OBR1 −変化− 元版


071  2011年10月02日05時


<野崎一也> 


『……死亡者はー、木田ミノルー、小島正ー。中村靖史ー、木沢希美ー。吾川正子ー、飯島エリー、津山都ー、越智柚香ー。続いて禁止エリアだー。7時からBの5、9時からBの7、11時からEの6ー。だいぶん増えてきたろー、引っ掛からないように気をつけるんだぞー』
 放送を聞き終えた一也は「都や越智さんが……」と肩を落とした。
 さばさばとした気性の津山都は、付き合っていて気持ちのいい女友達だった。
 男っぽく、空手部に所属してて腕もたった都。
 あの都が死んだなんて……。

 八畳間ほどの書斎、一也はベッドのへりに腰掛けていた。
 夜は明け、厚いカーテンの隙間からさしこむ朝日が、本棚の書籍や、毛足の高いカーペット、部屋の隅に置かれた絵の具セットやスケッチブックを照らしている。
 先ほど合流した坂持国生は、カーペットの上に広げた地図に禁止エリアをチェックしており、鮫島学 は、パソコンに向かい何か作業をしていた。もともと行動を共にしていた羽村京子はあぐらをかき、廊下へと続くドアに背もたれている。

 合流してすぐに、各人がそれまで辿ってきた道筋や、戦闘、発見した亡き骸などの情報を交換した。
 一也は、中村靖史木沢希美カップルの最期や、藤谷龍二に襲われたことを話したのだが、国生は靖史や龍二と親しかったので、それぞれ心を痛めていた。
 国生は国生で、生谷高志の亡き骸を見ており、これは一也の心拍を上げさせた。
 また、国生は、楠悠一郎に襲われ、苦労しながらも倒していた。
 楠と京子が付き合っていたのは周知の事実だったが、彼女は「ま、あいつらしい最期だね」とごくあっさりとした反応を返していた。


 一人、また一人と命が失われていく。
 それはたしかに忌むことだったが、同時に沸き起こる「これでまた生き残る目が増えた」という思いを拭うことも出来ない。
 プログラムに巻き込まれた当初の一也なら、それを恥ずべきこととし頭の片隅にも残らないように自分を叱咤したのだろうが、今は当然のこととして受け止めていた。
 誰だって死にたくはない。
 それは、当然の思いだ。
 誰だって死にたくない。
 この感情を受け止めることができるようになったのは、クラスメイトの死体を実際に見てプログラムに現実味を感じたからだろうか、藤谷龍二に襲われて身の危険を感じたからだろうか、それとも……。
 それとも、そう。
 残り12人という言葉の重みに負けたからだろうか?

 プログラムが始まった頃は、自分が最後の一人になるだなんてとても思えなかった。だけど、少しずつクラスメイトが命を落とし、三分の一まで来た。
 あと少し。
 あと少し頑張れば残り10人。もっと頑張れば5人。4人、3人、2人……そして、最後の一人。
 ほんの数時間前までは「こんなことを考えたら、政府の思う壺だ」と払い除けていた感情に、身体を絡め採られる。それは、ひどく屈辱的なことだった。

 ああ、ダメだ。このままじゃ、ダメだ……。
 俺は、誰も殺したくなんて、ない。殺したくない。殺したくない。殺したくない……。

 必死で「殺したくない」を繰り返す。
 そうしないと、どこまでも落ちていくような気がして、怖かった。クラスメイトたちを手にかけてしまいそうで、怖かった。
 そんな自分に嫌気がさす。
 情けないような、詫びしような感情。
 そして、同時に、こんな思いにさせる政府への憎しみが増していく自分を一也は感じていた。
 と、ここで、「あたしは疲れたから休むよ。……さっきも言ったとおり、あたしはやる気だ。今は手を出さないけど、人数がもっと減ったらやるからね。寝込みを襲いたいなら、喧嘩上等。相手になるよ」羽村京子が立ち上がり、さらりとこんなことを言ってのける。
 ぎょっとした顔をしている坂持国生を尻目に、部屋を出て行く。
 向かいにも寝室がある。おそらくはそこで眠るつもりなのだろう。

 数えで10秒。じっとりとした沈黙のあとに、鮫島学が噴出した。
「いやー、彼女、面白いキャラクターだな」
 唇の端を歪め、皮肉っぽく笑う。
 たしかに、この状況であんな宣言ができる京子もたいしたものだが、それを笑いの対象にできる学もなかなかの曲者だ。
 このあと、「俺は心臓とまりそうだよ。野崎、よくあんなのと一緒に行動してたねぇ」坂持国生が強張った笑いを見せながら言ってきたので、「ほら、普通はこういう反応だよ」などと思いながら、一也は「ある意味わかりやすくて楽だよ、彼女」と笑いを返した。

 そう。
 言ってる内容は危険極まりないし、彼女には最大限の注意を払わなければならないが、「自分は乗る気はないんですよ」なんて顔をしながら、その実「残り何人」という言葉に捕らわれつつある俺なんかよりは、彼女はよっぽど分かりやすいし、潔い。
 合流した当初は、支給武器だったコンバット・マグナムを否応無しに奪われたりして、いささか憮然としていた一也だったが、どのようなシチュエーションでも言いたいことをはっきりと言う彼女に魅せられつつあった。

 ……どうやら俺は、女友達としてはあーいうタイプが好みらしいなぁ。
 先ほど放送で呼ばれた津山都のことを思い出す。
 彼女も裏表のない、分かりやすい性質だった(都が男扱いされることに拒否心を抱いていたことを、一也は知らない)。
 都とは最後にもう一度会いたかったな。
 そう思ったあと、ぎゅっと目を瞑る(つむる)。
 それは、矢田啓太のことを思い浮かべたからだった。
 一也は啓太に恋をしていた。
 その啓太はまだ生きている。 
 幼馴染の生谷高志には会えなかった。津山都とも会えなかった。しかし、学とはこうして合流できた。
 分かっていた。
 プログラムで、この戦場で、親しくしていた友達と出会う。それがどんなに難しいことか、一也は良く分かっていた。学と合流できたのも、坂持国生の探知機があったからだ。

 でも……会いたい。
 俺は、啓太に会いたい。啓太の無事を確かめたい。
 会って、啓太が俺のことを受け入れてくれるか、聞きたい。同性愛者の俺を受け入れてくれるのか、友達として受け入れてくれるのか、聞きたい。
 プライドを持てない、男なのに男が好きな自分のことを好きになれない、普通のヤツらに引け目を感じてしまう……。そんな俺でも認めてくれるのか、知りたい。
 もし、啓太が認めてくれたら、きっと俺は少しだけプライドを持てるようになる。
 俺という存在が生きてきた15年間に意味を見つけることができる。
 だから、会いたい。啓太に会いたい。答えを聞きたい。
 そして。……そして?

 ここで、一也はすううと大きく息を吸い込んだ。
 胸のドラムが乱れ打つ。
 心拍が上がり、身体が震えた。

 そして、俺は最後の一人になるために、啓太を殺すのだろうか?

 分からなかった。
 啓太に会いたい。愛しい人に会いたい。その気持ちは、一也の中に大きく存在している。それは間違いのない事実だ。
 啓太には死んで欲しくない。この思いも。
 だけど、同時に「誰だって死にたくない。俺だって死にたくない」という思いが、一也の中にはある。たしかに、ある。
 啓太には死んでほしくない。だけど、俺だって死にたくない。

 怖いよ……。
 ふっと誰かの言葉を思い出す。それは、死んだ中村靖史の言葉だった。
『……俺、怖いよ。』『いつか、木沢のことを殺してしまうんじゃないかと……、怖いよ。このまま行ったら、どうあがいても、俺たちは死ぬ。だって、そういうルールだもの』
 禁止エリア。爆弾入りの首輪。支給された銃器。
 殺し合いをしなければ、ただ一人生き残らなければ、家に帰ることが出来ないプログラムのルール。
『俺、ずっと正気でいられる自信がないよ。怖いよ……。いつか、俺、木沢を、好きな人を殺してしまうんじゃ、ないかって、怖いよ』
 あのときも、中村の言葉を聞いたときも、怖いと思った。
 だけど、心の底では、「そんなことをするわけがない」と思っていた。
 でも、今は……。穢れていってる。俺は、穢れた自分を受け入れてしまいつつある。
 俺は……、もうダメなんだろうか?


 落ちる思考が表情に出ていたのだろう、坂持国生が「野崎、大丈夫か? 顔色悪いよ」と声をかけてくる。
 虚を突かれた一也はどぎまぎしながら、「ああ、ごめん。ちょっと高志だとか都のことを考えてた。啓太のことも……」と受け答えた。
 これに、「死に行く者、いまだ生き行く者か……」学が芝居がかった口調で続けた。
 その物言いはごくごく冷静で、プログラムに巻き込まれる以前のクールな雰囲気を保っている。

 一也は、パソコン関係に詳しい学にかかれば忌々しい首輪のシステムもどうにかなるのではと思っていたのだが、期待していたようなハッキングのスキルはないとのことだった。
 もちろん首輪に盗聴器が仕込まれていることは合流時に聞いていたので、このあたりの会話は筆談だ。
 学はネットを通じ、諸外国のメディアにプログラムの実態をぶちまけようとしているらしい。
 その話を聞いた(書かれている文字を見た)ときは、<プログラムが中止になるんじゃ?>と気色ばんだ一也だったが、学に<一日や二日でどうこうなるようなレベルの話じゃない>と一蹴された。
 結局、最後の一人になるまでこのプログラムは続くのだ。

 と、学がスケッチブックに<これ、読んで>と書いて、何枚かの紙片を手渡してきた。
 無言の疑問符を返すと、横にいた坂持国生が小さく頷いた。
 とにかく読めということらしい。一也はそっと紙片を受け取った。



 羽村京子には伏せられていた数枚に渡る「情報」を読み終えた一也は、ただただ息をつくばかりだった。
<なんだか、凄い話だねぇ>
 サインペンを取り、白紙の用紙に思うところを書く。
 横にいた坂持国生がこれを見て、疲れた笑みを見せる。もともと身体の弱い国生のこと、続く緊張感に体力を削がれていっているのだろう。

 紙片には重要な情報が書かれていた。
 坂持国生が、あの脱出事件の担当教官の息子だったという話。事件の唯一の生存者である中川典子と交流を持っていたという話。中学卒業とともに、反政府運動に関る予定だったという話。
 学が海外メディアを使いプログラムを叩こうとしていた話は聞いていたが、
<これによって対外勢力は勢いづくはずだし、政府にとってはたまったもんじゃないはずだ。自分の行動によって、プログラム制度の終りを近いものに出来たら、ちょっと、爽快じゃねぇか?>
 という彼の書き文字は初見だった。
 また、大きく一也の胸を打ったのは、「プログラム制度が揺らぎつつある」という事実だった。
 続く不景気。
 政府は、しかたなく準鎖国政策の一部をといた。
 これにより、プログラム制度の情報が洩れ、諸外国の政府や各種メディア・人権団体の圧力を受けつつあるという。
 学は<まぁ、倫理的にどうこうよりも、国際政治のかけひきなんだろうけどな>と冷めたコメントを書いていたが、一也にとっては大きな事実だ。
 当然というか、国内では情報操作が行われていたので一也はその事実を知らなかったし、学もプログラムに巻き込まれてからネットを通じ知ったらしい。

 プログラムは不変のものだという思いが染み付いていた一也にとっては、にわかには受け入れがたい情報だったが、中学三年生なりの世間知から得たのは、この情報は事実だという答えだった。

 たしかに、海外製品が昔に比べて入りやすくなってる。
 海外産のスキルを使った国内製品も出てきている。
 数年前に、社会的に成功したものが慈善事業をすることが「流行」したけど、あれはたしかアメリカ国から流れてきたものだった (安東和雄がその恩恵を受け、施設から養親の元に流れたことを一也は知らない)。
 海外から輸入される、情報、技術、嗜好。
 逆に輸出されるものもあるだろう。
 その中にプログラム制度についての情報が含まれていたって不思議じゃない。政府レベルでは情報統制されるんだろうけど、民間レベルでの流出は止められないに違いない。

 長く続いた準鎖国政策がたたって、経済が傾き始めた。
 鎖国政策が緩められる。国内の情報が海外に洩れる。プログラムの存在が諸外国に知れる。
 いや、はるか昔にプログラムの情報は洩れていたのかもしれない。だけど、この国は長く準鎖国政策をとっていたし、経済的に強い立場にいた。だから外圧は弱かったのだろう。
 ……経済の後ろ盾を失った大東亜共和国は、国際社会からの批判を浴びる。
 人道的な要求、政治的なかけひき。
 今現在、政府はその批判を突っぱねているのかもしれない。
 だけど、ずっとずっとそんなことを続けることができるわけが無い。
 だって、この国はすでに経済的優位性を失っているのだから……。



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バトル×2
野崎一也
同性愛者であることを隠している。木沢希美と中村靖史の死を見届けた。