<津山都>
……私、守る!
エリの両膝のあたりをぎゅっと抱え込み、一緒になって倒れこむ。
アスファルト敷きの地面をすべり、自分の膝から腕から擦り傷が出来たことが分かった。おそらくエリも同じような状況だろう。
……でも、このまま走ってたら、エリ、死んでたんだから、少しぐらい許してよね。
ああ、私、大事な友達を守ったんだ。私にも存在意義が出来たんだ。
ね、エリ。私、ホンモノだよね?
しかし、エリは応えなかった。応えようがなかった。
なぜなら、エリの首輪はすでに爆発し、もぎ取られたその首が転がっていたから。
血の海の中、ぽっかりと浮かぶエリの生首。エリの顔は都のほうを向いていた。
爆破により、捲れあがったあご先の皮膚、白い筋の向こうに崩れた下あごの骨が見えた。
長かった髪は、爆風で焼け焦げ、嫌な匂いがあたりに驚くほどのスピードで広がりつつある。左眼はどこかに吹き飛び、赤黒い眼窩が見える。
鼻も潰れていた。唇はおかしな方向に歪んでいた。
とりたてて美しかったわけではないが、若い魅力に溢れていたエリの容貌は見る影もなく、そこにあるのはただの醜悪な脱け殻だった。
また、よじれ倒れている身体は、まるで打ち捨てられたマリオネットのように見えた。
ピピピピ……。何の音だと思ったら、防犯ベルだった。
エリが持っていたのがこぼれ落ちたのだろう、ポケットサイズの防犯ベルがけたたましい音を立てていた。
跳ね上がった恐怖心そのままに叩きつけ、防犯ベルを壊しとめる。
そして、理解する。
エリの死も理解したが、それ以上に都を震え上がらせた「理解」は、この場所が禁止エリアの境目であることだった。
それもギリギリだ。自分は今、禁止エリアのライン際にいる。
あと何センチの猶予が、自分には与えられているのだろう?
背筋を何か冷たいものが走った。
壊れる。
そう思った。
このままじゃ、私、壊れる。
抜けた腰を叱咤し、その場から動こうとするが、うまくいかない。
震えに囚われた身体をやっとのことで起き上がらせていると、たったと足音がし、人形を抱えた結城美夜が駆け寄ってきた。
美夜を見たとたん、崩れかけた都の感情に光が射した。
「だ、大丈夫だから」
そうだ、結城さんには私がついているんだ。私が結城さんを守るんだ。死んじゃったエリなんか、どうでもいい。だって、私が結城さんを守るんだから!
しかし、美夜もまた、エリと同じように都の思いには応えなかった。
「あんたなんて、あんたなんて!」
合流して以来、はじめて聞いた美夜の声。その声には怒りの感情が滲み出ていた。
え、なんで?
そう思いながら、立ち上がる。
「ほら、結城さん、私が守ってあげるから……」
強張る顔に出来る限りの笑顔をのせながら、都は美夜に近付こうとした。
差し伸べる手。都の血とエリの血にまみれた手。
美夜はその手を振り払い、都を突き飛ばしてきた。これを、見事な足運びでこらえる。先ほどエリと追突したときはバランスを崩し尻餅をついてしまったが、今度はうまくかわせた。
思った。
ほら、私、不意さえつかれなければ、しっかりしてるでしょ?
私、頼りがい有るでしょ?
ね、だから、私のこと頼ってよ。私にあなたを守らせてよ。
他人にとっては恩着せがましい、自分にとってはどこか強迫観念にも似た感情の意味に、都は気づいていなかった。
守るから。守るから。ね、私、あなたのこと、守るから。
「守るから!」
最後には口に出して言った。
そんな都の身体を美夜がもう一押しする。
「あんたなんて、美夜子のお姉さんなんかじゃ、ない!」
小柄なその身体によくこんな声が詰まっていたものだと、いささか的外れな感心をしてしまうほどの力強い怒声だった。
揺らぐ姿勢、その中で、都は結城美夜が抱えている和人形を見た。
黒い着物姿の、どこか結城美夜に似た面差しの人形。
そういや、さっきエリを追いかける時に、この人形をふんだっけ。
遅れて、美夜の言葉の意味に気がつく。
み、や、こ。「みやこ」は私だ。私が私の姉さん? なに、バカ言ってんの?
いや、それよりも。
ちょ、ちょっと、危ないじゃない。
ここをどこだと思ってるの、禁止エリアのすぐそばなのよ。ああ、体を支えなきゃ、倒れないようにしないと……。
しかし、今度は身体を支えるよりも早く、首輪に内蔵されたセンサーが禁止エリアに反応した。
どんっと短くくぐもった爆発音が都の体内で反響する。それに伴い、都の身体が一度大きく波打った。
ただ、それだけだった。
ただ、それだけで、誰を守ることも無く、都は命を失った。
<結城美夜>
爆破の加減か、地面に横たわる都の身体と首はかろうじて繋がったままだった。すでに生命反応を止めたエリに比べ、都の手足はビクビクと動きを止めない。
そんな都の死体を、いっそ汚物を見るような表情で見た後、美夜はにぃぃぃと笑みを浮かべた。
「みーや、こ」
唄うような口調で、自身の「娘」に声をかける。
ね、美夜子、この女、あんたのお姉さんなんかじゃ、なかった。だって。だって、美夜子のことを踏みつけたんだもの。
大丈夫。
美夜子の仕返し、お母さんがしてあげたわよ。だから、あなたは悲しまなくて、いいの。
しかし、「美夜子」からは何のメッセージも返ってこなかった。
これに少し、ほんの少し不安になった美夜だったが、すぐに「美夜子は羽村京子を殺すことにまだ集中しているんだ」と思い直し、人形ををぎゅっと抱きしめる。
都の身体からほとばしった血液を浴び、美夜の身体はぐっしょりと濡れていた。ブラウンを基本色にした制服のブレザーやスカート、白いカッターシャツが血に染まり色を変えていた。
だけど、美夜はまったく意を介さなかった。
その足元では、エリと都の身体から流れ出る膨大な量の血液が、紅い血の海を広げつつある。
月はいつの間にか夜雲に隠れ、夜明け前、闇はいっそうの深まりを見せる。
そして、にぃぃぃ。濃い闇の中、美夜は狂った笑みを見せた。
都のちぎれかけた首元から今なお吹き上げつづける、霧のような紅い血を浴びながら。
<飯島エリ、津山都、死亡。残り13人/32人>
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