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            <陣内真斗> 
 
 
 また、親との関係がうまく行っておらず、全寮制の高校に体よく厄介払いされる者多い。 
 真斗 
            は、その部類でもあった。 
 プログラムから帰ったら、父は死んでいた。 
 対象クラスに選ばれたと聞いたときに、政府関係者に食ってかかり、サブマシンガンの餌食になったのだ。かつて陣内家が住んでいたマンションの壁には、そのときの弾痕が今なお生々しく残っているはずだ。 
 
 母と姉は、真斗を腫れ物を触るように扱った。 
 遠からず、近からず。 
 それは、真斗の心情を慮ってのことなのだろうが、それだけではないはずだった。 
 強制的に福岡から横浜に移住させられた。 
 薬剤師をしていた母は病院をやめざるを得なかったし、姉は結婚が取りやめになった。 
 母や姉には次の職場が政府からあてがわれたのだが、母の先では息子がプログラム優勝者であることがどこからか知れており、居心地は決してよくないらしい。 
 ……姉には、当然のことだが、新しい婚約者は用意されなかった。 
 
 平穏な生活を壊した悪魔。 
 それは、真斗の被害妄想だけではないだろう。 
 現に、真斗は父親の墓を見舞うことを家族から禁じられた。「辛いだろうから」と母親と姉は言うが、その言葉の裏には「お前が殺したんだ」という本音が貼り付けられているように真斗は感じた。 
 東京の全寮制高校に進学すると言ったときの彼女たちの顔を、真斗は数ヶ月たった今も忘れていない。 
 彼女たちは、心底ほっとしたという顔をした。 
 その後、10数秒たってから慌てて取り繕った。「何も親元を離れなくても」「通学制のフリースクールもある」このとき真斗は、「じゃ、ぶどうヶ丘はやめて、通学校にしようかな」と言いたくてたまらなかった。 
 落胆する彼女たちの顔をみたくてたまらなかった。 
 しかし、やめた。 
 そんな関わりさえもすでに煩わしく感じていたし、これ以上捻くれて見せても仕方がないと思ったのだ。 
 
 また、当時、真斗には交際相手が他のクラスにいたのだが、別れている。彼女の名前は遠藤沙弓。プログラム後、関係を保てなかった。 
 
 そして、家を出、東京のぶどうヶ丘高校に入学した。 
 ぶどうヶ丘寮は、男子寮と女子寮に分けられ、全校生徒300余人が収容されていた。 
 基本的に二人部屋だが、払う金を上乗せすれば個室に移ることも可能だ。 
 正直なところ、個室にするかどうか真剣に悩んだのだが、そうすることで「目立つ」かもしれないと思い、通常にした。 
 ぶどうヶ丘高校での生活は快適だった。 
 色々事情を抱えた生徒も多く、自分が特別だと感じる瞬間が少なかった。 
 同室の智樹は明るさが過ぎて少しやかましいところもあるが、付き合っていて気疲れするタイプではない。 
 難を言えば、どこか室田高市を思い出させる容貌や雰囲気を持っていることだろうか。人の良さそうな下がった目じりと逆にくっとあがった眉が、高市と同じだった。 
 智樹と一緒にいることで、高市のことを思い出す。それは、辛いことだった。 
 
* 
 
「じゃ、朝練習行ってくるねー」 
 着替えの終わった智樹が壁に立てかけられた大型の姿見に身体を映し、耳にかかる髪をヘアムースでかきあげながら、背中で話す。 
 部屋を出て行く智樹に、真斗は無言で手を振った。 
 なんだか、急に目が冴えてしまってきていた。 
 つけっぱなしになっていたベッドライトを消し、うつぶせになっていた本を閉じる。 
 ただでさえ悪い視力にいい影響がないことは分かっているのだが、睡眠導入剤代わりの文庫本は真斗には欠かせない。 
 
 ベッドから降り、身体を伸ばす。寝着代わりに着ていたジャージを脱ぎ、下着を脱ぎ、裸になる。そして、バスルームへと向かった。 
 のろのろと一つ一つ行動を確かめるようなペース。 
 それは、真斗の朝の儀式だった。 
 ああ、今日も生きていた。死者に、オレが殺したかつてのクラスメイトたちに引きずられなかった。そう思いながら、生きていることをかみ締める。 
 熱いシャワーを感じることが出来るのも、生きている証拠だった。 
 プログラム中、何度も何度も戦った。 
 中には、ほとんど戦闘を経験せずに生き残れる優勝者もいるらしいのだが、真斗は違った。5人、殺していたし、決着がつかなかった戦闘もあった。 
 シャワールームに据え付けられたポケット台に置いてあった、剃刀を取り上げる。 
 そして、その刃をぼんやりと眺めた。今までに数度、手首にかみそりの刃を当てた。……引くことはできなかった。ただ当てるだけだった。 
 
 ……彼らのために生きなければならない。 
 事情を知っているカウンセラーはそう言うが、心の底から思うことは出来なかった。 
 オレは死んでわびるべきなのだろうか。彼らのために生きるべきなのだろうか。 
 だけど、死ぬのは怖い。 
 彼らを殺したのは仕方のないことだった。父が死んだものオレのせいではない。母の仕事も、姉の結婚も。みんなみんな仕方のないことだった。オレはただ、生きる権利を主張しただけだ。 
 だけど、だけど……。 
 
 シャワーの湯に乗せ、入り混ぜになった感情を流し落とす。 
 人を殺した罪悪感や、死闘を演じた恐怖感。手のひらに落ちてきた高市たちの血の、ぬめった感触。 
 シャワーを止め、重い気持ちを振り切るように、頭を振る。 
 やや長い黒髪についていた水滴が、シャワールームの壁に飛沫した。流しても流しても、振っても振っても、感情や感覚は残る。だけど、少し楽にはなる。 
 曇り止めの効いた鏡に、華奢な中背の裸体を晒した。 
 鏡にも水滴は飛んでおり、滲んで見えた。 
 塗れた黒髪。広い額の端には、うっすらと切り傷が残っている。切れ上がった瞳、通った鼻筋、薄い唇。かろうじて、二枚目の部類には滑り込んでいるだろうか。 
 どこか冷めた印象を与える容貌。 
 それを、理知的ととるか、クールととるか、意地が悪そうととるかは、見る者に委ねる。まぁ、何にしても、快活だとか明朗といった印象を与えるような容貌ではないし、キャラクターでもない。 
 
 目線を下げると、肩口に弾痕が二つ。 
 胸元に大きな切り傷、下腹部に刺し傷。 
 起きたとき、智樹はトランクス一枚の姿だった。自分は、智樹のように気軽に着替えることが出来ない。……プログラム優勝者であることを隠すのなら。 
 真斗は唇の端を歪めて笑った。 
 気持ちはすでに切り替えられ、いまの平穏な生活を守ることを考えている自分に気がついたからだった。 
  
 
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