OBR1 −変化− 元版


090  2011年10月02日11時


<矢田啓太>

 
 一也が銃声を聞いた10分ほど前、霧雨に濡れながら、啓太 らは絡み合う木々の間を足早に抜けていた。
 頭を下げて枝を避け、地面の根をまたぐ。エリアとしてはFの5、ちょうど島の中央部にあたる高台の上の雑木林だ。やがて、その中にぽっかりと浮かんだ10メートル四方ほどの空間に啓太らはたどり着いた。
「これは……」
 ぽつりと啓太が小声を落とす。
 明らかに人の手が入った空間だった。
 きれいに整地された地面、その中央に一つ、啓太から見て奥に四つ、切り出された石が鎮座していた。ちょうど啓太の身長ほどの高さ。横幅は70,80センチ、奥行き30センチというところか。
「墓?」
「いや、サイズが大きい」
 安東 が冷静に分析する。
 周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから、安東が先に空間に踏み出した。

 石碑には掘り込みがしてあった。
 調べ、「い、慰霊碑……」 呆然と呟いた。
「1999年度兵庫県プログラム、姫路市立第二中学三年一組30名」
 淡々と安東が読み上げる。
「僕たち以前にもプログラムがあったってこと?」
「ああ、そうなるようだな」
「こんなに何度も同じ場所でするものなの?」
 慰霊碑は5つあった。少なくとも5回は実施されたと言うことだ。
「どうだろ……」
 安東にしては濁した返事になった。遅れて、「……プログラムを積極的に受け入れてる市町村があるって話を聞いたことがある」思い出したかのように言った。
「な、なんでっ」
「補助金が出るんだ」
 啓太にはとうてい信じられない理由に、唖然とする。
「大人の世界って奴だな」
 冷ややかに安東は言う。
「そんな、馬鹿な話ってないよ!」啓太は憤慨し、息を荒げた。

「まぁ、落ち着け」
 啓太をなだめていた安東がふと真顔になる。
「いや……。ああ、そう言うことか」
 一人納得する口調。
 怪訝な顔をしていると、「ほら、見てみろ」と中央の慰霊碑を指差した。
「中央の石碑が一番古い」
 確かに年代が一番古かった。しかし、それがいったいどうしたと言うのか。
「きっと、最初は一回切りのつもりだったんだろうよ」
「一回切り……」
「こんなことを受け入れるのは、一回切りにしたかったんだ。だから、真ん中に石碑を建てた。最初から割り切ってたわけじゃないんだ」
 安東は両手を広げ、肩をすくめ、続けた。
「権力に屈したのか、利益に目をつけたのか、結局は積極的に受け入れるようになったみたいだけど、最初は違ったんだ。最初から、『馬鹿な話』に乗ったわけじゃないんだ」
 わざとだろう、啓太の言葉を使い、安東が推察を口にする。

「でも……」
「きれいだ」
「え?」
 唐突な安東の言葉に、啓太が反問すると、「ここ、きれいに管理されてる。落ち葉も払われてるし、石碑もきれいに磨かれてる。花だって添えてある。……誰が墓守してるんだろうな?」
 最後の言葉は、疑問ではなく、啓太への投げかけだった。
 誰が? ……この島の住民に他ならないだろう。
「まぁ、そう言うことだ。だから、そんな顔すんなよ」
 締めの言葉でやっと気がついた。安東がこんな話を始めた意図にやっと。
 安東自身はおそらくは、「結局は乗ったんだから同じことだろ」「墓守をしてるからどうした」と思っているに違いない。プログラムからの短い交流しかなく、全てのパーソナリティを理解しているわけではないが、そう感じた。
 憤り、心を乱している啓太を落ち着かせようとして、言ってくれたのだ。

 と、安東が口に出さなかった事実に気がついた。
「花が一つだけ、違うね」
「え?」
 気がついていなかったらしく、安東が眉を上げた。
「ほら、一つだけ。これ、店で買った花だよ」
「本当だ」
 花束だったり、一輪だけだったりと、献花はいくつかあったが、ほとんどが野の花を摘んだものだった。そのうち一つだけ、包装紙に包まれた花束があった。花の種類も明らかに野花ではない。
「これ、有名チェーンの花屋の包み紙だ。うちの近所にもあるよ」
 包装紙の隅には、小さな刻印が施してあった。
「島の人じゃないってことか。いったい誰が……」
 こんな過疎の島に、チェーン系の花屋があるとは思えなかったのだろう。啓太も同意見だった。
 そして、思い至った。
「鬼塚……?」
「ん、どうした」
「ううん、なんでもない」

 包装紙の花は、鬼塚教官が捧げたものではないか? と思ったのだ。
 説明のときに羽村京子が逆らったが、銃を向けた専守防衛軍の兵士をおしとどめ、「極力、説明時に生徒をリタイヤさせたくないと言っておいたはずだ」と言っていた。また、啓太が分校を出るときに、鬼塚教官は気遣うようなことを言っていた。
 花はまだ真新しい。
 おそらくは、2,3日しか経っていない。
 ごく最近に、外部から花を持ち込んだ人間。それは、鬼塚教官ではないか?
 茶化すようなことばかり言っていたが、心の奥では、死地に赴く生徒たちを悼んでいたのではないか?
 安東に告げようかと思ったが、やめておいた。
 啓太がスタートしたときの彼の表情を見ていなければ、おそらく分からない感覚だ。

 プログラムを受け入れている島の住人。プログラムを担当する教官。みんな、生徒たちを悼んでいる。殺し合いをする僕たちを悼んでいる。
 なのに、どうして、こんなことを?
 いいことなんて、何もないのに、なんで、こんなことを?
 政府への疑問を心の中で繰り返す。慰霊碑を見たときのような憤りは感じなかった。ただただ悲しかった。

「さ、屋根のあるところに移動しよう」
 慰霊碑に手を併せた後、雨に濡れ艶を増した黒髪をかきあげ、安東が歩き出す。
 その後ろ姿を追いながら、啓太はふと、野崎一也のことを思い出した。
 大切な友人の一人だった一也。修学旅行の前日、その一也に、啓太は告白された。つい、3日前のことだ。あのときは気持ちの悪さが先行したし、今でも感じる。
 自分とは異なる質のものに対する意識無意識の嫌悪。
 だけど、嬉しさも感じた。
 先ほど安東に話したのは、嘘の感情ではなかった。
 ずっと誰にも重視されない人生だった。「いい人」と呼ばれ、友人もいるが、それだけだった。誰の一番にもなれない自分。それは、争いを避ける性格によるものだろう。本気でぶつかることなく、誰とも表面的な付き合いしかしたことがなかった。家族ともそう。だから、離婚を控えている両親は、ともに自分を引き取ろうとはしない。
 そんな中、一也が好きだと言ってくれた。一番だといってくれた。
 プログラムを経て、あのときの嬉しさを、啓太はかみ締めることが出来るようになった。嫌悪を、嬉しさが勝った。

 もちろん、一也の想いに答えることなど出来ない。
 だけど、友達としてなら。一也自身、「付き合うとかそんな馬鹿なこと期待してないよ。ただ、知って欲しかっただけ」と言っていた。友達として、彼を受け入れるのは、駄目だろうか。彼にとっては残酷なことだろうか。
 しかし、受け入れられたことを一也に言うにしても言わないにしても、彼と合流できなければ、始まらない。
 午前6時の時点では、一也はまだ生きていた。
 合流したい。強く、啓太は思った。



 それから、少し後のこと、啓太はぬかるみに足を滑らせてしまった。
「わっ」
 転び、泥の地面に手をつく。その拍子に、握っていたベレッタを落としてしまう。
「何、やってんだ」
 苦笑気味に、安東が手を差し伸べてくれる。
 その手を受けようとして、地面から手をあげた啓太は、はっと息を呑んだ。
 思わず、安東の手を振り払う。
 その勢いに、安東が目を丸くした。
「矢田……?」
「あ、あああ……」
 声と身体が震えた。視線の先、ぬかるんだ地面にあるのは、自身の手形だ。手形は、指先が外に向いてついている。
 思い出すのは、観光協会の二階の窓枠についていた、筒井まゆみのものと思われる手形。
 安東は、彼女が外での戦闘で傷ついた後、協会の建物に忍び入ったのだろうと言った。窓の外にはちょうど松の木の幹がせり出していて、それを伝えば、確かに無理な話ではなかった。
 あの和室を出るときに、何かおかしなことを感じ、自分が立ち止まったわけを、やっと啓太は気がついた。

 だけど。だけど、手形は外向きについていたっ!

 筒井さんは外から入ったんじゃない。もともと建物の中にいたんだ。いったん外に出ようとしたんだ。
 彼女は、もともとケガをしていた。……誰にやられた?
 安東。安東が僕を呼び止め、協会の建物に招いた。あいつが僕に声をかけてきたのは、たしかあの部屋の窓からだ。
 筒井さんは、誰にやられた? ……そんなの、決まってる。
 安東、だ。安東は筒井さんを殺したと思っていた。だけど、彼女は生きていた。その後、彼女が息を吹き返し……、襲ってきたんだ。やり返そうとしてきたんだ。

 臓物がせりあがってくるのを手の平で抑える。
 と、近くで大きな銃声がした。同時に、誰かの叫ぶ声。
 これが、合図になった。泥をつかみ、安東の顔めがけ投げつける。彼がひるんだ隙に、啓太は駆け出した。




<安東和雄>


 啓太が落としたベレッタを拾い、和雄は、彼の後を追った。駆ける啓太の背に、サブマシンガンの銃口を向ける。
 理由は分からないが、自分がゲームに乗っていることに気がつかれたに違いない。
 いや、もしかしたら、始めから知っていたのかもしれない。だけど、彼は平和主義だから、危険から目をそむけていたのかもしれない……。
 何を考えているんだと思った。
 分析なんてしている場合ではない。殺すなら早くしないと!

 逃げ惑う啓太よりも、足元がおぼつかない。細い枝が雨で濡れた身体にまとわりついた。
 軽く、めまいがした。
 迷っている。
 はっきりと、迷いを感じる。
「殺したくなんて、ない」
 思いをはっきりと口に出す。
 初めてのことだった。今までに何人も殺してきた。もちろん、迷いはあった。だけど、こんな風に口に出して、自分に言い訳したいと思ったのは、初めてのことだった。
 ……駄目だ。駄目だ。殺さないと、殺さないと、帰れない。
 金をもらい、弟を、俊介を迎えにいく。俊介と、平和に暮らす。
 駆けるうちに、さきほどの慰霊碑があった広場に出ていた。
 頭を強く振り、迷いを切る。どこも痛くもないのに、涙がこぼれる。辛かった。本当に、辛かった。
 どうして、こんなことをっ。どうして、オレたちがこんなことを! 誰かの台詞を心の中で叫び、そして、「ああああっ」悲鳴のような叫び声を今度は口に出し、引き金に力を込めた。

 確かな反動ともに、サブマシンガンから連弾が飛び出した。
 弾は、啓太の左半身を掠めた。白いカッターシャツにぱっと赤色が散り、彼は前のめりに倒れた。
 足を緩やかに止める。和雄の身体はまだ藪の中にあった。啓太はすでに藪から出ており、更地の上で慰霊碑に手を差し伸べるような形で倒れている。
 低いうめき声。啓太はまだ生きていた。
 止めを刺さなくては。
 一歩足を踏み出したところで、後方から銃声が響いた。音は大きく聞こえた。誰かが近くで戦っている。

 好機だった。
 勝敗を待ち、勝った方の油断をついて、殺せばいい。当然こちらの銃音も聞かれているだろうが、あちらはまだ戦闘中のようだ。
 今度は啓太に背を向けたまま、走り出そうとしたが、やはり足を止めた。
 たいして動いていないのに、心臓がばくばくと荒い脈を打ち、ぜいぜいと息を上げる。
 ……矢田はほっておいても死ぬ。銃声を追うのが先決だ。……本当に? さっさと止めをさしておくのが、当然の判断じゃないのか?
 答えの見えた自問自答。 
 マシンガンの銃口を啓太に向け、もう一度引き金に手をかける。
 ……しかし、撃てなかった。
 和雄を頭を振ると、身を翻し、雑木林を駆け出した。
 
 

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バトル×2
矢田啓太 
バスケットボール部。一也と親しかった。安東和雄がクラスメイトを殺していることに気づいていない。
安東和雄
孤児院育ち。積極的にプログラムに乗っている。優勝し生涯補償金を手に入れ、弟と暮らしたい。