<堀田竜>
事後処理に関しても、アスマは不可思議だった。
それまでは行き当たりばったりに相手を選び、街中の物陰で暴力を振るっていたため、ときには警察のやっかいになることもあったのだが、アスマが加わってからは事の運びが慎重になった。
家出少年少女。
繁華街やスラム街をたむろする半端者たち。
彼らを狙うのは、突然姿を消しても捜索願がでないと予想されるからだ。素性を偽り借りたレンタカーで、人里離れた山奥に連れ込む。そうすれば、目撃者が出る心配が減るからだ。
警察に届けないように十分に脅しつけてから被害者を開放するのだが、念のために、キャップを目深に被り、サングラスもかける。車から足がつくことも無いようにしている。
すべて、アスマの指示だ。
それだけ慎重に事を進めているわりに、アスマは不用意に事を口に出す。それも、オーバーにだ。
高熊たちは、スナッフビデオ……人殺しのシーンを撮影したビデオのことだ……の製作をしている。
とんでもない嘘の噂だった。
修吾たちの暴力は、人を殺すことを目的にはしていない。山中に捨て置くため、もしかしたら中には命を失った者もいたかもしれないが、証拠となるビデオなど撮るわけもなかった。
問題は、その噂を撒いたのが、慎重な指示をする当のアスマであることだ。
不安定で不合理で不可解。残虐なのに弱い。彼は、物語にでてくるようないわゆる二重人格者ではないはずだ。残虐さも脆弱さも間違いなくアスマのものだ。
矛盾……誰しも矛盾はあるだろう。
修吾とて残虐一方ではない。
竜は、修吾が故郷の母親……父は幼い頃に亡くしたらしい……のことを気にかけていることを知っていた。
母親の方も、東京に出した一人息子、プログラム優勝者という事情を抱えたわが子のことを思いやっており、時折電話をかけてきているようだった。
修吾は母親からの電話に煩わしそうな顔をしていたが、それでいてほっとしたような表情も見せていた。修吾は、母親を気遣うその一方で、人を殴る。
しかし、アスマは矛盾の度が過ぎた。
そんなアスマを、修吾は気に入っているようだった。「あいつは、なかなか面白い素材だな」そんな風にも語っていた。
だが、竜にはアスマの不安定さが薄気味悪かった。
なのに、どうして。
そう、なのに、どうして、オレは修吾を殺したのだろう。
プログラム説明のあと睡眠ガスがまかれたとき、竜はアスマに「高熊くんを押さえておいて」と耳打ちされた。言われたとおりに修吾を羽交い絞めにし、自由を奪った。
そして、アスマが修吾の首筋を切り、殺したのだ。
あのとき竜は、アスマが何をするつもりなのか分かっていた。
分かっていたのに、補佐してしまった。
直接手を下したのはアスマだったが、自身もまた同罪であると、竜は感じていた。
竜には修吾を殺す理由などなかった。むしろ、殺してはいけない相手だった。
優勝者は、一人生き返らせることができる……このプログラムで生き残るのは実質二人だ。
つまり、二人組で戦った方が何かと都合がいい。そのパートナーとして信を置けるのは、竜にとって修吾ただ一人だった。
修吾とアスマの組み合わせはありえる。修吾はアスマのことを気に入っていた。
しかし、竜とアスマの組み合わせはありえなかった。
なのに、どうして……。
ふと、自分が丸腰であることに気がつく。
支給武器の木材は、診療所の天井に刺さったままだ。ディパックは外に置いていたので持ってくることは出来たのだが……。
まぁ、いいや。現地調達。
竜は少し苦笑いをすると、しゃがみ込み、膝立ちをした。
そして足元の枕木に手をかけ、力を込める。能力『アストロボーイ』を発動させると、いともたやすく枕木を折り取ることができた。
通常ならば、何か道具が必要なところだろう。
だた腕力を増強するだけの能力だが、単純なだけに使い勝手はいい。
ゆっくりと立ち上がり、枕木を軽く振り、感触を確かめる。
当座はこれでいいだろうと満足げに微笑んだそのとき、竜の背筋に何か冷たいもの駆け上がった。後方から禍々しい気配を感じる。
勢いよく振り返る。
……線路脇の高台に、朝陽を背にした深沼アスマ
がいた。
痩せた中背、耳にかかるくしゃくしゃの猫毛。目じりがくっと下がる双眸。太陽光を受けているにもかかわらず、彼から黒い空気が滲み出ているように見えた。
圧迫感に肌がぴりぴりとする。
ああ、ヤバイときのアスマだ。「神様なんて、いないよ」と言うときのアスマだ。
汗が、額から顎先にかけてつっと流れた。
「おはよー」
身構える竜に、アスマが軽い調子で声をかけてきた。
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