<野崎一也>
野崎一也は、呆然と立ち尽くしていた。
がらんとした大きな部屋だ。白塗りの壁、板張りの床、前後に黒板が見える。
どうやら学校教室のようだった。
窓には厚いカーテンが引かれており、外の景色は見えない。
教卓以外の机は、隅に積み上げられていた。見たところ、建物自体は古いようだが、机や黒板などの備品は真新しい。最近入れ替えられたのだろうか。
ジリジリと続いているのはベル音だ。
全ての窓に鉄板が打ち付けられ、ドアも外から封じられており、外が見えないので昼夜が分からない。
周囲には、クラスメイトたちの姿があった。
何人かは床に倒れている。
死んでいるのかと先ほど確かめたが、眠っているだけのようだ。
……一体何が。
そう考える一也も先ほどベル音に起こされ、目を覚ましたところだ。
頭がまだぼんやりとしている。
一也たちは皆、茶色地のブレザーの制服姿だった。
ふと、腕時計をしていることに気づく。デジタル式でごつごつとしたデザインだった。一也のものではない。いつの間に身につけられたのか。
腕時計のデジタル表示により、23時だと分かった。
修学旅行先に向かうバスに乗り込んだのが、午前10時ごろだった。バスの中では生谷高志らとトランプゲームをしていたが、そのあとの記憶がない。
9月30日。日付は変わっていないので、記憶が飛んでから10時間以上経っている計算になる。
「そうだ、高志たち……」
日ごろ親しくしている仲間たちを探す。
高志
の小柄な体躯は、ある意味目立つ。すぐに見つかった。
近づくと、「大丈夫、大丈夫だから……」女子生徒に声をかけているところだった。
柔和な丸顔に、ふっくらとした頬、小さく座った鼻、くりくりと大きな瞳。少し癖っ毛のあるミディアムボム。
彼が好いている尾田陽菜だ。
……ちゃっかりしているな。
苦笑しながら、声をかける。
「一也……」
不安げながらも、ほっとした表情。
陽菜のそばには渡辺沙織 と黒木優子の姿が見える。
沙織は女子のクラス委員をつとめている。凛と伸びた背筋と太い眉が印象的だ。姉御肌で面倒見がいい。優子はごく普通の女の子だ。
陽菜は可愛らしい容貌をしているせいか、一部の女子からやっかまれてしまっている。
いじめに近いこともされているようだが、沙織と優子が守ってくれていた。
それぞれがやはり制服姿だったが、その首におかしなものが見えた。
「それ、何だ?」
高志の首元に手をやると、それは首輪だった。5センチ幅ほどの金属製で、触るとひやりと冷たい感触がする。
「一也も?」
指さされ、自身にも同じものがついていることを確認する。
そうこうしているうちに、皆目が覚めた。
一様に戸惑っている様子だ。
「可能性を考えよう」
細身の眼鏡をかけた鮫島学
が立ち上がった。そばには矢田啓太郎や坂持国生の姿も見える。それぞれと視線を合わせ、力づけるように頷きあう。
成績優秀なクラス委員長は、仕切り上手でもある。皆の注目が集まった。
「俺は、11時前まで野崎らとトランプをしていた。その後、急に眠くなって座席に身を沈めたところで、記憶が途切れている」
相変わらずの固い言いまわし。
「私もそんな感じ」
黒木優子が後を次いだ。
「睡眠ガスか何かを、バスに撒かれたんだろう。強盗か、テロか……」
しばしの沈黙の後、「プログラム」「プログラムか……」と学と安東涼
の声が重なった。
涼は中背の一也や学よりも少し背が高く、艶のある黒髪を自然に流している。黒目がちなすっと切れ上がった瞳に、薄い唇。両親を亡くし孤児院で育っており、苦労しているせいだろうか、どこか老成した大人びた雰囲気だ。
うっと誰かが息を呑む。一也も息を呑んだ。
波紋。
水面に小石を落とした後のように、静寂の波紋が広がった。
誰もが可能性としては考えていたのだろう、異論は出なかった。
静まるのを待っていたのか、ここで入り口の木の引き戸が軋んだ音を立てて開き、数人の男が入ってきた。
同時、鳴り響いていたベルが止まる。
男たちはそれぞれが迷彩模様の戦闘服にコンバットブーツという姿で、数人はライフル銃を肩がけしており、腰のホルスターにも拳銃の銃把らしきものが見えた。
戦闘服のデザインに見覚えがあった。専守防衛軍の軍服だ。
ということは、陸軍兵士か。
遅れて、一人の男が教室に入ってきた。
この男だけ濃紺のスーツ姿だった。男は教卓の前に立ち、「こんにちは」にこりと笑う。
30手前くらいだろうか。
すらりと背が高い。あごひげを蓄え、黒ふち眼鏡をかけている。
やや長い髪には明るいブラウンの染色が入っていた。片耳には幅広のイヤーカフス。メタリックな素材を折り曲げただけに見えるシンプルなデザインだ。
「とりあえず、座ってもらおうかー」
間延びした口調でスーツの男が言う。
生徒たちはすぐに動けなかったが、専守防衛軍の兵士が銃を向けてきたので、慌てて床に座る。
席についた生徒たちの視線が集中するなか、男は「さあて、みんな、状況を理解できたかなー?」訊いてくる。
「プログラム」
学が呟くと、「そうそう、プログラムだ。このクラスは、今年度のプログラムの対象クラスに選ばれた。めでたいことだな」と皮肉めいたフレーズを置き、口を閉じた。
そこここで「ああ……」というため息が漏れる。
予想はできていたが、みな信じたくなかったのだ。
現実を突きつけられる。
「まぁ、というわけで、プログラムだ。みんなには、これからちょっと、殺し合いをしてもらうぞー」
クラスメイト全員で殺しあうゼロサムゲームの開始宣言としては、いささか緊迫感が足りない台詞だったが、とにかく始まりの鐘が鳴った瞬間だった。
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