<堀田竜>
診療所での戦いから一時間と少し、堀田竜は線路
の枕木を踏み歩いていた。エリアとしてはCの2になる。
東の空が白々とし始めいた。空は高く、空気は冷たかった。
線路が走っているのは、この辺りでは低地になる。
線路の東側は、しばらくなだらかな平地が続くが、その先は急な登り勾配の斜面になっており、遠目に木々の生茂った崖のようなものが見えた。
斜面の上には銛王湖があり、更にその先は海になっているはずだ。
先ほど陣内真斗に撃たれた傷は、幸いにして浅かった。
弾は左上腕をかすめ、幾らか肉をもぎ取られるに留まった。ただ、止血は素人ではなかなかうまくいかず、腕は朱に染まっていた。
中等部にあがる頃にはすでにいっぱしの不良で、喧嘩ばかりしていた竜のこと、怪我にはなれていたが、さすがに銃撃をうけたことはなかった。
じんじんと腕が痛み、顔をしかめる。
しかし、耐えられないというほどではなかった。痛みはするが自由が効かないと言うこともない。
よし、まだいける。まだオレは戦える。
一人頷き、進む脚を強める。
……陣内、か。
先ほどの戦い、全体としては圧していたが、要所要所で手玉に取られた感は否めない。
診療所には井上菜摘の死体があった。
殺したのは、間違いなく陣内真斗
だろう。井上菜摘が彼に好意を抱いていたことは知れている。おそらくは抵抗も何もしなかった女の子を、自分のことを好いていた女の子を、陣内真斗は殺したのだ。
……同じ立場にがなったとき、オレは同じことが出来るだろうか。
竜はまだ誰かと生身の付き合いをしたことはなかったが、中学時代、不良仲間の女の子に好かれたことはあった。
オレは、あの子を殺すことが出来るだろうか。
自信はなかった。
例え、相手のことをさほど思ってなかったとしても、やはり自信はなかった。
竜はプログラムに乗るつもりだったし、女子生徒でも容赦なく殺すつもりでもあった。しかし、その相手が自分を好いている女の子となると、迷うだろう。
オレはアイツほどには冷血になれない……。
竜は、普段の真斗を思った。
黒縁眼鏡をかけた理知的な容貌、成績はよく、頭の回転もはやいようだった。大人びた性格で、大人しいと言うよりは、クールな印象。竜は、彼が声を上げて笑うところをみたことが無い。
ゲームに乗る。
生きるために、割り切ってクラスメイトを殺す。
彼ならば大いにありえることだ。
実際、井上菜摘を殺したようだし、自分が襲ったとき、躊躇
うことなく応戦してきた。
真斗に銃口を向けられたとき、竜は死を覚悟した。
あのタイミングと位置、真斗が普通に引き金に力を込めれば、脳漿をぶちまけて死んでいただろう。だが、真斗は最後の最後に躊躇した。
どうして、アイツ、迷ったんだろう?
当然の疑問を竜は抱く。
……オレを殺すこと自体には迷いは無かったはずだ。何か別の理由でアイツは迷った。それで、オレはこうして生き残っている。
負けを認めることは悔しかったが、事実なので仕方がなかった。
*
堀田竜は千葉の生まれだ。喧嘩に明け暮れたために、地元には居辛くなり、親との関係を失い、ぶどうヶ丘が高校に進学することになった。
ぶどうヶ丘高校で一番最初に親しくなったのは、同室の深沼アスマではなく、高熊修吾(アスマが殺害)だった。
修吾はプログラム優勝者であることを公言しており、他のクラスメイトは遠巻きにしていたが、そんなことは、竜にとっては些細な事実だった。
重要だったのは、彼もまた喧嘩が好きだということだった。
一緒に盛り場や新宿のスラム街に繰り出し、適当に相手を見繕って暴力を振るう。向こうが逆らわなければ、金品を頂戴し、放免。逆らってくれば、さらに痛めつける。
竜は体格がよく喧嘩慣れしていたし、道場に通っていた修吾はさらに強かった。
時には負けることもあったが、それは己たちが相手よりも弱かっただけのこと。理由と結果がはっきりとした世界の水は、小難しいことが嫌いな竜に合った。
しかし、そこに深沼アスマ
が加わってき、一変した。
それまでは、少なくとも竜にとってはただの不良学生同士の喧嘩だったのだが、にわかに犯罪色が濃くなった。
まず、怪しげなレンタカー会社から車を借り受け、繁華街で獲物に声をかける。
竜たち三人はまだ免許取得年齢ではなかったが、アスマがどこからか偽の免許証や身分証を手に入れてきたのだ。
獲物が男のときは道を聞くそぶりをし、女のときはナンパを装う。
スタンガンで相手を気絶させ、人里はなれた山に連れ込み、そして、執拗な暴力が始まる。
主に暴力を振るうのは、修吾だった。
それをアスマがにこにこと笑いながら、眺める。
竜は、一般人を襲うこと自体には何ら疑問を抱かない。
繁華街やスラム街の近辺を無警戒に歩く方が悪いのだ。見ず知らずの男たちの車に乗り込む女が悪いのだ。
竜独特の倫理観は、一般人を傷つけることを許容していた。
だが、戦意喪失した者をさらに痛めつけるというのは、竜の趣味ではなかったし、そもそも彼らは、竜の戦いたい相手ではなかった。
竜が望むのはあくまでも拳と拳をまじえる拳闘であって、純粋な暴力ではない。
何度かやめようと諭したのだが、修吾は、弱者をいたぶる征服感にすっかり酔ってしまっていた。
深沼アスマは……不可思議な男だった。
彼自身が手を出すことはほとんどない。彼の出番は、最後だ。いよいよ獲物が精根尽き果て気を失う、その間際に、彼は身を乗り出し、言う。
「祈りなよ」
突然の言葉に被害者が怪訝な顔をすると、アスマはにこにこと笑いながら続ける。
「祈りなよ、神様に助けてって祈りなよ。そしたら、助けてあげる」
被害者たちは彼の芝居がかった台詞に疑問を抱きながらも、「助けてあげる」という言葉に最後の望みをかけ従うが、そこで、アスマは恍惚の表情で宣言するのだ。
「……神様なんて、いないよ」
そして、暴力は続く。
おそらくは相手の絶望感を煽ろうとしているのだろうが、何事もシンプルを旨とする竜には、随分と回りくどいことをするな、と感じられたものだ。
プログラム優勝者と触れ合いたくて。アスマの入学理由だ。
彼は、誰かが傷つくところを見るのが好きなのだろうか。誰かが絶望するところを見るのが好きなのだろうか。内なる残虐性を満足させるために、修吾に近づいてきたのだろうか。
行動を共にする度に深まる疑問。
しかし、アスマと同室の竜は、よく知っている。
糸の様な双眸をさらに細くした笑み、常に余裕が伺える表情。
そんなアスマがどうしようもなく弱るときがある。
彼は時折夜うなされる。うわごとで呟く「許して、許して」「神様、神様」という言葉。二段ベッドの下段で眠る彼の身体はぐっしょりと汗で濡れる。
ときに、耐え切れなくなるのか、アスマは幼馴染の秋里和
を呼ぶ。
飛んできた和に抱きかかえられ、頭を撫でられ、何度も何度も「大丈夫だから」と声をかけてもらって、やっとで眠りにつくのだ。
許しを請うのならば、最初から暴力など振るわなければいいのだ。神に救済を祈るのなら、どうして被害者たちに「神様なんて、いないよ」などと言うのだろう。
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