OBR1 −変化− 元版


070  2011年10月02日05時


<黒木優子> 


 越智柚香を殺した優子 は大きく息をついた。
 開け放たれた扉の向こう、礼拝堂の暗がりに聖人の像が見える。
 ちょっと。そう、ほんのちょっとだけ動揺した。
 ほとんどの大東亜共和国民と違わず、優子もきちんとした信仰心を持ち合わせていなかったが、やはり動揺した。
 聖人の前で人を殺してしまったことに、動揺した。
 だけど、それだけだった。

 自分の事ながら意外に感じる。
 ……神様の存在なんて全然信じちゃいないけど、少しは悔やむと思ったのに、な。
 ま、でも、後悔だとかそういった気持ちは、優勝には邪魔だ。
 このままずっと、優しい気持ちは麻痺したまま、ずっと。
 うちに帰るまでずっと、続けて行ければいい。

 自虐めいた笑みを浮かべた後、立ち上がり、調理室へと向い物色するが、刃物が見当たらなかった。
 重原早苗が持っていた菜切り包丁よりもしっかりとした包丁を入手しようとしての行動だったので、ふっと眉を寄せる。
 他の部屋を探してみたが、やはり何も出てこない。
 内紛を恐れた越智柚香がリーディングし、刃物類を床下収納に隠していたことを、優子は知らなかった。

 調理室に戻った優子は、テーブルに備付の椅子に座った。
 見つけたディパックは三つ。
 私物などからそれぞれ吾川正子、飯島エリ、越智柚香のものであることは分かった。
 飯島エリの支給武器が防犯ベル、越智柚香の支給武器がスタンガンであったことは説明書から推察できたが、防犯ベルもスタンガンも残っていなかった。
 恐らく飯島エリが持ち出してしまったのだろう。と肩を落とす。

 吾川正子のディパックや着衣のポケットには支給武器の説明書が見当たらなかった。
「吾川正子の支給武器は、一体なんだったんだろう?」
 テーブルの上に置いてあった果物かごの中からぶどうを一粒つまみ、口に運ぶ。
 甘酸っぱい味覚が広がった。
 (吾川正子が説明書を捨てていたため、優子は、吾川正子の支給武器が「果物セット」で、そのうちの一つに毒が仕込まれていることを知らない)
 わざわざ教会までやってきたのに、無駄足もいいところだった。
 また、支給武器である「質問権つき携帯電話」の権利も無駄に一つ使ってしまっていた。
「私を中心に半径15メートル以内に、誰か生きてるコ、いる?」
 先ほどの優子の質問。
 実は、その前に教会内を捜索し、越智柚香が気絶こそしているものの生存していたこと、他に誰もいないことは把握していた(吾川正子の死体は見つけたが)。

 では、なぜ、そのような質問をしたのか?
 それは、「嘘のカード」を鬼塚教官に使わせようとしたからだった。
 質問権つき携帯電話には、過度の有利不利を防ぐ為に以下の制限が設けられている。
 
1、具体的な生徒氏名、武器名を挙げての質問は禁止。
2、具体的な生徒氏名、武器名を求める質問は禁止。
3、その他、担当教官が不適当と判断した質問は不可。
4、質問は五回まで。ただし、五回のうち一回は「嘘」の解答が返って来る。
5、担当教官からコールしてくることはない。

 4番がネックで、なかなか積極的にこの権利を使うことが出来ない優子だったが、把握している情報をあえて訊くことで、「嘘のカード」を使わせようといたのだ。
 鬼塚が「いいや、生きてる生徒はいないな」と答えてくれば、嘘のカードを使ったことになると思って訊いたのだが、あてが外れ、「ああ、いるよ」という答えが返ってきてしまった。

 鬼塚を騙し、「嘘のカード」を使わせれば、後は安心してこの権利を使えると考えたのだが……。
 残る質問権は、あと三つ。
 そのうちの一つに嘘の答えが返ってくることになる。

 銃を三井田政信に奪われてしまい丸腰に近い状況で、有効な武器は入手できなかった、嘘のカードを使わすことも出来なかった、となれば、優子がくさるのも無理のないことだろう。
「ま、済んだことをくよくよしていても仕方がない」と肩をすくめ立ち上がり、ふと気が付いた。
 システムキッチンのフリースペースにカセットコンロが置かれ、その上に大鍋が乗っている。
 近寄り、見てみると……。
「お湯、だ」
 先ほど殺した越智柚香の髪が濡れていたことを思い出す。

 なるほど。
 優子は一人ごち、柔らかい笑みを浮かべた。
 越智柚香を殺害し、他の選手を一人減らすことはできたけれど、実にはならなかった。せめて、さっぱりさせてもらおう。
 そう思いながら、ぶどうをもう一粒つまむ。

 ……そうだ、後で教会を出るときに果物を持っていこう。
 果物セットの中に一つ、毒入りが混じっていることも知らず、優子はつぶやいた。




<永井安奈> 重原早苗らと組んで影で悪さをしていた。


 ありゃ、ダメだ。
 物陰に隠れ、全てを見ていた安奈は小さくつぶやいた。
 黒木、優子。あれは、ダメだ。

 優子は教会内を探索した後、どこからか携帯電話を取り出し電話をかけることろを、安奈 は物陰から見ていた。
 安奈自身の携帯電話は、睡眠ガスで眠らされているうちに取り上げられていたので、どうして優子が携帯電話を持っているか疑問だったが、その電話の内容も疑問の残るものだった。
「そうね、私を中心に半径15メートル以内に、誰か生きてるコ、いる?」
「……分かった。生きてるコ、いるんだね」
 あれは、どういう意味だろう。
 誰にあの子は電話をかけたんだろう。

 言葉の意味を考え詰めて安奈が出した答えは、「黒木は政府と繋がっている」だった。
 あの携帯電話を用いプログラム本部の誰かと連絡をとり、情報を得ているんだ。そう思った。
 それならば、黒木自身なんらかの軍事訓練を受けていることが予想され、銃器を所持していることが予想された。
 越智柚香殺害に銃を使わなかったのは、銃音を恐れてのことだったのだろう。
 比べてアタシはただの素人だ。敵うはずも無い。
 安奈はそう判断した。
 実際の優子はただのいち選手で三井田政信に銃を奪われ丸腰だったのだが、とにかく安奈はそう判断したのだ

 それに、あの子、自分の手を汚している。
 越智を殺したあの子の落ち着きよう。
 あれは、経験者だ。
 ここまでにも誰か殺しているに違いない。自分の手を汚しているに違いない。
 ……あの子は、私よりも上手だ。


 安奈が柚香たちと合流したのは、重原早苗が教会の前を去った後だったので、重原早苗を情報源に教会に向った黒木優子は、安奈の存在を把握していなかった。
 教会に立てこもっていたのは、飯島エリ、吾川正子、越智柚香の三人だけだったと思い込んでいた。
 だから、「生きてるコ」は、越智柚香だけだと判断してしまったのだ。
 優子の質問に対し「生きてるコ」の人数を教えなかった鬼塚にも、含むところがあったのだろう。

 安奈は支給武器である短銃、ジグ・ザウエルを所持していた。
 が、どうしても銃弾を優子に撃ち込めている自分の姿を想像できなかった。
 また、天が味方したのか敵対したのか、安奈はあえて優子と戦わなくてもいい状況を手に入れていた。

 あの子、油断している。
 やろうと思えば……勝てるのかも、しれない。うまくいけば、勝てるのかもしれない。
 けど、失敗するような予感がする。
 こういう予感のときは、ダメだ。
 それに、とにかく、あの子、アタシよりも上手だ。

 安奈のモットーとして、「無理をしない」というものがあった。
 身の程をわきまえ、身の丈にあった悪事をする。
 だからこそ、これまで自分の悪事がばれないでこれたのだ。
 飯島エリの恐怖心を煽り、操り、教会での主導権を握ったのも、飯島エリと越智柚香の運動部二人を相手にまともに勝負して勝てるとは思えなかったからだ。

 そう、安奈は慎重で、したたかで、賢い女だった。
 ここでも、彼女は自分のモットーに従った。
 小物は小物らしく。一般人は一般人らしく。
 自分よりも上位に立つものには、仕掛けたりしない。勝てる見込みが薄いときは、仕掛けたりしない。……これって、セオリーよね。

 吾川正子らを見事しとめた安奈にしては、過小評価とも言える思考だったが、とにかく彼女は慎重で冷静だった。
 そして、いっそ余裕を持った表情で、安奈は、優子が二階にあがっている間に集めた自分の荷物をたしかめ、教会をそっと後にした。
 着替えやら何やらが入っているディパック。
 ジグ・ザウエル。
 ペットボトルも持った。地図も持った。
 越智柚香の支給武器だったスタンガンも(防犯ベルは飯島エリ自身が持ち出していた)。

 ついでに、吾川正子の支給武器だった果物セットから梨を一つ。



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尾田美智子らを殺害。優勝しても普通の生活を送りたい。