OBR1 −変化− 元版


092  2011年10月02日11時


<黒木優子>


 優子 は、撃たれた肩を大きく揺らし、ぜいぜいと荒い息を吐いた。
 その脇には、目をつぶされ、胸元を斬られ、そして額に裁ちばさみを突きつけられた羽村京子の死体があった。京子は凄まじい形相で絶命していた。
 仁王のような表情で、京子は怒っていた。そして、どこか悔しそうだった。
 野崎一也は、彼女にも目的があると言っていた。
 悔しそうなのは、思いが半ばで潰えた(ついえた)からだろうか。
 なおも激しさを増す雨が、京子の額から流れる血を洗う。しかし、血は後から後から流れ落ち、舗装の欠けた農道に赤黒い水溜りを作りつつあった。

 と、三井田政信 が駆け寄ってきた。
 思わず身構えたあと、京子が使っていた銃、コンバット・マグナムに慌てて手を伸ばした。阻止されるものと思ったが、「黒木、はやく拾えっ」と指示が飛んできた。
「えっ?」
「羽村の荷物から、予備の弾も取れっ」
 言われるままに行動する。
 政信は、振り返り、斜面の上を睨みつけていた。
 無防備な背中、「今なら殺せる」とコンバット・マグナムを構えた瞬間、「やっぱ来やがった!」政信が声を上げた。彼の声を追うと、斜面を駆け下りてくる一人の男子生徒の姿が見えた。
 制服のズボンに、黒いジップアップシャツという姿。真っ黒な艶のある髪、黒目がちなすっと切れ上がった瞳に、薄い唇。右のこめかみから頬にかけて、何か爪のようなもので引掻かれたような傷があった(田中まゆみに剣山でつけられた傷だった)。
「安東?」
 そう、それは、安東和雄の姿だった。
 彼はオートマチック拳銃を大きくして後部を厚く引き伸ばしたような形状の銃、マイクロ・ウージーサブマシンガンを肩から吊っていた。和雄が銃を構えるや否なや、撃発音があたりにこだまし、優子たちからやや離れた位置に着弾した。

「いったん退避!」
 政信が優子の身体を抱え走り出そうとする。
 反射的にこれを振り払った。
「自分でっ」
 叫ぶように言う。
「自分で走れる!」
 これに、政信が、ひひゃはっと下卑た笑いを返してきた。「お前、いいわー」肩の力が抜けた、普段の彼そのままの物言い。
 ……やっぱ、こいつ、どっか変だ。何でこんなときにゆるくいられるんだ?
 疑問に感じるが、今はそれどろではない。二人は荷物を抱えたまま、農道脇の雑木林の中へとダイブした。

 後を追うように軽い連撃音が響き、熊笹の群生が千切れて舞った。
 羽村京子から奪ったコンバット・マグナムを構え、撃つ。
 覚悟はしていたのだが、大きな反動に見舞われた。両腕が跳ね上がり、仰け反った。そのまま倒れそうになるところを、政信が抱きかかえ支えてくれる。
 走りながらショットガンを撃つのは無理だと判断したのか、散弾の温存を考えたのか、政信はポケットからワルサーPPK9ミリを取り出し、立て続けに撃った。
 コンバット・マグナムを優子の手からもぎ取り、反動に耐えながらこれも連発する。
 込めなおしている暇はなかった。すぐに両銃とも弾切れを起こした。
 ワルサーPPK9ミリは、もともとは優子が使っていた銃だ。昨日の夕方、重原早苗を殺した後、政信に不意をつかれ襲われた。策をめぐらしこれを退けることはできたが、銃は奪われた。
 『まーた、どっかで会えるかもなぁ』その際、政信が言い放った台詞。
 『お互い、死ななければ、他の誰かに殺されなければ、きっと、またどこかで会えるだろうなぁ。……そしたら、もう一度、真剣勝負しようーぜ』
 今がそのときなのだろうか。

 優子は走りながら腕を上げ、三井田政信の背にコンバット・マグナムの銃口を向けた。先ほどの銃撃の反動で腕は痺れていたが、引き金を引くことができる程度には回復していた。
 と、「やるなら、後の方がいいぞ」見えていたはずもないのに、政信が背中で話した。
「えっ」
「先に、二人で安東をやっつけよう」
 政信は『二人で』と言った。狙われていることを分かっているのに、その相手とタッグを組もうとする。一度は戦った相手に背を向ける。とても、優子には出来ない芸当だった。
 度胸がいいのか、何も考えていないのか。それとも、『てきとー』に構えているのか。

 優子が答えるよりも早く、マシンガンの連撃音が雑木林に響いた。
 太ももの辺りに、強く蹴り上げられたような痛みが走り、優子はうめいた。前方の老木の幹が弾け、いくつもの穴があく。
 振り返ったが、安東和雄の姿は見えなかった。
 まだ距離がある。おおよその目測で撃ってきているだけなはずの弾に当たってしまったことに、歯軋りする。



 と、目の前に大岩が現れた。その陰に二人して身を隠し、ワルサーPPK9ミリとコンバット・マグナムに予備の弾を装填(そうてん)する。ワルサーPPK9ミリは優子が持った。
 駈け近づいてきた安東に、まず政信がコンバット・マグナムの引き金を引いた。
 安東は、木々の間に飛び込み、これを避ける。そして、バンッと単撃音がした。どうやら、マシンガンの他にも銃を持っているらしい(矢田啓太のベレッタM92Fだった)。
 隠れていた岩が被弾し、破片が爆ぜて(はぜて)舞った。
 コンバット・マグナムの装弾数は6発と少ない。すぐに弾切れを起こす。
 政信が弾込めしている間、優子が迎撃したが、彼のように避けながら器用に撃つことができなかった。
「きゃっ」
 岩から露出していたらしい右腕が跳ね上がった。肘の辺りを弾が掠めたようだ。痛みとともに、じんっと痺れが走る。ただ、執念で、銃だけは落とさなかった。下唇を噛みながら、左手で右手を保持し、さらに撃ち返す。
 口腔に鉄臭い味が広がった。唇を強く噛みすぎたため、裂けたのだと気がつく。

 彼は容赦なく殺して回っているのだろう。
 それは、優子にとって何ら疑問も持たない行動だった。
 「どうして?」「なんで?」美智子を騙し討ちしたとき、彼女が繰り返した言葉だ。
 どうして? そんなの、決まってるじゃない。生きたいから。これからもずっと、『普通の』生活を送りたいから。だから、私は生き残ることを選んだんだ。
 「違う!」「あたし、あんたとは違う!」これは、重原早苗が投げつけてきた言葉だ。
 騙し討ちの道を選んだ私を、彼女は否定した。……違わないわよ。誰だって死にたくない。重原だって長く生き残っていれば、必ずゲームに乗っていた。違ったのは、彼女よりも私が先に乗った。それだけだ。
 「近寄るな、この人殺し!」永井安奈に罵られた言葉。
 言われた通り、私は人殺しだ。
 だけど……。
 「そうだよな、この椅子取りゲームに乗らないのは嘘だよな」いまは隣にいる三井田政信が放った言葉。そう、これが正しい。
 私はゲームに乗った。そして、安東もこの椅子取りゲームに乗った。疑問などない。彼なりの理由があるのかないのか。そんなことは知らないし、知りたくもない。彼も生きたい。私も生きたい。三井田も。
 生き残るのは、たった一人。たった一つの椅子をかけ、戦う。

 たった一人。
 そうだ。ここで安東を倒したとしても、結局三井田政信とも戦うことになる。極めて簡単な事実に気がついていないはずもないのに、ちらりと見やった政信の横顔には、余裕さえも伺えた。
 なんで?
 問いたかった。
 なんで、一緒に戦うのさ?

 そんな優子の気持ちを知ってか知らずしてか、「挟み撃ちにしよう。俺中心で。黒木はここから援護してくれ」政信が高揚した声で囁いた。
 優子の答えを聞く前に、コンバット・マグナムとショットガンを持ち、移動を始める。
 と、政信の動きが止まり、「これ、返しとく」何かを渡してきた。いつの間に拾い上げたのか、羽村京子を殺したときに使った裁ちばさみだった。京子の赤い血がこびり付いている。
 そして、茂みの濃い部分を縫い、離れていった。
 その間、優子は銃を撃ち続けた。
 途中から反動の小さいワルサーPPKにかえているとはいえ、手が痺れてきている。噛み締める唇から流れる血の量が増えた。
 
 和雄の注意は、完全に優子だけに向いていた。
 狙い済まし、政信がショットガンの引き金を引く。優子からは10メートルほど離れていたが、空気がびりりと揺れるのを感じた。鈍重な銃声が雑木林に響き渡る。
 優子は、和雄の身体が跳ね上がるのを見た。胸のあたりに被弾したようだった。
 そのまま、仰向けに倒れる。
「やった!」
 政信の歓声が起こった。
 下生えを押し倒すような形で倒れる和雄のそばに、二人して慎重に近づいた。
 政信の後ろを歩き、ワルサーPPKのグリップを握り締める。和雄の死を確認した瞬間に、政信の背を撃つつもりだった。
 勝利は近い。
 最後の一人になれるかもしれない。
 優子の心拍が上がった。

 しかしここで、「おかしい……」政信が呟くように言う。
「えっ?」
「血が……、少な、い」
 切れ切れにこぼれる政信の台詞。彼の身体に緊張感が走った。
 ショットガンで胸を撃たれたのだ。
「そんなわけ」
 ない、と続けようとした瞬間、和雄の身体が起き上がった。してやったり、そんな表情が彼の細面には乗っていた。
「やば、逃げっ」飛んでくる政信の指示。
 言葉を発する暇もなかった。
 安東和雄が構えたマシンガンから、弾が放射状に吐き出される。
 政信が気がついていなければ、彼の指示がなければ、まともに銃弾を食らいこんでいただろう。とっさに、横とびに茂みの中に逃げ込んでいたため、優子は被弾しなかった。しかし、政信は右腕に受けたらしい。ぐううと、低いうめき声が彼の薄い唇から漏れた。
「だ、大丈夫?」
 言った後で、彼の身体の心配をした自分に疑問を感じた。
 どうせ殺すつもりだったのに、なんで。
 政信は答えなかった。そのまま、優子の身体を抱きかかえるようにして走り出す。マシンガンの連弾が後を追ってきたが、当たらなかった。

 政信と駈けながら、「なんでっ? なんでアイツ、生きてるの?」別の疑問を口に出す。
 これには答えてきた。
「きっと、防弾チョッキか何か着込んでいるんだ」
「防弾……」
 と言うことは、マシンガンと銃と防弾チョッキの三種類を少なくとも所持していることになる。
 彼はいったい何人殺したのだろう?
 次から次へと疑問が流れた。

 視野の明るい林道は避け、雑木林の中を駈けた。坂を上がり、下がる。木々の間を縫い走る。いい加減足にきたところで、急に視界が開けた。
 舗装された農道、斜面に張り付くような畑。あぜ道のそばに停められた軽トラック。羽村京子の死体。
 それは、つい先ほどまで京子と戦っていた場所だった。
 どうやら、走り回っている間に元に戻ってきたらしい。

 

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バトル×2
黒木優子
積極的にクラスメイトを殺している。優勝し、普通の生活に戻りたい。
三井田政信
いい加減な性格。黒木優子を一度殺そうとしたが、機転を利かされ退けられている。