OBR2 −蘇生−  


010  2004年10月01日01時30分


<城井智樹>

 
 ……できるか?
 疑問がよぎる。
 いや、やるしかないっ。
 智樹は迷いを振り切り、美月の腕を掴んだ。
「ユウくん、ユウくん……」
 これに頓着せず、愛する人の名前を呼ぶ美月。
 ふっと思った。ユウくんとやらは、ホストの彼は、美月が死んだことを聞いたとき、悲しむのだろうか。それとも、掴んでいた客の一人が、金づるの一人がいなくなったと、ただ舌を打つのだろうか。
 思った。
 いいな、彼女の死を悲しんでくれたら、いいな。彼女を殺す僕を、恨んでくれたら、いいな。
 ごめん……。ごめん。

 目を瞑り、転送場所をイメージする。思い描く転送位置が正確でなければ、この能力は発現しない。
 閉じた瞼の向こうで、光と熱を感じた。智樹の指輪から光が漏れはじめたのだ。
 もう一度、彼女を掴む両手に力を込めなおした。
 そして、目を開き、美月の顔を見た。これから殺す、女の顔を。
 茶色い染色の入った長い髪は濡れそぼり、彼女の細面を覆っている。
 髪の陰になった切れ上がり気味の瞳は焦点が定まっていない。大振りの鼻、ぽってりとした厚い唇。夜遊びが過ぎているせいか、少し荒れた肌。
 その彼女の存在が少しずつ希薄になっていく。
 彼女の髪から落ちる水滴が次第に間遠になっていく。
 そして、ひと際大きく指輪が輝いたかと思うと、彼女の腕を掴んでいた智樹の両手が空を切った。

 同時に、何か重いものが水に落ちた音がし、ぴぴぴぴ……電子音が鳴り始めた。ざばざばと水を掻き分ける音、続く電子音。
 「ああ……」
 大きく嘆息つく。身体がぶるぶると震えた。
 と、「何だよっ、これ!」美月の掠れた声が湖畔に響いた。
 水を飲みながらの台詞に違いないのに、やたらとはっきりと聞こえた。またはっきりしていたのは、語調だけではなかった。はっきりと、意思を持った言葉。
 ……狂っていたわけではなかったのか。
 唖然とする。
 美月は狂った振りをしていたのだ。相手に狂ったと思わせたほうが戦略上有利だとでも考えたのだろうか。それとも自分は狂ってしまったと思ったほうが、気が楽だったのか。

 しかし、もうその意図を訊くことはできない。

 きっかり5秒後、水面が膨れ上がり、どんっと小さな爆発音がするとともに、大きな水しぶきが上がった。
 指輪『運び屋(トランスポーター)』。
 その能力を使い、さきほど自分が危うくかかるところだった禁止エリアに転送したのだ。湖の上に送り、彼女が禁止エリアから簡単に脱出できないようにした。
 小柄な女子生徒とはいえ、一人の人間を瞬間移動させるエネルギーは予想以上だった。
 決して心臓など悪くないはずなのに、胸をぎゅっと掴まれたような感覚が消えない。
 鼻のあたりが熱くなり、唇に濡れた感触が走った。鼻血だけではない、耳や目からも若干流血しているようだった。身体中が痛み、激しい頭痛がした。マラソンを終えた後のような荒い息がおさまらない。
 
 やっとで湖からあがり、びしょ濡れの身体を岩場に預けぜいぜいと息を上げていると、ふっと目の前が暗くなった。
 誰かが前に立ったのだ。
 矢坂彩華が戻ってきたのか? と血に滲む目をこじ開け見た先にいたのは、彩華ではなく、一人の男子生徒だった。
「城井……か?」
 落ちてくる低い声、それは同じサッカー部の木ノ島俊介の声だった。



−和野美月死亡 15/17−


<木ノ島俊介>


 親しくしていた友人の登場に気を緩めたのか、気絶してしまった智樹を抱きかかえ、俊介は低くうなった。智樹に会えたはいいが、ひどい状態だ。目覚め、体力が戻るまでに多少の時間はかかるだろう。
 ……急がなくてはならないのに。
 声に出す。
「早く。早く、陣内に会わなきゃ」
 ……陣内真斗が、鮎川霧子に殺される前に。

 

−15/17−


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城井智樹

私立ぶどうヶ丘高校一年。陣内真斗と同室。運動系クラブをかけ持ちするスポーツマン。高校に入りなおしており、実際は真斗より二学年上の18歳。