OBR1 −変化− 元版


075  2011年10月02日07時


<永井安奈>


 安奈が座り込んでいると、「こっち、鮫島、こっちだよ」とやや幼い感じの声がし、児童公園の入り口に坂持国生が現れた。
 次いで、鮫島学 が姿を見せる。
 このときすでに安奈は混乱から抜けていたが、「きゃあああぁっ」わざと取り乱した振りをした。
 もちろん、その程度は低めに抑える。
 そうしながら、現状把握につとめた。
 ……結果オーライ。
 あげ続けた悲鳴が、お人よしのヒーローを呼び込んだようだ。

 こいつらは安全か? ……イエス。叫び声を聞いて助けに来てくれた風だ。
 アタシはどうすべきか? ……しばらくは混乱したフリ。せいぜい可愛げのある女の子を演じる。
 黒木のことは? ……話さない。情報を一人多く握っておくことはアタシの有利に繋がる。
 これからは? ……まだ判断するのは早い。こいつらを観察してからだ。
 次々と策をめぐらす。
「俺らは大丈夫だから。ね、安心して」
 坂持国生が、そう言ってハンドタオルを差し出した。

 安奈は水鼻をすすり上げると、無言でハンドタオルを受取り、涙をぬぐう。
 そして、次第に落ち着いてきたように振る舞った。
 その間に、鮫島学が彼らのことを話してくれた。
 どうやら、野崎一也や羽村京子とも同行していて、今は別のところで待機しているらしい。
「ありがとう」
 坂持国生が差し伸べてきた手につかまり、立ち上がらせてもらう。
 それを見た鮫島学の眉がぎゅっとよった。
 これを、安奈は見過ごさなかった。

 んっ? あれって……。
 ためしに、よろけた振りをして坂持国生の胸元に飛び込んでみる。そうすると、学の顔にあからさまな不快感が乗った。
「ごめんなさいっ」
 国生に謝った後、「このひどいのを見て、乱れちゃった。委員長たちが来てくれなかったら、私、気が狂ってたかも……。ほんと、ありがとう」顔を上げ、心底ほっとしたという表情で鮫島学に笑いかけた。
 この安奈の飴と鞭に、学は見事に反応した。
 坂持国生にむっとした表情を見せ、笑いかけた安奈に顔をほころばせる。

 ちょっ、あんた、分かりやす過ぎっ。
 てか、ほんとにあのクールな委員長?
 何事にも冷めた雰囲気を見せていた学が、その実、恋愛関係に疎いことを安奈は知らなかった。しかし、今は知った。
 ……あの委員長が、アタシのことをねぇ。
 うつむき、吐き気を抑えるように見せかけながら、笑いに歪む口元を隠す。
 これは、いける、そう思った。

 と、唐突に安奈の視界が暗転し始める。

 他のクラスメイトたちと比べ、はるかに成熟した精神を持った安奈。
 しかし、彼女もまた15歳の少女だった。
 これだけの惨状を目の当たりにしたショック。黒木優子を前にしての緊張感、覚悟した死。翻って、当座は安全だと思えるクラスメイトと合流できた安堵感。
 連続で訪れた大きすぎる感情の波に、彼女の精神は耐え切れなかった。
 急速に閉じていく視界。感情。
 ああ、私、気を失う……。
 しかし、その中でなお、「今度は、彼。委員長を操ろう」と、状況を冷静に見極め、次の戦略を練ることができるのは、彼女ぐらいのものだったろうが。




<鮫島学> 


 気絶してしまった永井安奈を木のベンチに横たえ、学がふっと息をついていると、「ひどい、ね」坂持国生が青ざめた顔で言ってきた。
「ああ、すげぇことになってんな」
 散らばる肉体のパーツ、漂う腐敗臭。児童公園の惨状は目を覆うばかりだった。
「何度見ても、たまらないよ」
 そう言うと、国生は目を瞑り、頭を横に振った。
 この光景を見るのは初めてではないらしい。学と合流する前に、探知機に誘われ、見てしまったのだ。

 そう言えば、坂持も気絶してたな……。
 国生が合流する寸前に気を失ってしまったことを思い出す。
 合流と言っても本当は国生を殺そうとした学だったが、その寸前に国生が気絶し、その際に「ノリコサン」という言葉を洩らしたため、関心が出て結局殺せなかった。
 坂持が気絶しなかったら、俺はきっとこいつを殺してたな。
 そんなことを思いながら、あたりを見渡していると、植え込みの影に落ちている紙片が目に入った。
 手の平ほどの大きさで、どうやら手帳のフリーシートのようだった。
 プリントされたイラストから察するに、もともとの持ち主は女子生徒らしい。

 紙片を取り上げ、書かれている文字を目で追う。
「……坂持。死体が誰のか、わかった」
「えっ」
 近寄ってきた国生に紙片を渡す。書かれている文章量はさほど多くないため、国生もすぐに読み終えたようだ。
 肩を落とし、「田岡と加賀山と、田中の亜矢さんか」暗い声で言った。
 それは、「遺書」だった。
 政府に徴収されることを恐れたのか、恨み言の類は書かれておらず、ただ両親や他のクラスの友人らに別れを告げる内容になっていた。
 署名されている名前は、田岡雄樹、加賀山陽平、田中亜矢。
 公園の隅に置かれていた各人のバッグからも、確認できた。

 野崎一也が中村靖史から聞いた話を思い出す。この三人は、説明の時に何かメモを回していたらしい。おそらく落ち合い、そして集団自殺を遂げたのだ。
 爆弾は、どうやら田岡雄樹に支給された武器だったようだ。
 爆弾の威力は、学に支給されている「爆弾入りティディベア」よりも強いが、戦争などで使われるものよりは低くカスタムされているらしい。
 田中亜矢の支給武器は、小型の扇風機だった。電気の止められている会場でどう使えと言うのか。
 加賀山陽平の支給武器は、ビデオテープだった。これも、使いようがない品だ。

「みんなで、死んだのか……」
 病弱でもともと青白い顔をしている国生が、さらに血の気の引いた顔を見せながら言う。
「悩んだ末の結論だろうな。つらかった……ろうに」
 続けて言い、国生は両手を合わせる。
 最初から自殺するつもりで落ち合ったのか、話し合ううちにそういう結論が出たのかは分からなかったが、学も聞いた爆音は、昨日の8時ごろで、プログラムが開始されてすぐと言うわけではなかった。
 合流したのが開始二時間後としても、たっぷり時間はかかっている。
 その間の葛藤を考えれば、確かに痛ましいことだった。

 自分がその場にいたらどうしただろうかと、学は考えた。
 田岡雄樹、加賀山陽平、田中亜矢。彼らはもともと親しくしていた。他に、西沢士郎(生存)や、小島正(死亡)とも親しくしていたようだが、三人は特別仲が良かった。諦め、友人と一緒に死ねることを喜びと捉えるか、まだまだ生きたいと願うか。
 分からなかった。
 ただ言えることは、今現在の自分は死にたがっていないということだった。

 視線を落とし、ベンチに横たわる永井安奈を見つめる。
 死体を見て乱れたと言う彼女。たしかに、いつも身奇麗にしていた彼女のほほには涙のあとが残り、衣服には泥がついている。
 危険……、だろうな。
 学は思う。
 もともと俺がこいつのことを気になっていたのは、「普通に見せかけてるけど、この女、絶対裏で何かやってる」と思ったからだった。

 気絶しているのは、嘘ではない。……と思う。
 だけど、気がついたとき、こいつは大人しくしているようなタマじゃない。
 きっと何か仕掛けてくるはずだ。

 連れて帰るべきじゃない。そもそもあの家を飛び出すべきじゃなかった。
 駄目だ。駄目だ。連れて帰っちゃ、駄目だ。生きたいのなら、死にたくないのなら、この女は危険だ。
「鮫島?」
 黙りこくっている学に、国生が怪訝な顔をする。
「いや、何でもない。さ、永井を連れて帰ろう」
 トロイの木馬。
 この状況にあっているのかいないのか分からなかったが、学が思ったのは、とにかくそんな言葉だった。



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