OBR1 −変化−


004 2011年9月30日23時00分 


<野崎一也> 


「よーし、説明は以上だー」
 男は鬼塚千博おにつか・ちひろと名乗った。
 このプログラムの担当教官となるそうだ。陸軍出向中の役人と称していたが、どこか嘘臭さのある話しぶりで、本当かどうかは分からない。
 また、教室の前後の壁にそって、それぞれ5〜6人、あわせて10人ほどの専守防衛軍の兵士が銃を構えていた。
 プログラム説明中、不穏な動きを見せれば処刑されるという話を聞いたことがある。
 兵士らに視線を送り、一也は首をすぼめた。
 そして、恐る恐る首輪に手をやる。
 睡眠ガスで眠らされているうちに付けられたものだ。
 首輪にはセンサーがついており、生徒の位置、心臓パルスを元にした生徒の生死を読み取ることができる。
 そして、爆弾。この首輪には爆弾が内蔵されており、不穏な動きをしたものは即処刑されるとのこと。

 この教室に神戸市立第五中学校3年B組全員が集められているそうだ。
 ぐるりと見渡すと、それぞれが度合いはあれ、青ざめた顔をしていた。
 泣きだしてる女子生徒もいる。 
「最悪だ……」
 そうつぶやいた後、目立たないよう、小くため息をつく。
 プログラムのことは聞いていたし、対象年齢である今、不安や恐怖も感じていた。
 しかし、プログラムに当たる確率は極小だ。まさか自分が巻き込まれるとは思ってもみなかった。
 担任教師の高橋重雄の姿はなかった。
 小柄な中年男で小心。生徒の評判はそれほどよくなかった。
 プログラムに反対した担任教師がたまに銃刑となるそうだが、高橋はそのようなタイプではないだろう。特に説明が無かったし誰も聞かなかったため、彼が今どうしているかは分からなかった。
  
 生徒たちはいま、角島つのじまという小さな島にいるらしい。
 黒板に貼られた模造紙に、島の地図が描かれている。
 瀬戸内に浮かび、周囲7キロほど。どうやら、名産名勝などという言葉とは縁遠い過疎の島のようだ。
 島民は退去させられており、今はプログラム関係者以外は誰もいないとのこと。
 ここは、角島の中ほどに位置する分校だそうだ。地図によると分校の前から三本、大きな道が出ている。それぞれが、北、南、東にある集落に向っているらしい。
 また、島の北と南に山がある。
 地図には線が縦横に走っており、碁盤の目のようになっていた。それぞれの端にアルファベットと数字が並んでいる。会場をエリア分けしており、地図の左上からAの1エリア、Aの2エリア、Aの3……という具合だ。
 
 鬼塚によると、このエリア分けは、禁止エリアシステムのためにされているそうだ。
 禁止エリアに足を踏み込んだ生徒の首輪は自動的に爆破される。禁止エリアは、プログラム開始後から数時間ごとに少しずつ増えていく。
 悪名高い、生徒の移動を促進させるためのシステムだ。
 移動すればするだけ、他の選手との遭遇がおこりやすい。
 遭遇すれば……戦闘になる場合もあるだあろう。
 教室の後ろにはカートがあり、大型のディバッグが大量に積まれていた。
 後で選手それぞれに渡されるとのこと。内容物は、簡易医療セットや会場の地図、水や簡易食料など。
 また、ランダムに『支給武器』も配られる。当たりはずれもあるようだが、銃や刀剣も含まれるそうだ。
 また、24時間誰も死なない場合、3日たっても優勝者が決まらない場合は、生き残り全ての首輪が爆破されるとのこと。

 殺し合いの誘発剤が随所に散りばめられているのだ。
 実際、鬼塚の説明の途中から教室の雰囲気が変わってきた。
 錯綜する視線と視線。
 こいつは、あいつは、ゲームに乗るんじゃないのか? みんな、クラスメイトを殺そうとしているんじゃないのか?
 それぞれの視線に隠された、それぞれの疑心。

 禁止エリアは、定期で行われる放送で告げられるとのこと。放送と放送の間に死んだ生徒の発表もされる。
 このあとの流れとしては、再び睡眠ガスが散布され、生徒は会場内にランダムに寝かされるそうだ。鬼塚や兵士たちは、説明会場の分校を引き払い、プログラム運営のための作戦本部へと戻る。作戦本部は、海上の巡視船の中に設置されているとのこと。
 説明の途中途中、鬼塚は黒板にチョークで要点を書いていた。
 からかうような態度が癇に障るが、要領を得た説明、板書でルールを理解しやすかった。
 


「おっと、忘れていた」
 呑気な口調で、鬼塚が言う。
 教官に緊迫感が薄いからだろうか、「てめぇ、むかつく」立ち上がった者がいた。
 ぎょっとしてその生徒を見やる。
 一也の視線の先に立っていたのは、着崩した制服に大柄な体躯を包んだ羽村京子はむら・きょうこだった。
 ウェーブを描く長い髪、パーツパーツのはっきりとした迫力のある女だ。
 3年B組には素行の悪い生徒が数人おり、京子はその一人だ。
 教室の前後でライフル銃が起こされた音がし、専守防衛軍の兵士達が彼女を狙い構える。
 京子の顔から血の気が引いた。
 周囲で上がる悲鳴。
 誰もが、京子の命はない、そう思った。
 だが、ここで、「やめろ!」鬼塚が大きな声で兵士を制した。
「極力、説明時に生徒をリタイヤさせたくないと言っておいたはずだ!」続けて鋭い声で言う。
 
 それって、いったい……。
 それまでとあまりに違う鬼塚の鋭さに違和感を感じるが、まずは京子の無事にほっと胸をなでおろす。
 羽村京子とは小学校校区が同じで家も近かった。
 小学生時代には何度か遊んだこともある。彼女が中学に上がった頃から荒れ始めたため、最近ではめっきり没交渉だったが、やはり死ぬ場面は見たくなかった。
「無茶なことするな……」
 一也のそばにいた鮫島学が、理知的な声を落とす。
 幼馴染の生谷高志も隣にいる。
 他の仲間、矢田啓太郎と坂持国生は少し離れた場所にいた。
 
 青ざめた顔で京子が座るのを待ち、鬼塚教官が話を進める。
「今回、全員に携帯電話を配布する」
「え?」
 追わず声をあげてしまい、慌てて首をすくめる。
「君たちの私物の携帯電話をディバッグの中にいれてあるから、連絡を取り合うなり、好きに使ってもらって結構」
 ただし、定められた時間のみということだ。
 常時妨害電波が発されており、普段は回線が遮断されているそうだ。
 定期的に回線の設定が変えられ、会場内なら連絡が取れるようになるらしい。
 使用可能な時間は、定期放送で知らされるとのこと。

 仲間と通話できるのはありがたいが、他の選手との遭遇は、戦闘に繋がる。
 受信を拒否すれば、不信感も与えるに違いない。
 これも、戦闘の誘発剤だ。
 昨日、学が見ていた動画のことを思い出す。
 プログラム中と称した動画だったが、あれも携帯電話で撮られてたようだった。
 あの動画が本物だったとしたら、あのプログラムでも携帯電話が配布されていたということか。
 プログラムは全国で一年当たり数十回実施されている。開催時期が近いもの、被るものもあるだろう。

「外部への通信は禁止されているからなー。まぁ、妨害電波があるから、もともと会場内しか届かないんだが」
 ちらりと学を見ると、何事か考えている顔をしていた。
 大東亜共和国の一般通信回線は大東亜ネットというクローズドだが、学によると、通信機器や回線、技術の多様化により、全ての外部通信をはじくのは難しいらしい。
 同じことがこのプログラム会場でも言えるだろう。
 そのあたりは、運営側もよく知っていることだ。
「常時追跡調査が行われているから、外部通信はすぐに補足されるぞー。見つけたら……ドカン、だ」
 学の首輪を指さす。
 これは、牽制だ。
 彼が海外サイトアクセスの咎で思想統制院送りになっていることは把握されているに違いない。

 鬼塚が指さしたのは学だったが、ほとんどの生徒がびくりと身体を強張らせた。
 自身の首輪が爆破されたような錯覚に陥ったのだ。

「説明は以上だー」
 やはり間延びした口調で鬼塚教官はいい、どこからか防塵マスクを取り出した。顔全体を覆う全面型だ。
 いつの間にか、兵士たちがチューブの着いた箱のようなものを構えていた。
 あそこから睡眠ガスが撒かれるのか。
 ……本当に殺し合いなんて始まるんだろうか。
 疑問。しかし、一也の思考の冷静な部分は、きっと誰かは乗ってしまうだろう、と判じていた。
 そして、身近となってしまった死に、身体が震えた。
 ごくりと唾を飲み込む。

 やがて、睡眠ガスが撒かれた。
 すぐに意識は遠のき始める。と、「これは、報いだ……」誰かの呟き声がした。見やると、そこには坂持国生の姿があった。
 身体が弱く元々青白かった顔が、蒼白になっている。
「国生?」
 生じる疑問。しかし、すぐに一也の意識は途絶えた。
 


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野崎一也 主人公。同性愛者であることを隠している。矢田啓太郎に恋慕を抱く。
生谷高志 一也の幼馴染。同性愛者であることもしっているが、啓太郎のことは知らない。
矢田啓太郎 バスケットボール部。『オヒトヨシ』
鮫島学   成績優秀なクラス委員長だが、コミュニケーションに難あり。
坂持国生 香川県出身。身体が弱く、日々鍛えようとしているが成果はあがっていない。

安東涼  孤児院育ち。大人びている。
尾田陽菜 高志が好いている。黒木裕子・渡辺沙織と親しい。
羽村京子 素行が悪い。プログラム説明時に鬼塚教官に逆らった。


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主人公。
同性愛者であることを隠している。