OBR2 −蘇生−  


016  2004年10月01日03時00分


<鮎川霧子>


 アスマがトイレに立った隙を狙い、霧子は秋里和に話かけた。
「さっきは、ありがとう」
 プログラム優勝者と関わりを持ちたくて。深沼アスマのぶどうヶ丘高校への入学動機だ。和の先ほどの言葉は、アスマの興味を引け、というアドバイスに霧子は受け取っていた。
 実際その通りで、アスマは霧子に関心を持ったらしい。
 前のプログラムのことをあれこれ訊いてきた。霧子はそれに適当な作り話を返しておいたのだが、彼の好奇心を多少なりとも満足させることはできたようだった。

 長めの前髪の下、奥二重の瞳に真剣な光を宿し、和が言う。
「気をつけてね。アスマに飽きられないよう、気をつけてね。……高熊は飽きられたから殺された。殺されたくないのなら、アスマに飽きられないよう、頑張って」
 ここで和は言葉を切り、「でも、優勝したいと思うのなら、僕たちを殺せばいい」と付け加えた。
 まじまじと彼の顔を見る。
 和は思いつめたような表情をしていた。
 鼻のあたりにうっすらと汗が滲んでいる。小柄な身体が小刻みに震えているのは、死への恐怖からだろうか。
 彼もまた平和な日常を壊されたことに憤りを感じ、身近に迫る死に震えているのだ。
 和は、昔の事故で右足を悪くしており、また心臓疾患もちという身体だ。健康体のほかのクラスメイトと比べて不利に違いない。

 遅れて、気がついた。
 彼は、僕たちを殺せばいいと言った。つまり、和はあくまでもアスマ側の人間だということだ。
 ならば、どうして?
「どうして……?」
 口に出して訊いてみると、和はあやふやな笑みを返し、「嫌だったから」と続けた。
「嫌だったから。僕はアスマと友達だから。アスマが誰かを殺すところをみたくなかった。高熊は間に合わなかったけど……」
 言われて思い出す。
 プログラム優勝者であることを高熊修吾が明かすと同時にアスマが修吾に擦りよったため、最近では一緒にいるところを見てなかったが、入学当初は彼らは仲が良かった。
 だが、そんな短時間の交流だったわりには、アスマのことをよく知っている口ぶりだ。

 疑問が顔に出ていたのだろう。
「僕とアスマは幼馴染なんだ。だから、僕はアスマのことをよく知っているんだ」
 なぜか、寂しそうな口調だった。そして、続ける。
「出来れば、アスマを怖がらないであげてね。あいつだって……」
 和はここで、悪くしているという右足を引きずり、佇まいを正した。
 見ると、アスマが用足しから戻ってくるところだった。
 あいつだって? 和が何といいたかったのか、霧子には分かったが、戻ってきたアスマの顔を見ると、到底同意は出来なかった。

 アスマは霧子を見止めると、にっと歯を見せて笑う。笑うともともと下がり気味の目じりがくっと下がり、細目が糸のようになる。つるりとした癖のない顔立ち。
 霧子はぽつりと一人ごちた。
「あいつだって……? あいつだって普通の人間なんだから?」
 もう一度、アスマの顔を見る。口元から八重歯が覗く、あけすけな笑顔。
 ここで、違和感の正体に気がつく。印象が定まらない。表情が豊かなわけではない、アスマの笑みは判で推したように、常に同じだ。
 しかし、同じ人間の同じ笑みなのに、受ける印象がその度に違うのだ。同じなのに、違う。そこに霧子は違和感を持つ。
 正直に、恐ろしいと思った。
 和の期待を裏切り、霧子はアスマそのものを怖いと思った。額にじわりと汗が滲む。
 
 今度は、平心を保つために、大事な、あの人の名前を心の中で呼んだ。
 室田……、高市。
 大切な大切な名前を。

    

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鮎川霧子

真斗に殺された井上菜摘と同室。プログラム前は真斗とそれなりに親しくしていたが、ルール説明のときに真斗を睨みつけた。