OBR2 −蘇生−  


018  2004年10月01日03時00分


<牧村沙都美>


 廊下は薄暗かった。
 沙都美 は、支給のろうそくに火をつけた。廊下には窓はないので、外に灯りが漏れることはないだろう。歩くと、木床がぎっぎと軋んだ音を立てた。
 倉庫室には、クリーニングの袋に包まれた毛布や食料のストックが所狭しと積まれていた。
 持って帰る食料を選びながら、ああ、なんでこんなことに。と肩を落とす。
 本当なら、今日は千佳と映画を観にいく予定だった。
 千佳ごひいきの男性アイドルが主演する映画で、正直なところ沙都美の好むものでもないのだが、友達と映画を観にいくという行為自体に意味があるのだ。
 もともと女王様タイプのリーダーだった沙都美には、心を許す友人はいなかった。取り巻きはいるが、孤独。
 だが、それでいいと思っていた。
 そんなものだと思っていた。

 しかし、千佳と一緒に行動するようになって、沙都美は変わった。
 千佳は一歩引いて牽引していくタイプのリーダーで、グループでの立場は同等に近かった。同じ目線の友人。沙都美にはそれが新鮮で、また、心地よかった。
 ああ、こういう友達付き合いもあるんだな、と一人頷いたものだ。

 いま、その日常が崩れていた。冗談じゃない、と思う。怖い、と思う。
 日常を取り戻すにはクラスメイトを殺さなくてはいけない。
 額にじわりと汗が滲んだ。死にたくなどない。さりとて、人を殺すなど恐ろしくてできそうにもない。いったい、自分はどうするべきなのだろうか……。
 
 と、それまで黙っていた佐倉舞 がどもりながら声をかけてきた。
「沙都美、すごいね」
「は?」
「こういう災害時に、きちんと動ける子って、きちんと衣食住を確保できる子って、凄いなって思って。……沙都美、すごいね」
 手放しの賛辞だが、沙都美はにこりともしなかった。
 舞の裏表はよく知っている。
「……あ、あのさ、アタシたち、組まない?」
「組む?」
「最後に生き残るのは、二人なんでしょ? その二人になろうよ」
 ほら、はじまった。
 そう思いながら無言を返すと、「アタシ、役にたつわよ。だから、沙都美の指輪の能力も教えてよ」舞は右手を軽く上げる。
 その中指には政府支給の指輪がはめられていた。
 彼女の指輪の能力名は『黄金の七人』 だ。
 どんな鍵でも開けることが出来る能力で、この管理棟に入ることが出来たのも、キーボックスに入っていた鍵の束を取り出すことが出来たのも、彼女のおかげだった。

 このグループで指輪の能力を明かしているのは舞だけだった。
 管理棟に入るときに能力を披露してくれたのだが、その後、誰も自身の指輪について話さないことに彼女なりの焦りを持っているらしい。
 ……馬鹿な女だ。
 沙都美は思った。
 こんな不調和なグループで自分の手持ちのカードを明かすなんて、愚か者のすることだ。
 優一郎らがそこまで考えて能力を明かしてないとは考えにくい。おそらくは、ただその機会を逸し話していないだけなのだろうが、少なくとも沙都美は『奥の手』として残しておくべきだと考えていた。
 その代わり、というべきか、もう一つの支給物は分かっている。
 舞はキーホルダー、鷹取千佳はワルサーPPK9ミリ。仲谷優一郎は絵の具セット。野口志麻は手斧だ。そして、沙都美の支給武器は、栄養剤だった。

 反応の薄い沙都美に戸惑い顔の舞に、せいぜい慇懃無礼な口調で言う。
「鍵を開けてくれたことには感謝しているわ。だけど、この通り、鍵の束もあるし」
 ここで一旦言葉を切り、満面の笑みを浮かべながら彼女に鍵束をこれみよがしに見せる。
「そ、それは、アタシのおかげじゃない」
 それだけ言って言葉に詰まった舞に冷ややかな視線を送り、「先に、能力を明かしちゃったのは、あなたの失策ね」と言い放った。
 意図的に言葉に棘を足している。
 沙都美は舞のことが大嫌いだった。
 噂が立ち、沙都美がクラスで孤立しそうになるや否なや、彼女の元から去っていたのは舞だった。
 そして、千佳についた。
 千佳が沙都美に声をかけ、仲間に引き入れてくれたとき、彼女は言ったものだ。「また、よろしくね」一度は裏切っておいて、さらりとそんなことを言ってのける。
 愚かで嫌な女だ。そんな舞に信を置くことなどできようもない。
 
 もう一撃、言ってやった。
「また、よろしくね」
 沙都美はクラスの女子で一番背が高く、舞は逆に一番低い。腰に手を当て、見下ろすように向き合う。
 含んだ意味に気がついたのだろう、舞は顔をしかめた。唾を飛ばし、「あ、あんな昔のことを気にしてるなんて、あんたも案外執念深いのね」言う。
 くだらない挑発だ。
 相手にしないで食料品を選んでいると、後ろの舞がくっくと含み笑いをした。
 癇に障る笑いだ。
 振り返り、沙都美はふっと眉を上げた。

 不利な立場にいるはずの舞が笑っていた。可愛らしい顔に意地の悪い性根が滲む。
「あんた、馬鹿ね。ほんとうに、馬鹿」
「……何が言いたいの?」
「千佳のこと、信じてるんでしょ? 千佳と組むんでしょ?」
 もとよりそのつもりだ。私は千佳に恩を返す。
 幸いにして、このプログラムでは二人生き残ることができる。生き残るのは、私と、千佳だ。あんたなんかじゃ、ない。
 少しの間を空けて舞が言った。勝ち誇るような視線を投げかけながら、一言一言区切るように言う。
「……あんたが、プログラム優勝者だって、噂をまいたのは、千佳だよ」
 唖然とする沙都美。その手から缶詰が落ちた。
 


「……おかえり」
 やっとのことで気が落ち着いてきた千佳 は、毛布や食料を抱えてきた舞と沙都美に声をかけた。
「ただいまー」
 舞が屈託の無い明るい口調で言う。
 ややあってから、「ただいま」沙都美が表情なく言った。先ほどとは打って変わった、どこかよそよそしい態度。……その態度の変化に千佳は気がつかなかった。

      

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牧村沙都美 

プログラム優勝者ではないかと噂になったことがある。