<永井安奈>
安奈が座り込んでいると、「こっち、鮫島、こっちだよ」とやや幼い感じの声がし、児童公園の入り口に坂持国生が現れた。
次いで、鮫島学
が姿を見せる。
このときすでに安奈は混乱から抜けていたが、「きゃあああぁっ」わざと取り乱した振りをした。
もちろん、その程度は低めに抑える。
そうしながら、現状把握につとめた。
こいつらは安全か? ……イエス。叫び声を聞いて助けに来てくれた風だ。
アタシはどうすべきか? ……せいぜい可愛げのある女の子を演じる。
黒木のことは? ……話さない。情報を一人多く握っておくことはアタシの有利に繋がる。
これからは? ……まだ判断するのは早い。こいつらを観察してからだ。
次々と策をめぐらす。
「大丈夫?」
坂持国生が、ハンドタオルを差し出してきた。受取り、涙をぬぐう。
そして、次第に落ち着いてきたように振る舞った。
「ありがとう」
坂持国生が差し伸べてきた手につかまり、立ち上がらせてもらう。
それを見た鮫島学の眉がぎゅっとよった。
これを、安奈は見過ごさなかった。
んっ? あれって……。
ためしに、よろけた振りをして坂持国生の胸元に飛び込んでみる。そうすると、学の顔にあからさまな不快感が乗った。
「ごめんなさいっ」
国生に謝った後、「このひどいのを見て、乱れちゃった。委員長たちが来てくれなかったら、私、気が狂ってたかも……。ほんと、ありがとう」顔を上げ、心底ほっとしたという表情で鮫島学に笑いかけた。
この安奈の飴と鞭に、学は見事に反応した。
微かに照れたような表情が生じ、頬が赤らむ。
見ているこっちが照れくさいぐらいだった。
「へぇ……」
気付かれないよう努めるながら、一人うなづく。
……あの委員長が、アタシのことをねぇ。
何事にも冷めた雰囲気を見せていた学が、その実、恋愛関係に疎いことを安奈は知らなかった。しかし、今は知った。
うつむき、吐き気を抑えるように見せかけながら、笑いに歪む口元を隠す。
これは、いける、そう思った。
ばたばたと音がし、違う生徒も現れる。
野崎一也と羽村京子だった。
別方向からしていた足音が彼らだったのだろう。
「一也くん!」
まずは国生が歓喜の声を上げ、「坂持! サメもっ」一也が続く。
自分が声をあげたからとはいえ、多くの選手が集まったものだ。
と、唐突に安奈の視界が暗転し始める。
他のクラスメイトたちと比べ、はるかに成熟した精神を持った安奈。
しかし、彼女もまた15歳の少女だった。
これだけの惨状を目の当たりにした衝撃。黒木優子を前にしての緊張感、覚悟した死。かろうじて生きながらえたことへの安堵。
連続で訪れた大きすぎる感情の波に、彼女の精神は耐え切れなかった。
急速に閉じていく視界。
ああ、私、気を失う……。
しかし、その中でなお、どうやって彼らに取り入ろうかと次の戦略を練ることができるのは、彼女ぐらいのものだったろうが。
−09/32−
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