OBR1 −変化− 元版


081  2011年10月02日08時


<野崎一也>


 一階の客間、話を聞いた坂持国生は、これ以上ないぐらいに驚いて見せた。
「き、危険だよ?」
 国生がうわずった声で言う。
「ああ。でも、行きたいんだ。怖いけどさ、行きたいんだ」
 一也の真摯な雰囲気に気おされた様子の国生は、ほうっとため息をついたあと、「じゃ、これ、持ってきなよ」と、トレーナーのポケットから探知機を取り出した。
 慌てて首を振る。
「う、受け取れないよ。そんな大事なもの」
「でも、俺はもう思いを伝えることが出来たし、ここにいれば、当座安全だし」
「これから先、ここだって、何が起こるか分からない。やっぱ、受け取れないよ」
 生存者死亡者の居場所がつかめる探知機。
 正直な所、危険を察知するためにも、矢田啓太を探すためにも、喉から手が出るほど欲しいものだった。
 断ったあと、「やっぱり受け取ればよかった」と後悔もしたが、やはり自分のために仲間を危険に晒すことは出来なかった。

「じゃ、武器を交換しよう」
 そう言うと、国生はコルト・ガバメントを差し出した。
「その曲がった銃は屋内戦向きだ。この交換は互いにメリットがある。なら、いいだろ?」
 成長しきれていない幼い声ながらも、その物言いは、はっきりとしたものだった。
 ドラグノフ(銃身がL字型に曲がっているが撃てる)とコルト・ガバメント。
 使い勝手のいいのは、どう考えもコルト・ガバメントだ。メリット云々は、一也が受け取りやすくするために言ってくれたのだろう。
 ああ、坂持は、俺なんかよりもずっと大人なんだな。
 そんなことを思いながら「ありがとう」受け取った。

 と、ここで、階段板を踏む複数の音がし、学と羽村京子が降りてきた。
「永井、まだ気絶してるんだ」
 依然、ソファに横たわったままの永井安奈を見やってから「もう行くのか」と京子が言った。
 中村らと落ち合う予定だったことを黙っていたわけだが、話しても、さほどの反応はなかった。
「気をつけてな……」
 どういうわけか、支給武器のティディ・ベアを片手に降りてきた学が言葉を切る。
 客間から出、玄関口に向いながら、「じゃ」と一也は後ろ手を振る。「また戻ってくる」と言える自信はなく、「さよなら」と言うのは憚れたので、この表現となった。
 数時間ぶりの外気はやけに生暖かった。
 湿気をふんだんに含んでおり、これは、雨になるかな。とため息をつく。
 誰かを探す際、雨天はあまり歓迎できない天候だった。また、襲撃者を察知しにくくなる危険もある。


 曇天の住宅街。一也は、慎重な足取りでコンクリの地面を蹴り歩きはじめていた。
 5分ほどしたところで、背後からたったと足音がした。
 飛び上がった心臓を抑えながら、振り向く。
「は、羽村?」
 立ち並ぶ家屋をバックにして立っていたのは、制服姿の羽村京子だ。
「アタシも用があってね。途中まで一緒に行こう」
「用って……」
 なんでだ?
 なんで、出てきた? あそこにいた方が安全なのに、なんでだ?
 いったい、今のこの状況で、何の用事があるんだ?
 不思議そうな顔をしている一也に、京子はにっと笑いかけた。
 そして、「アタシ、バカだからよく分からないんだけどさ、ちょっと見直した」と言った。
 わけがわからず立っていると、京子はもう一度笑みを見せ、「まずは、教会だね。ほら、さっさと歩く」背中を叩いてきた。
 突然の展開に唖然とする一也だったが、危険分子異端分子である京子をあの家に残していくことがいささか心残りだったのも確かなので、これはこれでいいのか、と思い直し頷いた。



「羽村、どうしたんだろうね?」
 突然荷物をまとめて飛び出した京子の後姿を見送ったあと、正面入り口を施錠した国生がきょとんとした顔で言った。
「さぁ、な。まぁ、こちらとしては、助かった。あの女は危険すぎる」
「じゃ、野崎が危ないんじゃ……」
 一也を気づかう国生に「そうだろうな」学はごくあっさりとした口調で返した。
 そのひやりとした反応に眉を寄せながら、客間に戻ろうとした国生に、「これ、持ってて」と学がティディ・ベア(爆弾入りであることを学は話していない)を差し出す。
 有事に備えて土足履きなのだが、その靴紐が緩んだらしい。
 学がしゃがみこみ、靴紐を結びなおすのを、国生はぼんやりと眺めた。
「まだ、早いかな」
 ぽそりと呟く学の声は、国生には届かなかった。



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野崎一也
同性愛者であることを隠している。矢田啓太を探している。
坂持国生
父親がプログラム担当官をしていた。楠雄一郎に襲われたが返り討ちにした。
鮫島学
クラス委員長。政府に一矢報いたいと考えている。以前から永井安奈の裏に気づき、気にかかっていた。
永井安奈
優等生に見えて、陰では悪さをしていた。