OBR2 −蘇生−  


020  2004年10月01日04時00分


<陣内真斗>

      
 堀田竜 は一言も発しなかった。
 にやりと笑った表情そのまま、前のめりに突進し、木材を振りおろしてくる。真斗はそれを丸椅子で受けた。……受けた瞬間、冗談事ではなく、真斗の身体が吹き飛んだ。薬品棚に背から激突し、うう、とうめく。
 棚のガラス戸が衝撃で割れ、真斗の身体に降り注いだ。
 心拍が上がり、腕がじんと痺れた。
 見ると丸椅子の脚がぐにゃりと曲がっている。いくら竜の体格がよく力があるからと言っても、これは異常だった。
 目を見開く真斗を見下ろし、竜がかかかと豪快に笑った。
「……アストロボーイ。腕力をあげることができる。……俺向きだろ?」竜はそう言い、上着を脱いだ。筋肉が肥大しているのがよく分かる。
「シンプルがいい」
 次いで出る言葉。
「え?」返した反問に、「複雑な能力をもらったって、使いこなさなければ意味がねぇ。シンプルな能力が最強だ。……そう思わねぇか?」と被せるように続ける。
 
 能力を明かすことにメリットはなかった。力や武器を手に入れると、無意味に顕示したくなる輩がいる。竜はそのタイプなのだろう。
 懐が浅い分、やり易い相手ではあったが、竜の言うことにも一理あった。
 使いやすいシンプルな能力、しかも使うことにためらいがない。 
 真斗は起き上がると、掴んだガラス片を竜に投げつけ、その隙に駆け出した。目指すのは、診察室からの出口だ。狭い室内、肉弾戦になれば、得物と力を持った竜が圧倒的に有利だった。
 退避するべきだと判断した。

 後一歩で出口のドアというところで、真斗は何かが風を切る音を聞いた。
 本能的に頭を下げた瞬間、頭の上を何か大きなものが横切り、ドアに激突した。
 さらに心拍があがる。それは、ロッカーだった。学校の更衣室にあるような粗末なロッカーだが、人が投げられるような重さではないはずだ。『アストロボーイ』、 腕力を強化する能力のようだが、どれほどまでなのか……。
 直接打撃をうけたときのことを思い、背筋を凍らせていると、竜はもう一つのロッカーに手をかけた。思わず、目を瞑る。それは、菜摘を仕舞い込んだロッカーだった。
 菜摘の体重が付加されたロッカーをものともせず、竜が投げつけてくる。
 ロッカーの扉が途中で開き、菜摘の身体が床に落ちた。
 その拍子に腹に刺さった包丁が抜けた。包丁が栓になっていたのだろう。血が溢れる。包丁はからからと音を立てて、ベッドの下に滑り込んだ。

 偶然か狙いか、出入り口がロッカーで封じられていた。退路を断たれた。
 荒い息を吐き脂汗をかく真斗を尻目に、「へぇ」菜摘の亡骸を見た竜が一人頷いた。
「陣内、お前も俺と同類か」
 違う、とは言えなかった。むしろ、好きだといってくれた女の子をためらいもなく殺した自分の方が邪悪なのかもしれなかった。
 上着のポケットから、菜摘の血を詰めたペットボトルを取り出す。
 ガラスで傷を負い、自身も血を流していたが、かすり傷程度で、出血量が足りない。
 『ブレイド』。 血液を操ることが出来る。
 プログラム優勝者、血塗られた過去を持つ自分には、無慈悲に井上菜摘を殺した自分には、似合いの能力だ。
 真斗は菜摘の血を操り、木材を振り上げた竜の手の平に流し込んだ。血でぬめった木材が竜の手から抜け、天井板に刺さった。
 意図どおりの結果に満足するよりも、木材が天井に刺さったことに恐怖する。
 信じられないようなパワーだった。一撃でも食らえば、多大なダメージを食うに違いない。


 と、扉の向こうで足音と人の声がした。
「真斗!」
 それは、城井智樹 の声だった。ロッカーの衝撃で歪んでいたのか、多少苦労しながらも出入り口の扉が廊下側に開く。「うわ」バリケードのようになっているロッカーを見て驚いたのだろう、智樹の戸惑い声が漏れてきた。
「陣内、大丈夫か? ……中の様子が見えないんだっ」
 こちらは木ノ島俊介 だった。
 智樹に診療所か銛王駅で待ち合わせようと言ったとき、彼も近くにいた。偶然やってきたわけがない。不自然に自分に近づいてきていた彼の普段を思い出し、真斗は顔をしかめた。
 ロッカーを蹴り動かそうとしているのだろう、廊下からガンガンと大きな音が聞こえる。
 ……中の様子が見えない?
 瞬間、真斗の思考が冴え渡った。
 ペットボトルに残っていた血を操り、竜にめがける。竜の目にかけると同時に、彼の裸の胸やズボンに、菜摘の血のりがついた。
 視界を奪われた竜がめちゃくちゃに腕を振り回し、殴りかかってくる。
 そのうちの一撃をもらい、真斗の身体が再び吹き飛んだ。
 左腕で受けたのだが、ばきっと骨が砕ける音がし、激痛が走った。今度はベッド側に飛ばされた。衝立ついたて がクッションになったため、壁への激突は免れる。
 目にかかった血を拭った竜がにやりと笑った。
「無駄だよ、無駄」

「真斗!」
 ギリギリのタイミングだった。完全に除けられないまでも、出入り口をふさいでいたロッカーの位置が動き、智樹と俊介の顔が覗いた。
 ロッカー越しに中の様子を見た彼らが、瞬時に状況を『理解』する。
 血まみれで倒れる菜摘、いかにも襲われている風情の自分、そして、血を浴びている竜。誰がどう見ても竜が菜摘を殺したと思うだろう。
 かけた血は、竜の視界を奪うことが目的ではなく、菜摘殺害を竜になすりつけることを目的としたものだった。
「よくもっ」
 折れた腕を逆手でさすりながら、かすれた声をぶつける。
 明らかに真斗サイドとなる智樹らの登場に多少の焦りを滲ませながらも、竜は「弱ぇのが悪いんだよ」と低い声で笑った。
 これも狙い通りだった。
 真斗の台詞を、竜は腕を折られたことに対してだと思ったらしい。しかし、菜摘の傷ついた身体を見たばかりの智樹らは、「よくも、井上を殺したな」という意味に取るだろう。
 直接的に「よくも井上を殺したな」と言えば、竜に否定されるおそれがある。それぞれの脳内保管を狙い、中途半端なところで言葉を切ったのだが、うまく行ったようだった。
 
 真斗は、菜摘についてはそれ以上何も言わなかった。
 無事、竜をやりすごした場合、後で智樹らに自分の能力を説明しなければならない。
 あまり竜が殺したと強調しすぎると、余計な疑念を抱かれる恐れがあった。のんびりとした性格の智樹は大丈夫だろうがが、一緒にいる俊介が心配だった。
 こんなときながら、呆れるほど冷静な自分を、真斗は自嘲気味に笑った。
 ふっと、プログラムが原因で別れた遠藤沙弓のことを思い出した。彼女は常に正しさを求める人だった。
 罪を人になすりつける戦略をとった自分を、彼女は許さないだろう。

 智樹の手には銃があった。ためらいながらも智樹が銃口を竜に向け、ロッカーの隙間から撃った。
 が、一瞬間早く竜が後ろにさがる。
 打ち出された銃弾は、竜の手間、空で止まり床に落ちた。
 それは、説明時に宇江田教官が披露して見せた現象の再現だった。『銃弾の類は、5メートル内だと効果を失う』この島で戦う上での大前提だ。
 竜の評価を改める必要があった。正直なところ、自らの能力に溺れる単純馬鹿かと思っていたのだが、距離を取るあたり、きちんと状況判断している。
 
「え、なんで?」
 智樹が疑問の声を上げると同時に、俊介が「5メートルか」と呟く。これで、一番最後に状況を理解したらしい智樹が、ああ、とため息のような声を漏らした。
 その間も、竜は真斗を襲ってきていた。そのパワーは体験済みだ。必死でよけるが、拳の風圧だけでも肌が切れるような感覚を味合わされた。
 狭い室内、避けるにも限度があった。
 突き飛ばされ、背中から倒れこむ。すぐに真斗の上に竜がのしかかった。
 竜の右腕を両手で掴むが、あっさりと跳ね除けられ、右頬を平手打ちをされた。無理な体勢だったのでさほど力を込められなかったはずなのに、頭蓋が吹き飛んだかのような衝撃を受ける。



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陣内真斗 

プログラム優勝経験者。優勝後、家族と関係を保てなかった。告白してきた井上菜摘を殺害した。
『ブレイド』
血液操ることができる。ある程度の成型も可能。体内の血液は操作できない。