<矢田啓太>
「男子最後ー。矢田啓太ぁ」
鬼塚に呼ばれた矢田啓太は青ざめた顔で椅子から立ち上がった。
短く切りそろえられた短髪に、ひょろりとした長身、少年っぽさが抜けていない童顔。いつもは人の良さそうな柔和な表情を乗せているその顔には、緊張感が張り付いていた。
すでにクラスメイトの多くが出発しており、教室には、数人の女子生徒のほかは、進行役の鬼塚、専守防衛軍の兵士らしかいなかった。
諦め顔で鬼塚の前を通り過ぎ、ディパックを専守防衛軍から受け取り、教室から出ようとしたその時。
「おい」
啓太は鬼塚に声をかけられた。
振り返ると、「今のところ、銃声が聞こえてこない。どうだ? 誰もまだクラスメイトを殺していないと思うか? ずっとこのまま進むと思うか?」鬼塚が真顔で訊いてきた。
思わず、まじまじと鬼塚の顔を見てしまった。
茶色に染めた短髪の下に、少し太い眉と、目つきの悪い三白眼が乗っており、その唇は歪んだ笑みを見せている。
「悪かったな、変なことを訊いて」
鬼塚は少し気づかうような表情をしていた。
気づかう?
誰に? ……戦地に赴く僕ら生徒に? 何で? あんなに嫌味ったらしい口調でプログラムの説明をしていたのに、何で?
戸惑いつつも教室を出る。
*
校舎から出てみると、そこには誰もおらず、深夜の校庭には寒々とした雰囲気が漂っていた。
キョロキョロとあたりを見渡す。誰かが自分を待っていてくれるのでは、と思ったからだ。
しかし、どうやら誰もいないらしい。
……出順が早い高志だとかサメは無理にしても、一也ぐらいは待っていてくれると思っていたのに。
それに、そう。
一也、俺のことを好きだって言ってたじゃんか。
なんで待っててくれないんだよ。
いささか憮然とした表情で、あたりに気を配りつつ啓太は歩き始めた。
野崎一也。2年になってからの付き合いだが、気のあう友人だ。
愛想があまりよくなく、最初はとっつきにくいなと思っていたのだが、話してみると案外「いいヤツ」だった。
今年の夏まではバスケットボール部、部活動が忙しく、そう出歩くことはなかったのだが、夏前に引退してからは、一也やその幼なじみの生谷高志、鮫島学らと出歩いたり、一緒に勉強をするようになった。
有名進学校に進むつもりの学以外の三人は、おそらく同じ高校に進むことになるだろう。
中学高校の友人は一生の友達になるという話を聞いたことがある。
きっと、ずっと友人としてやっていくのだ、そう思っていた。
一也から「衝撃の告白」を受けたのは、修学旅行に出発する前の日、一昨日の放課後のことだった。
そのときは、正直、気持ち悪いと思ったし、今でもそう思っていた。
男が男を好き?
とんでもない話だ。そんなのは、他所でやって欲しいと思う。
しかし、啓太の頭の一部分は、そう思うことが「偏見」であり、よくないことだと、警告音を出していた。
……でもさ、気持ち悪いものは気持ち悪いよ。
僕だって偏見は持ちたくないよ。一也は大切な友人だし。一也が自分のことを好きだなんてとんでもないことを言ってこなかったら、受け入れてたと思うよ。
ただ、「俺は同性愛者なんだ」って言ってくれていれば、そしたら、僕は一也のことを友達として受け入れていたと思うよ。
だって、一也は大切な友人だもの。
一也はいいヤツだもの。
ここで、ふっと啓太は笑みを浮かべ、その後すぐに脅えた表情を見せた。
笑みを見せたのは、この切羽詰った状況でなんてのん気なことを考えているのだろうと思ったからで、脅えた表情になったのは、自分の置かれた状況を思い出したからだった。
プログラム。いまも誰かが自分のことを狙っているかもしれない。
足の震えが止まらなかった。
学校から出てすぐの茂みは避け、ある程度歩いた所で、茂みに一旦身を隠す。
もちろん、この辺りはまだ分校と同じエリアだろう。
分校を含むGの7エリアは、最後の生徒が出発してしばらくしてから禁止エリアになるので、すぐにでもこのエリアから立ち去る必要があったが、とりあえず、自分の支給武器がなんであったか確認しておきたかった。
こんなことをしているうちに誰かに襲われるかも知れない。そう思うと震えがさらに増した。
学校を出る前にディパックから出しておけばよかったと、自分のうかつさを呪いながらディパックを探る。出てきた小箱の中には、取扱説明書(鬼塚の印が押してある手書きの説明書だった)と一丁の拳銃が入っていた。
弾は予備のものも含めてまとめてもう一つの箱に入っている。
「……当たりだ」
小さくつぶやく。
説明の時、鬼塚は「支給される武器には当たり外れがある」と言ってた。
拳銃は、間違いなく当たりの部類だ。
しかし、銃を持ったからといって、自分がクラスメイトを撃てるとはとても思えなかった。
そう思いながらも、とにかく説明書を読み進める。
ベレッタM92F。全長217ミリ、重量0.97キロ。持ってみると約1キロという重さにもかかわらず、ズシリと重い感触がした。
装弾数は15発に薬室の1発を足した計16発。
顔をしかめながら、説明書に従い装弾する。
ああ、もしかしたら、僕はクラスメイトの誰かを、一也や高志、学を殺してしまうかも、知れない。
いや、ダメだ、そんなことを考えちゃ。
自分の不甲斐なさに渇を入れる。
みんな、ただ、怖いだけだ。自分からゲームに乗るヤツなんて、僕のクラスにいるもんか。
日頃はおっとりとした笑みを浮かべているその顔に、緊張感に凍りついた表情を乗せ、啓太は立ち上がった。
とりあえず。とりあえず、どこかに身を隠そう。そして、それからのことを考えよう。
夜空を見上げる。そこには満天の星と黄色い月が浮かんでいた。
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