双眸に最後に映ったのは、目を細め恍惚の表情を浮かべるアスマの姿だった。



−堀田竜死亡 13/17−


<鮎川霧子>


 ……実験か。
 額を撃ち抜かれた堀田竜の遺体を弔いながら、鮎川霧 子は嘆息ついた。
 深沼アスマの能力名は『天使のさえずり』 だ。触れた部位を意のままに操ることが出来る。しかし、本当ならわざわざ堀田竜を操る必要などなかったのだ。
 ただ殺したいのなら、秋里和の能力、『裏窓』 を使って出来たワープホールで5メートルの規制を越え、銃を撃てばいい。
 しかし、彼はそうしなかった。
 実験という言葉が表すとおり、アスマは己の能力のほどを確かめたかったのだろう。
「彼の死を悼むの?」
 意外そうにアスマが言う。
「ええ、そうよ。人は強くない。誰かを殺せば、亡者の幻覚に悩まされるわ。だから、自分に言い訳するの。……弔ったから、大丈夫。死体を整えたから、大丈夫って」
 出来る限り経験者を装い、もっともらしいことを霧子は言う。
 むせ返るような血の匂い。もちろん、人が死ぬ場面を見るのも、亡骸に触れるのも初めての経験だ。ともすれば震えそうになる身体を必死で押さえつける。すべては、生き残り、陣内真斗を殺すためだ。

 これに、アスマは虚を突かれたような顔をした。そして、真摯な表情が続く。
「なるほど……」
 意外だな……。
 素直に従う彼の背中を見やり、霧子は思った。
 竜の亡骸に手を合わせるアスマの両手が小刻みに震えてることに、さらに意外を感じる。
 残虐なのに、弱い。なんなんだ、この男は?
 何気ない台詞が、人を傷つけた後うなされるアスマにとって存外に意味のある言葉になったことに、霧子は気がついていなかった。

 ……ふと思い立ち、小さく声を押し出した。
「陣内……」
「え?」
「陣内、真斗も、プログラム優勝者よ」
 アスマの興味を真斗にも向けておいた方がいいと考えたのだ。真斗の不利条件は多ければ多いほうがいい。
 一瞬間、沈黙があたりを支配した。そして、その沈黙を破るように、アスマが「へぇ、それはいいことを聞いた」笑った。
 霧子は立ち上がり、アスマを正面から見据えた。彼は、すでに平心を取り戻していた。なお笑顔は残っている。甘く、それでいてぞっとするような笑みだった。

 

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堀田竜 

高熊修吾らと悪さをしていた。陣内真斗を襲ったが、機転を利かされ、退けられた。
『アストロボーイ』
腕力を強化する。